<興奮したゾウの前では大型車両でも不十分>
南アフリカの国立公園で今月18日、興奮したゾウが観光客を乗せたサファリトラックに接近し、襲撃する事件が発生した。
【動画】怒ったゾウがサファリトラックを「鼻と牙」で持ち上げ、地面に叩き付ける瞬間
緊迫の瞬間が記録されたのは、同国北西部に位置するピラネスバーグ国立公園だ。少し離れた場所から撮影された動画には、サファリトラックの正面にゾウが立ちはだかっている様子が確認できる。
バックする車両に容赦なく迫るゾウは、その勢いで鼻と牙を押し当てて、トラックを宙に高く浮かせては身を引いて地面に叩き付ける攻撃を2度行った。
乗客の悲鳴と、ガイド兼ドライバーの男性がゾウに向かって何度も「やめろ」と叫んでいるのが分かる。
また、トラックに乗っていた観光客が撮影した動画もある。車内にはゾウの視界に入らないよう低く伏せ、数人の緊張した面持ちの乗客の姿が映っている。
アフリカ各地から寄せられる野生動物の映像を発信するプラットフォーム「レイテスト・サイティング(Latest Sightings)」に乗客の一人が寄せた体験談によると、ツアー参加者らは車を降り、ガイドに許可された場所の範囲内で写真撮影をするなどして過ごしていたという。
そこに近づいてきた大きなオスのゾウに危険な兆候を感じ取ったガイドは、数人のゲストを急いで車に避難させた。その際、車の外にはまだ数人が残されていたという。
ドライバーがゾウと対峙していたのは、ゾウをそうした人々から遠ざけようとする狙いがあったものとされている。
AP通信の報道によると、幸い運転手・乗客ともに無事で怪我人も出ていないという。
アメリカを正しく認識する 建国までの歴史概略-23 北欧系移民
https://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/32f4e8a2b2b6d1a083efc91b4940533e
からの続き
アイルランド系アメリカ移民
アイルランドの惨状
19世紀初頭、イングランド地主に収奪されて窮乏の極みに会ったアイルランド人は、ジャガイモ栽培で飢えをしのいでいました。
そして結婚年齢の引き延ばしや一生を通じての独身生活の他に、国外移住が人口調整のメカニズムとして働いていました。
多くのアイルランド人がイングランドに出かけ、イギリス産業革命の安価な労働力になりました。彼らの悲惨極まる生活はエンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』にも書かれています。
アメリカ移住は1840年代後半のジャガイモ飢饉で、怒涛のような規模になりました。 ジャガイモが伝染病によって壊滅状態となり、、何万人もの死者が出ると、1846~1851年の間に100万人以上がアイルランドを去ったのです。
窮乏化したアイルランドからの移民はその後も継続して、1820年から1900年までの間に、なんと400万人のアイルランド人がアメリカ合衆国に移住し、アイルランドの人口は1841年の817万人から1851年の655万人に減少。
この時期、日本では何が起こっていたかといえば、江戸末期のペリー提督の来航です。 受験生は『嫌でござんすペリーさん』で年号を覚えましょう。
ペリー来航、そして日本開国を計画したのは、ロスチャイルド・ロンドン家と代理人契約した
ニューヨークの弁護士アーロン・パーマーです。
アーロン・パーマーはアメリカ政府の政策や公共投資の情報を逐一ロスチャイルド・ロンドン家に報告し、さらにロスチャイルドからの指令でアメリカ政府にロビー活動していたのです。
東海岸から清や日本は遠いので、アメリカ大陸横断鉄道(アメリカンエクスプレス)をロスチャイルド家の資金で摂理る祖ますが、この鉄道のおかげで西海岸のカリフォルニアから太平洋を渡って清や日本への近道の航路が出来たのです。
ちょうど、大英帝国とロスチャイルドは、清を阿片戦争で植民地化し、奪えるものはすべて奪ったので、次のターゲットは日本だったのです。
この時期、アメリカも清に阿片商社であるラッセル商会を設立し、清で阿片ビジネスを大英帝国ほどではありませんがやっていたのです。
日本開国の目的は、阿片商人がアメリカから清に塗工する際、日本を燃料(石炭)や水・食料の補給基地として、さらには日本とも阿片ビジネスを考えていたのです。
アイルランドの人口はさらに1926年の422万人に減少していきました。
今日のアメリカでは約4000万人がアイルランド系ですから、本国(人口354万人)の10倍以上のアイルランド系がいる計算となります。
アメリカに到着した時、彼らは西部に赴いての内を開拓する資金がなく、都市に定住しました。
しかし、彼らがアメリカで農民にならなかった理由は貧困だけではありませんでした。
中西部の農業は、アイルランドの農業と全く違っていたのです。彼らは故国の村で互いの家が見えるところに住み、頻繁に訪れ合う集村生活に慣れていました。
歩いて行けるところに教会があり、多くの宗教的祭日がありました。
アイルランド移民がアメリカで都市生活を選んだのは、友人、家族、隣人に三着した生活と、カトリック信仰を維持したかったからであります。
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北欧系移民
北欧諸国からの移民が本格化するのは、1860年代以降です。 1850年から1910年にアメリカに渡った移民は、スウェーデンが97万人、ノルウェーが69万人、デンマークが27万人でした。
ノルウェーでは1845年の人口が132万人だったので、その半分以上がアメリカに移民したのです。これはアイルランドに次ぐ比重です。
スウェーデンでも出移民総計は19世紀末の総人口の約25%に及んでいます。
北欧系は中西部の北部、すなわち五大湖からダコタに及ぶ地域に集中しました。 寒冷な気候を好んだことが一つの大きな理由です。 ここで彼らは農民となり、故郷で果たせなかった夢、つまり独立小生産者になるという夢を果たしたのです。
だたし、第二世代で都市に出て工業の労働者になる者も多くいました。 ヨーロッパの方がアメリカより文明が発達していたので、工業関係についても既に技術を身に着けていたのでアメリカで重用されたのです。
1900年、シカゴはストックホルムに次ぐ世界第二番目のスウェーデン都市でした。 スウェーデン系住民は15万人近くに及び、市人口の9%を占めていました。
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