大人の方とのレッスンは当然のことながら
私たちが子供の頃受けてきたレッスンとは違います。
まず、自分の意志で足を運んでみえること。
私も最初、幼稚園の音楽教室にはいったときのことは・・・
記憶にないので、多分、母が人見知りをどうにかしたいとか
そんなとこでしょう。
当時のピアノ教室はクラッシックのお勉強であったこと。
私も小学校に上がって個人のピアノの先生に教えていただくことに
なりましたが、実は、私たちの先生は違いました。
先生は当時珍しく、クラッシックも歌謡曲も
なんでも教えてくださいましたので、
アグネス・チャンも(ふるっ!)アタックナンバーワンも
みんなのうたもさだまさしもちゃんぽんでした。
バイエルやツェルニーと一緒に流行歌も弾くという教室でした。
それから、練習は楽譜から、音符を読むということ。
実はここも、私は別の出会いがありました。
中学校の音楽の先生がコードを教えてくださったのです。
そして、またそのコードつきの楽譜を持っていったら
ピアノの先生がさらに説明してくださって・・・というわけで
私はとても恵まれた環境でピアノと、まさに遊んで過ごしました。
ただひとつ・・・
ほぼ練習はしなかったという、残念なことを除けば(^_^;)
ピアノの先生にはとても感謝しています。
テレビやラジオから耳に入る音楽と
ピアノで弾く音楽は同じものと教えてくださったこと。
音楽の先生との出会いにも感謝しています。
コードを知ってからはピアノは完全に遊び道具と化しました。
厳密に言うと、コードというより「大文字」の意味なんですけど
中学生の私にとっては十分な知識でした。
教室におみえの生徒さんといろんな曲を弾いたり歌ったりするたびに
いつもよく、そんなこどもの頃のことを思い出します。
ペニーレインは、
こどもの頃から、ピアノを習ってみたかった・・・
という、大人になってピアノを始める生徒さんが多くみえてます。
自分の意志で、好きな曲、好きなスタイル、
そういう皆さんを見てると、こどものころ、
初めてコードを教えてもらった日のことや
アグネスチャンのポケットいっぱいの秘密の楽譜をもらった日のことを
昨日のことのように思い出すのでした(^_^;)
私たちが子供の頃受けてきたレッスンとは違います。
まず、自分の意志で足を運んでみえること。
私も最初、幼稚園の音楽教室にはいったときのことは・・・
記憶にないので、多分、母が人見知りをどうにかしたいとか
そんなとこでしょう。
当時のピアノ教室はクラッシックのお勉強であったこと。
私も小学校に上がって個人のピアノの先生に教えていただくことに
なりましたが、実は、私たちの先生は違いました。
先生は当時珍しく、クラッシックも歌謡曲も
なんでも教えてくださいましたので、
アグネス・チャンも(ふるっ!)アタックナンバーワンも
みんなのうたもさだまさしもちゃんぽんでした。
バイエルやツェルニーと一緒に流行歌も弾くという教室でした。
それから、練習は楽譜から、音符を読むということ。
実はここも、私は別の出会いがありました。
中学校の音楽の先生がコードを教えてくださったのです。
そして、またそのコードつきの楽譜を持っていったら
ピアノの先生がさらに説明してくださって・・・というわけで
私はとても恵まれた環境でピアノと、まさに遊んで過ごしました。
ただひとつ・・・
ほぼ練習はしなかったという、残念なことを除けば(^_^;)
ピアノの先生にはとても感謝しています。
テレビやラジオから耳に入る音楽と
ピアノで弾く音楽は同じものと教えてくださったこと。
音楽の先生との出会いにも感謝しています。
コードを知ってからはピアノは完全に遊び道具と化しました。
厳密に言うと、コードというより「大文字」の意味なんですけど
中学生の私にとっては十分な知識でした。
教室におみえの生徒さんといろんな曲を弾いたり歌ったりするたびに
いつもよく、そんなこどもの頃のことを思い出します。
ペニーレインは、
こどもの頃から、ピアノを習ってみたかった・・・
という、大人になってピアノを始める生徒さんが多くみえてます。
自分の意志で、好きな曲、好きなスタイル、
そういう皆さんを見てると、こどものころ、
初めてコードを教えてもらった日のことや
アグネスチャンのポケットいっぱいの秘密の楽譜をもらった日のことを
昨日のことのように思い出すのでした(^_^;)
私の最初の先生は、いわゆるクラシックの手ほどきでした。しかし、私の父が音楽好きだったこともあり、教本を指定したりして(バイエルではなくて最近出たメトードローズとか)、先生は大変だったかな?でも研究してくれたみたいです。
カバンに入らない本でしたね。
中学に入り、吹奏楽部の先生が教えてくれました。君はその内に芸大の作曲へなっておっしゃいましたが、別科とは言えそうなりました。もう亡くなりましたが、母校中学の吹奏楽部はNHKのコンクール中国地方大会優勝をします。その反面、私の友人は軍隊式の練習に疲れ音楽はやりたくないと・・・。吹奏楽部は怖いね。
今になってみて、お客様(生徒さん)のニーズに応えるレッスンを続けて自分自身が鍛えられたと思います。
今後も皆様の趣味の音楽のためにお仕事を続けてください。
私も自宅に仕事場を得て、人生またこれからとの再出発です。
還暦は人生の折り返しかな?それだと120まで生きる?それは無いね・・・。後10年、20年は息災にやってゆきたいものです。
きっと生徒さんも足取り軽くおみえになったことでしょうね。
先生のハーモニーにはいろんな方向から音楽をとらえてらっしゃる、そんな経験が生かされているのですね。
先生の楽譜をたくさん使わせていただいて楽しくレッスンさせていただいてます。
これからも新しい環境で、先生のハーモニーをたくさん発信してください。
いつもコメントありがとうございます。