パウエルFRB議長㊧と植田和男日銀総裁
「思ったよりもタカ派だった」パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長と「思ったほどはタカ派ではなかった」日銀の植田和男総裁。
18日から19日にかけて終えた年内最後の日米中央銀行の会合は対照的な結果となった。
ともににじみ出たのが、トランプ次期米政権が発足時から高関税政策などを繰り出す「トランプリスク」に対する警戒だ。両者の違いは目先、円安圧力としてのしかかる。
同じ要因を意識するのに日米の差が生まれたのは、トランプリスクがFRBに対してタカ派方向、日銀に対してはハト派方向の圧力となるからだ。
FRBは「政策の不確実性=インフレリスク」
FRBは米連邦公開市場委員会(FOMC)で3会合連続での利下げを決めたものの、参加者の間で関税政策を中心に「トランプ2.0」を予測に織り込む動きがあり、新たな金利予測で2025年の利下げペースを緩める一因となった。
米国への輸入品に対する高関税は米国内のモノの価格に転嫁される。トランプ減税の継続や移民制限も、需要刺激や労働供給の減少を通じ、物価を押し上げやすい。
「政策の不確実性を、インフレの不確実性をより多く織り込む理由の1つに挙げた人もいた。経路が不確かなら、ややゆっくり進むのがある意味で常識的な考え方だ。
霧の立ちこめる夜に運転したり、家具でいっぱいの暗がりの部屋を歩いたりするようなものだ」
パウエル氏は記者会見でこう語った。利下げのペースを落とそうとする現状をたとえたものだが、もし景気の不透明感が強まるようなら、むしろ利下げに前のめりになるはずだ。
「政策リスク=インフレリスク」という図式を雄弁に物語る。
ただし、FRBの基本シナリオは「強い米経済」の維持。FOMC参加者による「政策金利の長期見通し」でみると、米経済をふかしも冷ましもしない政策金利の水準である「中立金利」の想定はじりじり高まっている。
金利が高くても経済は堅調さを維持できることを意味する。
一方で政策金利は9月から計1.0%低下している。政策金利と、参加者らが見込む中立水準の上限の差は0.5%を切るところまで縮小している。
2回の利下げという新しい25年の金利見通しとほぼぴったりだ。
日銀は市場混乱による「8月の悪夢」再来を警戒
日銀は今回の金融政策決定会合で追加利上げを見送った。トランプリスクで何よりも気にするのはグローバルな市場の混乱だ。
米国が日本に狙いを定めて高関税を課し、日本が報復でもしない限り、日本に直接のインフレ圧力を生むわけでもない。世界経済への影響が分析できるまでには時間もかかる。
問題は、次の利上げが万が一にも市場の動揺につながらないか。7月末の金利引き上げが8月の世界的な市場混乱の一因とされただけに、「悪夢の再来」を避けるために細心の注意を払わざるを得ない。
米国でトランプショックが一時的なインフレ現象にとどまり、FOMCの「強い米経済」シナリオが崩れなければ、日銀の利上げシナリオにとっても望ましい話だ。
「データはオントラック(想定どおり)でここ数カ月きているので、それを前提にすると、我々の見通しが実現していく確度が多少なりとも上がっている。
ただ、次の利上げの判断に至るには、不正確な言い方ではあるが、もうワンノッチ(1段階)ほしいな、というところかと思う」
「もうワンノッチのなかに賃金上昇の持続性も入ってくる。より具体的には来年の春闘(春季労使交渉)のモメンタムをみたい」
植田氏は会見で利上げに説得力を持たせるだけの「あと一押し」を望んだ。ここにトランプ次期政権を巡る不確実性の払拭も加わるのは確実だ。
「データが見通しどおり」という「オントラック説」は、利上げの必要条件であって十分条件ではない。
トランプリスクは回避できるか(トランプ次期大統領)=AP
賃上げの強い動きに加え、トランプリスクの暴発を回避できれば、少数与党で不安定な状況が続く政府・議会とのあつれきを避け、円滑に利上げに持ち込める。日銀関係者は明言しないが、そんな深謀遠慮も働いているに違いない。
来年1月の次回会合までに利上げの環境が整うとしたら、大きなポイントはトランプ氏が大統領就任初日に繰り出す「政策爆弾」が市場を揺さぶる事態を避けられるかどうかだろう。
植田氏「輸入物価は落ち着き」、円安に切迫感なし
植田氏は今回、「基調的物価上昇率、あるいは期待インフレ率の上昇がゆっくりしている」と話し、利上げを焦る必要はないとの立場を強調した。
だとすれば、賃上げとトランプリスクの2条件をより確実にクリアするため、これらの具体的な動きがもっと明らかになる来年3〜4月ごろまで待つのが得策なはずだ。
「春闘についてもトランプ新政権の政策についても相当、長い期間をみないと全体像は判明しない」
植田氏はこうも語った。利上げの環境が整うまでじっくり待つ「熟柿(じゅくし)作戦」を決め込みたいところだが、ここで問題となるのが、やはり円安だろう。
利上げをさほど急ぐ必要はない、というハト派的な姿勢を強調するほど、円安を呼び込み、結果的に利上げに追い込まれる可能性を高めてしまう。
一方、タカ派のポーズを強調するのであれば、円安に追い込まれて拙速に利上げをするリスクは多少なりとも低下する。ただし、円安リスクが遠のいたのに安心してハト派に回帰すれば、またぞろ円安が再燃しかねない。
日銀が自らの意思で「タカ」と「ハト」の塩梅(あんばい)を調節できないのもやっかいだ。円の対ドル相場は米国側の要因に大きく左右されるためだ。
「(為替は)常に物価の見通しに関してみている要素だが、現時点では、とりあえず前年比でみた輸入物価の上昇率が落ち着いていることも考慮に入れたうえで、為替の物価見通しへの影響を判断していく」
植田氏は会見で円安の動きが差し迫ったものではないとの認識を示した。この点は7月末の利上げ前とは異なる。
11月の会見では投機的な円キャリー取引について「完全には把握できていないが、現状、例えば7月初めにみられたようなポジションの偏りはないのではないか」とも語っていた。
市場の環境次第では、こうした見解自体が投機筋の円売りを促しうる。日銀が利上げに向けた全方位の理解を得ようと体制を整え、説明を尽くすほど、円売り勢に隙をみせることになりかねない。そんな矛盾を秘める。
投機的な円売りが膨らみ始めた今年4月ごろ、円相場は1ドル=151円台だった。日米中銀の対照的な動きは19日の外国為替市場で円を一時157円台に押し下げた。
日銀の対応が不要な「平時」だとしても、日銀と市場の攻防を経るうちに、円はじりじりと水準を切り下げている。どこか不気味だ。日銀がトランプリスクのなかで最も真剣に向き合うべきは「ドル高」かもしれない。