朝出かけた時の近くの川の様子だ。一面に霜が降りて真っ白だよ。とても寒い。
今日はもう一度泉倉寺と光堂を訪ねてみたくて出かけたんだ。
いつものように手賀沼サイクリングロードを走り、下手賀沼の東のはずれにある「手賀干拓一の橋」を渡って泉倉寺へ向かった。違う表情の写真を撮りたかったんだ。
境内の静かさは一緒だったよ。
近くで見ると、さらに重厚さが感じられる。
次は光堂だ。正面を斜め横から見てみた。
こちらは後ろ姿だ。
正面の姿を石段の途中から眺めてみた。
御神木の観音杉の後ろ側だ。痛々しく裂けている。後ろに回らないと見られない。この立派な観音杉にも、傷に耐えてがんばっている別の姿があったんだね。
やっぱりもう一度訪ねてみてよかったよ。前回とは少し違う姿を見ることができて、なんとなく納得した。
この間は気がつかなかったが、泉倉寺の墓址があったよ。
新川の水面に川鵜が翼を広げている。俺はここにいるぞと言わんばかりだね。
世の中に忘れ去られかけている一人の爺がいる。悪あがきのようにブログを書いている。俺はまだ元気で生きているぞ、とでも言いたいのか。
今日はもう一度泉倉寺と光堂を訪ねてみたくて出かけたんだ。
いつものように手賀沼サイクリングロードを走り、下手賀沼の東のはずれにある「手賀干拓一の橋」を渡って泉倉寺へ向かった。違う表情の写真を撮りたかったんだ。
境内の静かさは一緒だったよ。
近くで見ると、さらに重厚さが感じられる。
次は光堂だ。正面を斜め横から見てみた。
こちらは後ろ姿だ。
正面の姿を石段の途中から眺めてみた。
御神木の観音杉の後ろ側だ。痛々しく裂けている。後ろに回らないと見られない。この立派な観音杉にも、傷に耐えてがんばっている別の姿があったんだね。
やっぱりもう一度訪ねてみてよかったよ。前回とは少し違う姿を見ることができて、なんとなく納得した。
この間は気がつかなかったが、泉倉寺の墓址があったよ。
新川の水面に川鵜が翼を広げている。俺はここにいるぞと言わんばかりだね。
世の中に忘れ去られかけている一人の爺がいる。悪あがきのようにブログを書いている。俺はまだ元気で生きているぞ、とでも言いたいのか。