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日鉄に牙むいた中国の「生徒」 半世紀の愛憎に終止符

2024-07-24 14:35:22 | NATO・ウクライナ・ロシア・中国・中東情勢


日鉄は宝山鋼鉄との合弁から撤退する(上海市内の合弁工場、撮影は2007年)

 

 

日本製鉄は鉄鋼世界最大手、中国宝武鋼鉄集団傘下の宝山鋼鉄との中国合弁事業から撤退する。

1972年の日中国交正常化を機に両国の友好を象徴するプロジェクトとして、日鉄の全面協力のもとで生まれた宝山。半世紀の間に互いの立ち位置は大きく変わったが、いつの時代も神経戦が繰り広げられてきた。

 

このタイミングでの手切れの理由を探れば、日鉄がもう一度、世界の鉄鋼業界の覇権を握ろうという野望が浮き彫りになる。

 

 

実にあっけない幕切れだった。日鉄は中国合弁の解消を説明する記者会見はおろか、東京証券取引所への適時開示すらせず、自社のホームページで告知したのみ。

それも、本文が4行余りという実に簡素な文面だった。日鉄にとっても日中の鉄鋼業界にとっても歴史的だった握手の終焉(しゅうえん)にもかかわらず、である。

 

発端は田中角栄政権が電撃的に結んだ日中国交正常化だった。

国交を結んだ直後に中国の周恩来首相が新日本製鉄(現日本製鉄)の稲山嘉寛社長と会談し、武漢製鉄所の近代化を要請した。続いて鄧小平副総理が来日し、稲山氏に新鋭製鉄所の建設を依頼した。

 

 

「先生」と呼ばれた日鉄

こうして動き始めた日中の経済協力を象徴する巨大プロジェクト。日鉄は延べ1万人もの人員を動員し、1985年に完成したのが宝山鋼鉄の中核をなす上海宝山製鉄所だった。

その宝山が2016年に武漢と合併して誕生したのが宝武鋼鉄だ。日鉄はどちらの製鉄所にも深く関わった。

 


会談する周恩来氏(左)と稲山嘉寛氏。日鉄の中国への協力はここから始まった

 

 

中国が近代的鉄鋼産業を育てるにあたって常に陰から支え続けた日鉄。その後、日中を代表する鉄鋼メーカーの立ち位置は時代とともに大きく変わっていく。

78年に来日した際、鄧小平氏は新日鉄を「先生」と評するだけでなく、自国をあえて「生徒」と表現した

 

。メンツが重んじられる中国の指導者としては異例の発言と言えるだろう。実際、20世紀の間は日鉄が先生で、宝山や武漢は教え子という関係が続いた。

ただし、この間に先生の力の衰えが隠せなくなっていく。新日鉄はバブル崩壊を待たずに87年から社員数を4分の1にする大規模なリストラに追いやられた。

 

米USスチールや仏ユジノール(現アルセロール・ミタル)といった先進国の盟主も厳しい時代を迎えていた。

21世紀に入ると状況が一変する。めざましい経済成長を見せ始めた中国が鋼材を「爆食」し始めたのだ。新日鉄にとっても鉄冷えと呼ばれた長く続いた暗黒時代と決別するための、願ってもないチャンスだ。

 

ラブコールを送ったのが、かつての生徒だった。04年に自動車用鋼板の合弁会社「宝鋼日鉄自動車鋼板(BNA)」を、アルセロールを含めた3社で設立すると、猛烈な勢いで成長する中国の需要を追い風に急速に業績を改善していった。

この2年後にアルセロールが、ラクシュミ・ミタル氏が率いる新興のミタル・スチールに買収されると、新日鉄の三村明夫社長(当時)はミタル氏と直談判し、BNAを中心とする提携の継続を真っ先に確認した。それほど新日鉄にとって中国は欠かすことのできない最重要市場となっていたのだ。

 

 

蜜月から殴り合いへ

新日鉄と宝山に関してはこの後、しばらく蜜月の関係が続く。

象徴的だったのが、07年に新日鉄・君津製鉄所(当時、千葉県君津市)の近郊で開かれた新日鉄と宝山の交流30周年記念会だ。壇上に上がったのは当時の宝山トップ、徐楽江氏。

 

実は26歳の頃に君津に派遣されて新日鉄による技術指導を受けたことが紹介され、当時新日鉄側の指導役だった技術者と肩を組んで「幸せなら手をたたこう」を歌う一幕があった。

「政冷経熱」ともいわれた日中関係を象徴するようなシーンだった。

 

 


上海
市内の宝山製鉄所の高炉

 

 

両社を取り巻く状況が急変したきっかけが、この翌年に起きたリーマン・ショックだ。日鉄が再び縮小路線を選択した一方で、宝山は自国の巨大市場を足場に世界一の座へと駆け上っていった。

