Randonneur旅日記

おじいちゃんの自転車一人旅
輪行サイクリングと
のんびりポタリング

みみ爺、秋を探しに…          2017年9月15日 金曜日

2017-09-17 18:40:42 | サイクリング・自転車旅



 自衛隊基地の金網のフェンスに咲く小さなオレンジ色の花。マルバルコウソウというのだろう。
 鉄条網の向こうに広がる空。おセンチなみみ爺は、秋というとなにかとてもはかないものを感じてしまう。



 疲れたような向日葵の先に秋の空。



 空は高いんだが。



 みみ爺が子供の頃、隣の家の広い庭の片隅に一本の大きな柿の木があった。秋になると、仲良しだったその家の子供たちと一緒に、先を割った長い竹ざおで柿の実をとり、皮もむかずにそのままかじって食べた。
 その家の子供たちのお父さんが交通事故で亡くなったあと、一家はどこかへ引っ越していった。その後も毎年柿の実はなったが、誰もとるものがいなくて、地面に落ちて腐ってしまうか、木の枝に下がったまま鳥につつかれてしまったりしていた。



 刈入れの近い田が明るく広がっている。明るいが、夏の明るさとは何かが違う。



 みみ爺が小学2年生か3年生の頃のことだ。近所の遊び仲間と一緒に遠出をした。遠出といっても家から2キロほどの距離だ。それでも子供の足ではとても遠く感じられたよ。途中の寂しい分かれ道に、たくさんの石仏が並んでいたんだ。あたりには鬱蒼と木々が茂り、薄暗い里はずれの道だった。
 みみ爺は、その日みんなより早く家に帰らなければならなく、一人心細い思いでそこを駆け抜けた記憶がある。薄暗い分かれ道に並んでいた石仏たちがなぜかとても恐ろしく感じられたんだ。それも日暮れの早い秋だったと思う。



 やはり子供の頃、サトイモの畑の道を一人で通るのがとても怖かった。背の高いサトイモの葉陰から、ガサゴソと突然怖い男が出てきそうで…。



 中学校へ通った道の途中に寺と墓があり、秋になると彼岸花が狂ったように咲き乱れた。



「下山途中、すぐ目の前を歩いていた仲間の一人が、ほんとになんでもないようなところで何かにつまずき、そのまま谷へ吸い込まれるように落ちていった」
 そんな話をふと漏らした友人がいた。大学時代、山岳部に所属していた無骨な男だ。
「風の中で、なよなよと伏し倒れそうになっているコスモスの花がすきなんだ」
 柄に似合わずそんなことを呟いていたその友人のことお思い出す。今は遠い九州にいる。どうしているだろう。



 菊芋が食べられると知ったのは最近のことだ。知っていればお腹をすかせていた子供の頃、いくらでも取りに行ったのになあ。



 運動会の練習だろうね。運動会というと、柿と栗と玉子焼きと海苔巻きとおいなりさんと…。





 「鉄塔武蔵野線」という映画があった。遠い遠い忘れかけた記憶がよみがえってくるような映画だよ。
 空が高いなあ。ヒメモロコシというのかな。



 稲の刈入れというと、今ではほとんどこんな風に大きな機械が使われている。サギもびっくりするほど、あっというまだ。





 うわあっ!真っ赤だ。


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8 コメント

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Unknown (B)
2017-09-22 10:39:50
なにか随分とセンチメンタルですね。
秋憂とか言うやつでしょうか。
秋は実りの秋でもあるが、命が消えて行く季節でもありますね。
また、来るべき木枯らしや極寒の凍てつく大地を想像します。

