【羽根つき丁稚】
お正月となりますと和服、日本髪がグッと増えます。まぁ所帯やつれした
お上さんでも、樟脳の匂いの染み付いた着物を箪笥から出してきて、年に一
ぺんか二へんしか着ぃひんちゅうやつでな。
で、白粉(おしろい)をちょっとこぉ顔に三文ガンほどつけたりして「元日
や、おのが女房にちょっと惚れ」てな川柳がありますけど「あれ? あぁし
て見ると、家(うち)の嬶(かか)まだいけるがな」てな気になったり。
またあの、十(とうお)から十一、十二ぐらいのお嬢ちゃん、学校行きの格
好なんか見てるとほんとに子どもですけど、お正月やといぅんで振袖やなん
か着てな、こぉ和服を着けますとグッと大人っぽぉ見えるもんで。
親っさん、こぉチビチビ置炬燵かなんかでやりながらそれを見て「あれぇ?
あれ、うちの子ぉか? えぇ娘になりよったなぁ……、もぉじき嫁入りやで、
こら高こつくがな」てな心配するのも、これもお正月ですが。
子どもから大人に片足踏み込んだか踏み込まんか、といぅぐらいの女の子
の色気といぅのはまた格別で、大きな羽子板を持ちましてカチンカチンと羽
根を突く。
近頃では交通事情やなんかであんまりやりまへんけど、あれも風情のある
もんで、袂気にしながらな「ひぃとめ~、ふぅため~、ちかめ~」そんなこ
と言やしまへんけども。
すると、近所のまた悪童がやって来るもんで……
■花ちゃん、おめでとぉさん。あんたお正月ちゃさかい、
そぉやってベベ着てたら、えらい別嬪さんに見えるわ
●なぶらんといて
■なぶってへんがな、
綺麗いぅて褒めてんねや……
■なぁ、その羽子板ちょっとわしにいっぺん突かしてぇな、
その羽根いっぺん突かしてぇな
●いやや
■そんなこと言わんと、突かしてぇな
●あんたなん
か嫌いやさかい、突かしたらへん。
■そんな根性の悪いこと言ぃないな、
一ぺんや二へん突いたかて減るもんやあらへんやないか、
なぁちょっと……
●あんたなんかに突かしたらな、お母ちゃんに怒られる。
■言ぃやがったな、こいつ……
「よし、頼めへんわいッ!」ガ~ンと突き倒す、男の子は乱暴ですなぁ。
突き倒しといて羽根と羽子板を引ったくると、カチ~ンと突き上げる。
と、この羽根が樋(とゆ)にピュッと止まってしもた。
「知らんでぇ~」ちゅうんで男の子は羽子板放り出して逃げて行ってしまう。
女の子わんわん泣いてると、近所のお医者さんが年始帰りですか、
髭の端にビールの泡乗したりして、ステッキ突いて通りかかって、
▲これこれこれ、何をそぉ泣いてんねやこの子わ。
おぉおぉ、せっかくのベベがホコリまびれやないかいな、どぉしたんや……?
はぁ、羽根が止まったんかいな。あ~、わしが取ってやる。
ステッキを逆手(さかて)に持つと、
樋の下からコンと突きますとコロンと羽根が帰った
「さぁ、泣きやみや」と言われても、女の子は泣きやみまへんなぁ。
羽根と羽子板と抱えて、家へ泣いて帰って来る。
●うぁ~んッ!
◆これこれこれ、もぉお正月早々そんな声で泣きなはんな。
今まで機嫌よぉ遊んでたと思たら、どないしたんやいな?
●うち一人で羽根突いて遊んでたら、お向かいの竹ちゃんが来て……
◆また竹ちゃんかいな、何であの子とそない喧嘩するんや。もぉあの子も悪
さやさかいなぁ、どないしたんや?
●「お正月ちゃさかい、そないしてお化粧してベベ着てたら別嬪さんに見える」て
◆褒めてくれたんやったら泣かいでもえぇやないか。
●ほいでな「わしにいっぺん突かしてくれ」言ぃやんねやわ
◆「突かしてくれ」妙なこと言ぅたなぁあの子、
この頃まぁちょっと色気づきやがって、何ちゅうこと言ぅねやいな……、
ほいで、あんたどない言ぅたんや?
●「あんたなんか嫌いやさかい、突かしたらへん」言ぅた
◆もぉ、そんなおかしな言ぃ方しなはんな、好きやったら突かすんかいな。
そんな無闇に突かれてたまるかいな。
●ほな「一ぺんや二へん突いたかて、減るもんやない」
◆よぉそんなこと言ぅたなぁあの子、何ちゅうこと言ぅねん
●「あんたなんかに突かしたら、お母ちゃんに怒られる」
◆あぁ、よぉ言ぅたんなはった。
●「ほな、こないしたる!」言ぅてな、パ~ンとひっくり返して、
とぉとぉ突いてしもたんやわ
◆えぇ~ッ!、ほな、あんた突かれてしもたんか?
●ほな、突くなり止まった
◆騒動やがな、止まったりしたら。どないしたらえぇやろ?
●ほな、お医者はんが来はってな、直(じき)に下ろしてくれはったんや。
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