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二十八日
午前七時
「煙草を買ってそのままレストランに行くから・・・鍵は頼んだぞ」
T村にそう言い残して早朝の街にでた。ロングピースの入っている自販機はここ沖縄も少ない。
だが四度目の沖縄だった。迷わずに目的の自販機を目指した。
人通りは疎らである。車の量も裏通り故に僅かである。
陽が射してきた。寒さに弱い私にとって十月末の早朝にTシャツ一枚で歩き回れることはありがたい。
レストランに入ると丸ポチャと架純は既に食事を始めていた。
「おはようございます。昨日は遅くまで?」
「そうですね。部屋に帰ったのは一時を過ぎていたなぁ」
「それで大丈夫なんですか?」
「ふだんの睡眠が五六時間だからね。それに慶良間まで居眠りをしながら行くから大丈夫でしょう」
T村が降りてきた。
「まだ眠いのか?」
「はい」
睡眠不足は食欲には影響が無いようだった。昨日と同様に米飯とパンを運んできた。
「そのパンと卵を持って潜るんだよ。魚が寄って来るぞ」
「でも生卵ですよ」
「部屋に持って帰って俺の電気ポットで茹でろ」
T村はポケットに生卵をニ個忍ばせた。
絵葉書を持って街に出た。国内便は切手をいつも用意してあるので問題は無いがエアメールが一通あった。
昨年のこのツアーに参加したH田がオーストラリアに留学していた。
夏に絵葉書を貰いそのままになっていた。
郵便局の位置は知っていた。パレットくもじを目指した。
流石に九時ともなると人通りは激しくなっていた。車も道に溢れていた。
エアメールは僅かねね十円。国内便と比較すると割安艦がある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ダイビングボートは昨日と同じセントモアモアだった。
本日は少人数。キャビンにもデッキにも余裕がある。
瘦せ型。一部金髪。昨年も逢ったP団体のイントラだった。
スピードフラッシュを二灯装着したハウジングを持ち込んでいた。
アクアティカ(記憶に間違いが無ければカナダ製だ)。フロントにはドームポートを取り付けている。
「たまには千葉の方へ帰りますか?」と私。彼は同県人だった。
「いや、全然・・・・・」記憶の糸を辿っているようだ。
「昨年もこの時期に一緒になりました」
「憶えてます。確かニコノスを持って・・・」
「ええ、今年はこいつになりましたが」
「F4ですか・・・レンズは?」
「24~50mmのズーム。いいところでしょう。そちらはF2ですか?」
「ええでもデカすぎて。F3もあるからモーターを着けずにDIV(メーカー)で作らせようかと」
「あのアクリルのやつですか?」
「ええ、十万一寸で出来るらしいですよ」
『自分もF3を持っているが・・・三つめは当分不要かな』
道中はマニアックな話で盛り上がった。
三本目 野崎北
艇速が落ちてきた。キャビンから抜けだした。渡嘉敷島が目の前にあった。
「なに!。昨日と同じポイント?」
「いや、昨日の続き」シマが答えた。
ブリーフィング。
「さて、ここは何処でしょう?」シマが昨日同様に地図を開いて訊いた。
私の方をちらっと視て
「一人は分かってるんだ。・・・・ええよ、ここは野崎と言います。
昨日ドリフトで上がったところからその続きを潜ります。水中で視られる魚は・・・」
ネクサスが重いのでウェイトを一キロ減らした。もう一キロ減らしても潜行可能と思われる。
が時にはカメラを手から離すこともある。三キロでいいだろう。
スターンデッキが空いた。タンクを背負った。バルブを開いていないことに気づいた。
シマが丸ポチャに「開けてやれ」と促がした。
昨日の今日である。他人の手は借りない。
タンクの重量をブルワークに預けて右手を精一杯背中に伸ばした。
やってみれば案外簡単である。全開して一回転戻した。
