パイプ製造大手セントラビスが移設したウジホロドの工場(23日、ウクライナ西部ザカルパッチャ州)
【ウジホロド(ウクライナ西部)=林英樹】
ロシアの侵略から2年5カ月が経過したウクライナで400社以上の国内企業が西部ウジホロドを中心としたザカルパッチャ州に移転した。
戦後を見据えた経済復興の拠点となっている。
ザカルパッチャ州はミサイルやドローン(無人機)攻撃がほぼなく、安全な環境だ。人材を確保しやすく主要顧客である西欧に近いという利点も大きい。
自動車の内燃機関向けスチールパイプを製造するウクライナのセントラビス。ロシア軍の制圧エリアに隣接するウクライナ東部ニコポリに工場を構え、侵略前は世界5位の製造量を誇った。
ロシアの攻撃が激しくなった2022年6月、最終製造工程を安全なウジホロドに移転すると決めた。戦火のなか、巨大な設備を分解し、わずか3カ月で移設を終えた。生産量は侵略前の半分の月産25万メートルに落ちたが、供給は途絶えていない。
移設事業を指揮した生産部門トップのヘリホリ・ナリバリコさん(42)は「工場の場所が変わっても高精度の加工技術は変わらない」と胸を張る。
パイプは独BMW、独フォルクスワーゲン(VW)、スウェーデンのボルボなど車大手のほか、米スペースXにも納品する。
BMWには独占的に供給しており「距離が近づいたことでコミュニケーションが取りやすくなった」(ナリバリコさん)という。
ウクライナ国内で2番目に小さなザカルパッチャ州には侵略後、30万人強が流入した。このうち7万人の避難民はウジホロドに住み、人口の半分以上を占める。
企業にとっては他地域と比べ働き手を確保しやすい。セントラビスのウジホロド工場で働く100人のうち40人は新規で採用した。
ウジホロドの工場で車向けワイヤハーネスを生産する日本の矢崎総業も1年間で770人を新規採用し、従業員数は1500人に倍増した。
同社欧州法人の担当者は「今後、投資が必要な生産拡大を検討している」と話す。
安全なうえ兵士動員などで減った従業員の穴埋めができることから、ザカルパッチャ州には激しい戦闘が続く南東部や南部から400社以上の企業が移転した。
店舗や施設を残したままザカルパッチャ州に社員が転居し、新たにビジネスを始めるサービス業や卸売・小売業も少なくない。
ドローンの操縦士教育プログラムについて説明するITクラスター理事長のスタニスラフ・シカロフさん(左から2人目、ウクライナ西部ウジホロド)
自前の施設・設備を持たず、リモートワークが可能なIT(情報技術)・システム系が多く、移転企業全体の4分の1を占める。
最大手のEPAMウクライナも移転した。ウジホロドにはおよそ3万人のIT技術者が住む。
IT企業が集まり、22年に業界団体「ITクラスター」を設立した。技術協力や共同受注などビジネス面の連携だけでなく、ドローンの操縦士を育成する事業を政府と始めた。
団体理事長のスタニスラフ・シカロフさん(35)は「軍事支援を拡大し、ウクライナ企業として社会的責任を果たしたい」と語る。
外国企業も触手を伸ばす。ドイツ政府傘下の貿易・投資振興機関(GTAI)のハンス・ビッテ氏は「多くの独IT企業がウクライナ西部の企業と外注契約を結んでいる。
終戦後を見越した動きが出てきた」と話す。
ウクライナ政府も後押しする。
ゼレンスキー大統領は「ザカルパッチャ州はウクライナの経済発展の原動力になる地域」と述べ、大規模工業団地の整備など復興に向けた事業を進めている。
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