記憶のスクラップ・アンド・ビルド

当然ながら、その間にタイムラグがあり、
それを無視できなくなることこそ残念です。

踵骨棘と歩き方

2009年03月03日 05時16分34秒 | Weblog
踵の痛みがなかなか治まらない。
踵骨棘だからそのうちに治ると自己診断している。
以前にも痛くなり、老医師がレントゲンを撮って踵骨棘が写っていると診断し、この名前を知った。
当時、レンドゲン写真は白黒の2値でしかないと思っていて、骨しか写らないのだから診断に写真は要らないのではないかと思ったものである。

以来、いろいろな機会に画像診断を受けてきた。
問題は大概ピンボケのような半影部分にあるらしく、素人の患者が俄かに理解できるものでない。
画像診断法はマニュアルを読めば誰にでもできるものでなく、特別な訓練が必要なのだろう。

同じところの同じ痛みなので、これもその医師の言った踵骨棘だと思う。
インターネットの検索によれば、歩き過ぎたか、靴が合わないか、あるいは急に太ったりしたとか、で出来るらしい。
問題は足の裏面と靴底面との接点に分散する体重の比率らしい。
自然に踵を庇うよう片足を引き摺って歩くようになる。

運動不足の解消に部屋の中で駆け足をしていたら今度は脹脛が痛くなった。
左は踵、右は脹脛。痛みの種類は少し違う感じがする。
対称でなく両方痛いと、体を左右に揺すりながら大袈裟に跛を引いて歩くようになる。
どっちの足がどっちを庇っているのか、考えてみたが分からない。
知らない間に一番痛くない引き摺り方をしているらしい。
動作が痛みを減少しているようにも思えるし、
痛みが互いに抑制しているようにも思える。

それにしても、どうして大袈裟な跛行になったのだろう。
単純に左右それぞれを庇う動作が重なったようではない。
人にアピールするためでは無論ない。
試行錯誤したわけでもない。
行動主義なら神経回路のどこか意識の関知しないレベルで試行錯誤に似た過程があったと解釈するだろうか。
ニューラルネット風に、複数の神経が遣り取りして解を探索する過程があったと考えたら良いのだろうか。

行動主義の仮説に、ある行動が出現すると、それだけでその出現確率が大きくなると言うのがある。
それが事実だとして、何故そうなるかが問題である。
これに答えるために出たのが刺激抽出理論だったかもしれない。
微小で直接観測できない内的刺激と内的反応とを仮定し、その連合する対の数が増えて反応の出現確率が増大する、と。
この仮説は万能で、どんな場面でも都合よく適用できるが、反対仮説が立てられないから逆に科学的理論として用いられなくなった、とか。

何らかの逐次的解決過程があり、評価変数を痛みあるいは動作の出現確率だとすれば、極小あるいは極大を探索させる関数の勾配があると考えねばならない。
しかし、そういう勾配は見える訳でない。

勾配もランダムな過程で探索されるとするしかないだろうか。
実際には、もっと簡単に跛行が生じたのだし、・・・。
こんなことを愚図愚図考えている間に痛みは両方ともほとんど消えてしまった。


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