※ 現在でも背中で左右の手が繋げます。
エントリー。丸ポチャと架純は既に潜行していた。T 村とイトウがBCのエアを抜いた。
T 村はフィートファーストでで沈んで行く。多少バランスを崩しているものの概ね及第である。
しかし、イトウはどうもいけない。ヒップファースト潜行(本来この潜行方法は無い。揶揄の表現)だ。
これはバランスが取りづらいだけでなく見た目も非常に無様である。
T 村以下のビギナーか?それとも・・・・・・。
潜行。インフレーターホースを引いてBCのエアを抜いた。耳抜き。どうも抜けが悪い。
エアコンをつけたまま眠ったのが災いとなったようだ。
どうにか耳が抜けた。しかし鼻が・・・。軽い頭痛。
潜行速度を極力遅くする。多分浮上速度よりもゆっくりであろう。
水中移動。少人数なので本日は後方支援のK田はいない。暗黙の了解で私がそれを努めることにした。
このポイントも珊瑚がよく発達している。被写体に困ることはなさそうだ。
巨大ドーム状の根。例によって休息。数分間の自由行動。
鮮やかな黄。シテンャッコだ。フレームいっぱいに撮ろうとしてしばし追い回す。途中、三人を撮影。
T 村にネクサスを託し私を撮らせる。スチールビデオのタイトル部に使用するためだ。しかし期待は全くしていない。
クリスマスワーム。イバラカンザシだ。今まで視たものの中では最高の大きさだ。
マクロレンズではないがなんとかなりそうだ。最短距離で撮影。
※イバラカンザシ ゴカイの仲間 一対の鰓冠(赤青黄とカラフル)を水中に展げている。本体は珊瑚の中。
シマがドームの天辺で『センセイ』を高く掲げている。近寄って覗き込んだ。『お山の大将』ウケテいない。
撮影を続けているとシマが手招きをした。
『光る貝』どうしても私にこれを撮らせたいらしい。だが今回もマクロレンズは装着していない。
ワンカット。結果は期待できない。すぐに離れた。
珊瑚の隙間にイラブー(エラブウミヘビ)を見つけた。全体は視えないが大きそうだ。
胴中央部の太い部分はかなりのボリュームがある。撮影。
珊瑚の隙間から離れるとすぐそばに架純がいた。ジェスチャーでイラブーのいることをどうにか告げる。
T 村も寄って来た。イラブーを指さした。
潜水時間が三十分ほどになっていた。移動が始まった。
タテジマキンチャクダイ!。どうしても撮りたい魚の一種だ。
ズーム。長焦点。フラッシュ角度調整。ゆっくりと近寄って行った。
タテキンが気配を察して動き出した。私も移動。フレームの中央に捉えた。
T 村がブラインドとなった。『邪魔』
T 村もタテキンに気づいて見惚れているようだ。
私のために場所を譲る気遣いが出来るほどのスキルはまだない。
『どうするか?』T 村の胴に手を掛け押し退けた。
他の者にだったらそうはしなかった。『許せ、T 村』
タテキンハフレーム内に捉えているもののシャッターチャンスに恵まれない。
後ろ姿ではタテキンの魅力も乏しい。
結局、一度もシャッターを切らないうちに珊瑚の陰に姿を隠した。残念!。
昼食。本日はすき焼き弁当。本当に脂っこい飯が好きなサービスだ。
「昨日、チョコレートが食べたいと言ってたから買ってきたよ」シマが少々てれたような口調で箱を二つ取り出した。
「私達も買って来たんですよ」丸ポチャと架純が声を揃えて言った。
「女の子に頼まれるとホイホイと言うことを聞いちゃんだからなシマは。・・・それじゃあ俺と同じじゃあねぇか」
イトウは自分の分を持って一人離れて行った。
「ここで一緒に喰えばいいのにな」
「一人が好きなんですよキット」
「友達がいないんだろうなアイツ。やっぱり俺より性格悪いんだぞキット」
つ づ く
※掲載順位がランダムなのでダイビング記事の目次を作りました。
年代順となってます。
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