三代目桂三木助の噺、「宿屋の仇討ち(やどやのあだうち)」によると。
夕刻ともなると宿場では客引きに余念がない。三十二・三にもなるお武家さんが神奈川宿は武蔵屋さんの前に立った。名前を万事世話九郎といい、前日は相州小田原の宿では回りがうるさかったので眠れず、狭い部屋でも良いから静かな部屋をと言うことで、イタチと勘違いされた伊八(イハチ)に案内されて投宿した。
その後に来たのが魚河岸の源兵衛、清八、喜六の江戸っ子三人連れ。金沢八景でも見物するのか懐は重く足は軽いという。しじゅう三人連れだからと挨拶して入ると、宿側は残りの四十名様はどうなっているかと言えば、我々は始終この三人連れだ。
まるで火事場に来ているような派手な大声で、先ほどのお武家さんの隣の部屋に入った。良い酒と生きの良い肴を用意し、芸者を3人ばかり用意してくれとの注文。夜っぴて騒ぎ始めたが、驚いたのは隣の侍。
手を叩いて「イハチー、イハチ~~」、「何のご用でしょう」、「入る時に言ったであろう。相州小田原の宿では・・・、間狭な部屋でもいいから静かな部屋をと」、「今は満室になっていまして、替わる部屋がないので、隣を静かにしてくるので、ここでご勘弁を」。
隣の3人組に事情を話し、静かにと頼んだが、啖呵を切られて逆襲された。しかし、侍と聞いて芸者も帰し、布団を引かせ寝物語を始めた。
江戸に帰れば相撲が始まるな。と言うことで、仕方話になり、立ち上がって相撲を取り始めた。残った相棒がお盆を持って「ハッケヨイ、ノコッタ、ノコッタ」。ドッシンバッタン、バリバリ、メリメリメリ。
隣の侍、手を叩いて「イハチー、イハチ~~」、「何のご用でしょう」、「入る時に言ったであろう。相州小田原の宿では・・・、間狭な部屋でもいいから静かな部屋をと」、「今は満室になっていまして、替わる部屋がないので、隣を静かにしてくるので・・・」。
「今度は大丈夫。静かに寝るから」。「力の入らない話なら良いのだ。女の話なら良いが、そんな奴は居ないよな」、「冗談じゃない」、「源ちゃん出来るのかい」。
「『人を2人殺めて、金を300両取って、この方3年分からない』と言う色事はどうでぇ~。俺が3年前脚気で体を壊し、川越に養生に行っていた。そこが小間物屋だったので手伝っていたが、ある時石坂さんという武家の家に品物を届けた。ご新造さんが出てきて、『上がってくりゃれ』というので上がり込んだ。話をしていて気が合ったのだろう、ふとした事から割れぬ仲になった。と、思いねぇ~」、「思えない。美人のご新造さんとじゃぁ、なお思えない」。
「その内、石坂さんが居ない留守を見計らって出かけた。お酒をやったり取ったりしていたら、弟石坂大介が『不忠者めがー』と刀を抜いて追いかけてきた。大介は庭に降りた時足を滑らせ倒れ刀を投げ出してしまった。それを拾って『エイ、ヤ~』と叩き殺してしまった。これを見たご新造さんが血相変えて部屋に戻り、300両差し出して『私を連れて逃げて』というが、足手纏になるのでその刀でご新造さんも斬り殺してしまった」。「それはむごいねェ」、「追っ手の付く身だ。その位しないと逃げられない。人を2人殺めて、金を300両取って、この方3年分からない。どうせやるなら、この位の事はしないとな」。
「源さんはすごいね。色事師だね」、「♪源さんは色事師」、「♪色事師は源さん。テンテンテレスケ、テレスケテン。色事師は源さん!」。
隣の侍、手を叩いて「イハチー、イハチ~~」、「何のご用でしょう」、「部屋の中に入れ。宿に入る時に言ったであろう。」、「相州小田原の宿では・・・、間狭な部屋でもいいから静かな部屋をと」、「黙れ黙れ。名前を万事世話九郎と言ったがそれは仮の名。川越の藩士・石坂段右衛門と申し、先年妻と弟を殺され、その仇を捜していた。今日ここで見つけることが出来た。源兵衛がここに来て討たれるか、わしがそちらに行って討つのが良いか、源兵衛に申し伝えよ」。
「えらいことになったぞ」。
「♪源さんは色事師」、「♪色事師は源さん」とまだ手を打ってはやし立てていた。開けると「もう寝るから勘弁してくれ」、「もう寝なくて結構です。この中に源兵衛さんはいらっしゃいますか。そうですか、貴方が2人殺したのですか」、「お前、廊下で聞いていたな」。「お隣のお侍さんは石坂段右衛門と申し、貴方は仇で切られに行くか、それともお侍さんがここに来るか、どちらになさいますか」。
「違うんだ。これは江戸両国の小料理屋で聞いた話で、おもしろい話だから何処かでやりたいと思っていたのが、ここで『色事の出来る奴は居ないから』と言われたので、ムキになってしただけ。俺は何にもしていないんだ」。「困った人だ。そのお陰で私ら寝ることが出来ない。分かりました、隣に行って話してきます」。
「お隣の源兵衛という人は、そんな度胸のある人間ではなく、ブルブル震えています」、「黙れ、いったん口から出した話を引っ込めるなんて、これからそちらに行って血煙を上げてつかわす」、「血煙はいけません。変な噂が立つとこの宿の信用に関わります」、「それはもっとも。それでは明日出会い仇と言うことで宿外れで成敗してくれる。それまではここに預けるが、3人共逃がしたらこの宿の者全員の血煙を覚悟せよ」。
と言うことで、3人共縄でぐるぐる巻きに縛り上げられ、宿の者に監視されながら、涙を流し朝を迎えた。その点お武家様は豪胆で高いびきでお休みになってしまった。
朝、お武家様は気持ちよく目覚め、宿の伊八の挨拶を受けていた。隣の唐紙を開け、グルグル巻きの3人を会わせた。「真ん中にいるのが源兵衛です」、「大変戒められているが、どんな悪いことをしたのか」、「いえ、宿では悪いことと言えば、裸で踊っただけですが、あの源兵衛が貴方の奥様と弟様を殺したという仇です」、「何かの間違いではないか。わしは未だ妻を娶ったことはない」、「いえ、思い出してくださいよ。奥様と弟様を2人殺めて、金を300両取った。その仇です」、「あはは、あれは座興じゃ」、「え!私らみんな寝ずに監視してたんですよ。何でそんなくだらない冗談を言ったんですか」。
「あの位申しておかんとな、拙者の方が夜っぴて寝られない」。
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