ただ、周囲からは蜜月と見られたこの時期も、決して一枚岩とは言えないのが実情だった。04年に発足したBNAの運営が軌道に乗り始めた頃に、筆者は現地を取材に訪れたことがある。

 

宝山製鉄所内にあるBNAのオフィスに向かおうと歩いている時に、新日鉄から派遣されていた幹部からこう耳打ちされた。

「壁に耳あり、障子に目あり。意味は分かりますよね」

常に盗聴されているということだ。まともに取材が成り立ったのは、夜に日本人だけで上海市内のレストランに場所を変えてから。「片手で握手し、もう一方の手で殴り合う」は外交の常だというが、その言葉を体現するかのような内なる暗闘の一端を垣間見た気がした。先生として鷹揚(おうよう)に構えて技術指導していた頃とは、明らかに姿勢が変わっていた。

 

さらに時代が進むと、暗闘どころか派手に殴り合うようになる。21年、日鉄は宝鋼を提訴した。

電気自動車(EV)に欠かせない無方向性電磁鋼板という特殊な鋼材の特許を侵害されたという。かつての生徒は、いつの間にか強力で狡猾(こうかつ)なライバルとなっていたのだ。

 

 

環境技術を生かせるか

そんな愛憎が交錯する両社の関係に、日鉄はピリオドを打った。鉄鋼業界を覆う2つの構造変化と無関係ではない。

1つ目は戦うべき市場の線引き。今や世界の粗鋼生産の55%を中国一国が占め、その頂点には宝武が君臨する。ただし、鋼材の多くが中国内で消費される。一部がアジア諸国に輸出されるものの米国や欧州とは実質的に市場が分断されている。米中の政治的対立が市場の分断に拍車をかける。

 

主要市場を見比べれば、欧州には日鉄の足場が乏しい。

海外での成長を期して攻め込むなら、米国か中国となる。両方を取ることは現実的ではない。選択を迫られた日鉄の前に驚きのニュースが飛び込む。長らく米鉄鋼産業の主のような存在だったUSスチールが売りに出ているという。もともと排他的な米国市場に食い込むには、またとないチャンスだ。日鉄は2兆円規模の大型買収を仕掛けた。

 

2つ目は競争軸の多様化だ。規模の経済性が働きやすい鉄鋼業界では長年、粗鋼生産量がメーカー間の序列を示す指標と考えられてきた。

今もその要素は残るが近年、規模に続く新たな競争軸となりつつあるのが「環境」だ。日鉄は水素を原料の一部に使う製鉄法の開発で世界のトップランナーに位置する。

 

鋼材需要が低迷する国内では、鉄鉱石と石炭を溶かして鉄を造る高炉から、鉄スクラップを原材料とする電炉への転換を進めることになるだろう。電炉の方が二酸化炭素の排出量が格段に少ないからだ。

 


かつて鄧小平氏が訪れ「同じ製鉄所が欲しい」と語った君津製鉄所(現東日本製鉄所君津地区、
千葉県君津市)には、水素製鉄の実験装置が立つ

 

 

日鉄が長年磨いてきた環境技術を武器とするなら、米中のどちらが戦いやすいか。答えはおのずと米国となる。

実際、日鉄はUSスチール買収に際して環境技術の移植による強化策を提示している。米大統領選を目前に控え、買収交渉の行方は不透明と言わざるを得ない。半世紀にわたる愛憎劇とともに足場を築いてきた中国という巨大市場を捨てた日鉄はリスクを承知で明確に米国シフトの姿勢を示した格好だ。

 

日鉄が世界の鉄鋼業界の覇権争いからはじき出されて、すでに20年ほどがたつ。日鉄の決断は吉と出るか、凶と出るか。教訓をひとつ紹介したい。

宝山製鉄所の建設にかり出されたある新日鉄OBはこんなことを話してくれた。1985年に宝山の高炉が初めてオレンジ色に輝く鉄を生み出した時、その場に鳴り響いた大喝采の中でこう思ったという。

 

「こんなのをつくったら日本の鉄鋼業はすぐに脅かされるんじゃないか」

この予言は見事に的中した。宝山との別離で始まる新たな競争。日鉄が新時代に生き残るためにも、虎の子の環境技術では容易に追いつけない存在を目指すしかない。

(編集委員 杉本貴司)

 

 
 

 

 

 

日経記事2024.07.24より引用

 

 

 

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1 コメント

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奇跡の女神か (グローバルサムライ)
2024-07-27 09:02:07
トランプ元大統領の暗殺が未遂に終わったが打ち出された銃の弾丸の弾道解析から耳たぶだけに損傷を与えるという角度はものすごく狭くもしもあれがやらせであったとしたならば神の見えざる手によってコントロールされていたとしか考えられないといくつかのアメリカ有力メディアは伝えている。
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