仏南部で建設中のITER(2019年11月)=ロイター
日本、米国、中国、ロシアなど「7極」が参加する国際熱核融合実験炉(ITER)の稼働時期が、部品の不具合で当初の2025年から早くても33年に先送りとなった。
多国間による協力体制が順調に続くかは見通せない。次世代の脱炭素の切り札とされる核融合技術の実現には新興企業など民間の力も生かす必要がある。
核融合は太陽と同じ反応を地上で再現することから「地上の太陽」と呼ばれる。トリチウムと重水素という水素の仲間同士の原子核が融合する際に発生する大きなエネルギーを熱として発電などに有効利用する。
理論上は1グラムの燃料から石油8トン分のエネルギーを生み出せる。ただ、技術的なハードルが高く、膨大な開発資金が必要なことから、国際協力を軸に開発が進んできた。
それが日本、欧州連合(EU)、米国、ロシア、韓国、中国、インドが参加するITERだ。ITERは核融合で生じるエネルギーを発電に利用できるかどうかを確かめる研究施設で07年にフランスで建設が始まった。
投入量の10倍のエネルギーを取り出す成果を目指す。25年に稼働を始める予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大による作業の遅れや部品の不具合で遅延する可能性がここ数年報じられてきた。
ITERは3日、部品の不具合などを理由に8年遅れると発表した。ITERのバラバスキ機構長は3日の会見で「目的達成のための正しい判断だと考えている。
リスクにさらに注意を払い、プロジェクト全体の遅れを最小限に抑える」と説明した。仏紙によると、総事業費は遅延などを受けて250億ユーロ(4兆3000億円)近くに達する見通しだ。
開発の遅れには多国間協力の複雑さが背景にある。ITERでは担当している部品を各国が製造し、「物納」してフランスで組み立てる方式をとる。今回、不具合があったのは核融合を起こす中心部である真空容器だ。
真空容器の外側に取り付けられるサーマルシールドと呼ばれる熱を遮蔽する板の冷却用配管に亀裂が見つかったという。
部品の製造を担った韓国が納入した時点で、設計との誤差があった。ITERは溶接で誤差を補えるとみていたが、フランスの規制当局は認めなかった。
ほかにも真空容器の第1壁の素材を作業員の安全のためにより毒性の低い素材に変更する方針で、組み立て作業を再びすることが必要になった。
東西冷戦終結の前後に構想が固まったITERは国際宇宙ステーション(ISS)などと同様に、壮大な科学プロジェクトを国際連携で進める象徴だった。
ITERには米国などと急速に関係が悪化する中国やロシアも参加しており、今後、協力が続くかは見通せない面がある。
ITERの遅れは各国の核融合開発の戦略に影響を与える。ITERは50年代の核融合発電の実現を見据えたプロジェクトだったが、早期の実用化を見据えた動きが海外を中心に活発になっている。
米国や中国は40年代に発電する炉の建設を目指している。中国は発電能力を備えた試験炉の建設に着手している。
米国はITERとは別の方式で核融合を起こす実験装置を国立研究所が持ち、世界で初めて投入量を上回るエネルギーの純増に成功している。
日本などはITERの成果をもとに原型炉を建設して、50年代の発電を目指してきた。今もITERとの協力を開発の中心に据えているが、2国間協力にもかじを切り始めている。
日米両政府は4月、共同声明をまとめた。両国の企業や研究機関の人材の交流や研究施設の相互利用などを盛り込んだ。
核融合施設に部品を納入する企業を中心に国が産業界と連携し、世界的なサプライチェーン(供給網)の構築を目指すことも盛り込まれた。
日本は米国との協力強化に先立ち、23年12月に欧州連合(EU)とも核融合の推進に関する声明を出している。米国や欧州など西側との協力を強化することで実用化にこれ以上の遅れが生じないようにする狙いがある。
ITERの完成の遅れを尻目にスタートアップなどの企業が先に核融合発電を商用化するという見方も出ている。
核融合は民間主導の局面に来ているという意見もある。
例えば、新興の米ヘリオン・エナジーはスタートアップながら28年の発電開始をめざし、米マイクロソフトと同社に電力を供給する契約を結んでいる。
ほかにも30年代の商用化を公言する企業もあり、数百億ドル規模の資金を集めている。
一方でこうした民間企業の技術や工程とITERには大きな違いがある。企業の取り組みは査読を経た学術論文などの客観的な公開情報は少ない。
ITERをやめてしまうと、スタートアップが失敗し、資金が引き揚げられた時に核融合自体が実現しないことになりかねない。民間の力を生かしながらも、国が実現へ向けた戦略を練る必要がある。
(塙和也)