『まづもろともに かがやく宇宙の微塵となりて 無方の空にち ら ば ら う』
微塵のように数え切れないほど限りなくある三千大世界には、微塵の数ほどの菩薩が満ち満ちている。
賢治のこころに近づきたい…。
微塵のように数え切れないほど限りなくある三千大世界には、微塵の数ほどの菩薩が満ち満ちている。
賢治のこころに近づきたい…。
北国の夏は短いから、とても待ち遠しいのです
一瞬の幸せな季節は、なんだかほたるの生涯に重なってしまうのは私だけかしら‥?
そのせいなのか私は無類のほたる好き
今の時期は毎晩ほたるウォッチングに出掛ける‥
恋の邪魔をしないよぅにソッと近づいて、幻想的な光を堪能する‥
儚いけど力強い光を見ていると、とても勇気づけられる。
いつまでも見ていたい‥
今年もまた逢えた事が本当に嬉しい
明日も明後日も逢いたいな
こんな平和な世の中がいつまでも続きますよぅに‥
祈るよぅな気持ちで帰ってきました
一瞬の幸せな季節は、なんだかほたるの生涯に重なってしまうのは私だけかしら‥?
そのせいなのか私は無類のほたる好き
今の時期は毎晩ほたるウォッチングに出掛ける‥
恋の邪魔をしないよぅにソッと近づいて、幻想的な光を堪能する‥
儚いけど力強い光を見ていると、とても勇気づけられる。
いつまでも見ていたい‥
今年もまた逢えた事が本当に嬉しい
明日も明後日も逢いたいな
こんな平和な世の中がいつまでも続きますよぅに‥
祈るよぅな気持ちで帰ってきました
昨日もやっぱり海で過ごした。
だけど気持ちいい気候も最初だけ‥。
やっぱ来ました。にっくきヤマセくん!
内陸は30℃近いのに、沿岸は15~16℃‥涼しいを通り越してさぶっ!
これさえなければ最高なのになぁ…
そんな中でアイス食べてた兄ちゃん、なんとトンビに油揚げでなく、アイス取られそぅになって、ちょー焦ってた
何度となく襲われて、仕方なく建物の中に避難したみたい。
不思議だったのが《ハエ叩き》をチャリに積んでウロ?してた《ロシア人》のオヤジ!
大きな港なんで外国船もたくさん入ってくるから、異国人は珍しくないけど‥。
《ハエ叩き》なんで持って歩いてんの?買ってきたの?好きなの?
聞いてみたいけど、私にロシア語が話せるわけもなく……
ん~、わからん
だけど気持ちいい気候も最初だけ‥。
やっぱ来ました。にっくきヤマセくん!
内陸は30℃近いのに、沿岸は15~16℃‥涼しいを通り越してさぶっ!
これさえなければ最高なのになぁ…
そんな中でアイス食べてた兄ちゃん、なんとトンビに油揚げでなく、アイス取られそぅになって、ちょー焦ってた
何度となく襲われて、仕方なく建物の中に避難したみたい。
不思議だったのが《ハエ叩き》をチャリに積んでウロ?してた《ロシア人》のオヤジ!
大きな港なんで外国船もたくさん入ってくるから、異国人は珍しくないけど‥。
《ハエ叩き》なんで持って歩いてんの?買ってきたの?好きなの?
聞いてみたいけど、私にロシア語が話せるわけもなく……
ん~、わからん
何度経験しても、別れというのは身を切られるように辛い。
命は強いもののはずなのに、突然、消えてしまう儚いものでもある。
楽しかった事ばかり次々に思い出して、胸が痛いです。
苦しかった日々を終えて、今は楽になれたのでしょうか‥?
いえ、楽になっていてほしいと祈ります。
暑い盛りの病室で、みんなで食べたシャーベットは、冷たくてとても美味しかったですね。
「食事だけが楽しみね」とみんなで笑ったのが、つい昨日のよぅです。
歳を重ねるということは、たくさんの人との別れも重ねる事なのですね。その度に命の重さが身にしみます。
生きているのではなく、生かされている命。
大切に生きていきます。
いつかまた、逢える時まで、見守っていてくださいね。
どうか今は安らかにお眠り下さい…。
いただいた優しさを忘れません。
ありがとうございました…。
命は強いもののはずなのに、突然、消えてしまう儚いものでもある。
楽しかった事ばかり次々に思い出して、胸が痛いです。
苦しかった日々を終えて、今は楽になれたのでしょうか‥?
いえ、楽になっていてほしいと祈ります。
暑い盛りの病室で、みんなで食べたシャーベットは、冷たくてとても美味しかったですね。
「食事だけが楽しみね」とみんなで笑ったのが、つい昨日のよぅです。
歳を重ねるということは、たくさんの人との別れも重ねる事なのですね。その度に命の重さが身にしみます。
生きているのではなく、生かされている命。
大切に生きていきます。
いつかまた、逢える時まで、見守っていてくださいね。
どうか今は安らかにお眠り下さい…。
いただいた優しさを忘れません。
ありがとうございました…。
条件が整った休日は『四寺廻廊』をしている。
台風の影響を覚悟で出掛けたが、とてもいい天気に恵まれた。
今回、結願を迎えるのは立石寺。
一昨年の開眼法要もここで行われた。
あの頃の私は病状が思わしくなく、毎日が痛みとの戦いだった。その上、いろんな出来事が重なったギリギリの精神状態の中、なんとか生活していた。
二度は逢えないだろうと思っていた阿闍梨さんと、再会できる機会が訪れたのはそんな時。
途中で救急車で運ばれたとしても、なんとしてもお会いしたい。それが御仏の本意なら構わないと、全て委ねる思いだった…。私はあの日起こった奇跡を、生涯忘れない。
そして、今日も笑顔で暮らし、週末にはまた新に四寺廻廊を始めている。全て、御仏の慈悲の賜物だと思うと、言葉に出来ない程有り難いと思う。命ある事に感謝をし、毎日を切に生きていこう。