仰るように吾輩も春がいいなぁ~。
四月半ばから五月の初め頃の季節がいいなぁ~。

お互い老い先あまり猶予がございません。
沢山頑張って人生の秋を満喫致しましょう。
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Unknown (みみ爺)
2017-09-22 13:22:12
 体力だけは落とすまいと、ここ数ヶ月の間手賀沼まで50キロのコースを週に3~4回走っていますが、同じ道をたどっていて、季節がどんどん移っていくのがよくわかるんです。青く枝についていた栗は茶色く変色したイガだけが道に転がっている。柿の実も地面に落ちて腐っている。彼岸花は数日前には咲き乱れていたけれど、もう枯れ始めている。湖面を覆っていた緑の蓮の葉は黄土色に枯れてきている。
 季節が移っていくのはとても早い。自分が年を取っていくのも同じように早い。ついこの間68になったと思ったのに、すでに69が頭の隅にちらついている。
 マイナス思考はよくないのはわかっているけれど、つい追い立てられているような気持ちになってしまいます。
 なかなかBさんたちの予定に合わせることが難しいので、こつこつと自分なりに戦っていくつもりです。みみ爺まだまだ元気いっぱい。
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秋の風景 (美っ湖)
2017-09-27 17:51:58
運動会、柿 コスモスなど・・・秋の景色が好きです。
高校時代、友達の家の柿の木に登って柿をとったことがあります。
帰宅後母から「柿の木は、さくい(裂けやすい・鳥取の方言)から登るもんじゃない!」とひどく叱られたことを思い出しました。

今でも、車窓から遠く近くに色づいた柿を見ると祖父母のいた田舎のことを思い出します。

運動会、今は春の開催が多くなり、お弁当の匂いも違ってきましたね。
子供のころはミカンの匂いもしていました。

虫の音が聞こえ、近くの家の8メートルは超えそうな大きなしいの木から、コトンコトンと壁に当たったドングリが降ってきます(嬉)

朝晩は肌寒くなりました。皆様 ご自愛くださいませ。

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美っ湖さんへ (みみ爺)
2017-09-27 22:21:06
 コメントありがとうございます。
 虫の声が聞こえ、壁に当たったドングリの降ってくる音がコトンコトンと響いてくるそうですね。とても静かな秋の夜の情景が伝わってきます。
 朝晩本当に涼しくなってきましたね。夏の疲れが出てくる頃でもあります。風邪など引きませんように。
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Unknown (IWA)
2017-09-28 12:34:06
柿で思い出すのは小学生の時に仲間と自転車で遠出しました。畑の隅の方に赤々と実った柿の木を見つけました。早速仲間は柿をもいでほおばっていました。私は少し遅れて到着しました。私も柿をもいでかぶりついた瞬間に仲間は一斉に吐き出しました。。。
■渋柿だったのです。私がかぶりつくまでは必死に我慢していたとは! 私一人だけ難を逃れるはずるいと!
■今でも思い出すと唾液が出てきます。。。秋は実りの秋でもありますが、どこか淋しげです。冬が近づいて来るからでしょうか。。。
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Unknown (みみ爺)
2017-09-28 16:47:47
 IWAさんの小学生時代のお話とても面白く読ませていただきました。読んでいて思わず顔がほころんでしまいましたよ。
 この週末の山行きは天気も最高によさそうでよかったですね。気をつけて行ってきて下さい。きっとすばらしい絶景が待っていることでしょう。
 私は日曜日があきそうなので、のんびり秩父を走ってくるつもりです。
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Unknown (Unknown)
2017-10-01 12:03:29
秋という儚い物を感じてしまう・・・
私も、みみ爺さんと同じに感じます。。。
日暮れもどんどん早くなって、勢いよく青々と茂っている山の木々が色づきやがて葉が落ちて。
そういう、物悲しい感じがたまらないです。
だからこそ、短く感じる秋を探しに感じに出かけてしまいます。
柿の木、私が子供の頃はどの家にも1本はあっような。
甘柿をもいでムシャムシャ食べてましたね
こちらは、稲刈り90%終わりました。
稲が無くなると秋の深まりを感じます。
そんな中、真っ赤な彼岸花や可愛らしいコスモスを見ると何故かホッとさせられます。

新潟は自転車シーズンあと少しですが、一日でも多く乗って楽しみたいものです
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Unknown (みみ爺)
2017-10-02 10:59:08
新潟にお住まいのUnknownさんコメントありがとうございます。
新潟にはすばらしい景色や道がたくさんあると思います。羨ましいです。残されたシーズンを大切に。
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