黒式部の怨念日記

怨念を恐るる者は読むことなかれ

「ささみ」は「胸肉」か?

2024-10-18 16:38:23 | 料理

脱落した朝ドラだが、NHKの偉い人が「第3週の終わりからガラッと変わる」と言ったそうなので、久々に見てみたが、相変わらずギャルギャル言ってる。来週の予告篇を見てもあまり変わりそうもない。そうか、今週はまだ第2週なのか、と思ったら第3週だった。来週から仲里依紗が出るようだが、私はファンなのだが、予告篇で見た感じはぱっとしなかった。がっかりするといけないので、やはり今朝ドラへの復帰はギャル編が終わってからにしよう。ところで、今日見た中で誰かが「平穏無事に生きるのが夢って、ちょっと寂しくねーか?」と言っていた。寂しいわけない。平穏無事に生きるのがどんなに難しいか。世の中には頭上をロケット砲が飛びかう生活もあるのである。

私にとって、血圧を上げないことが「平穏無事」である。ストレスで血圧を下げる努力も元の木阿弥と言っても、やはり何もしないよりも幾分のアドヴァンテージを見込めるだろう。高血圧対策でよく言われるのは減塩。トリセツショーによると、カリウムをたくさん摂ると減塩の効果があるんだと。そして、鶏の胸肉にカリウムがたくさん含まれているんだと。早速ささみを買ってきて、梅干しとチーズと自家製バジルを挟んで揚げ焼きにしてみた。

梅干しの塩分が気になるが、それこそささみのカリウムで相殺されることを期待したものである。だが、ここで疑義が湧いた。私は、ささみは鶏胸肉だと思ったからこそ、胸肉と聞いてささみを買ってきたのである。色が同様に薄いし、値段も同様に安いし、どっちも低脂肪・高タンパクだと言うし。だが、ささみ=鶏胸肉という確信があったわけではない。なんとなく同じモノと思っただけである。この際、検証してみよう。なになに?ささみは「鶏の胸骨に沿って左右に一本ずつある小胸筋」だとな。縮めると「鶏胸」になる!いや、縮めなくても、鶏胸肉の中の特定部位であることに間違いはない。一安心である。

因みに、今回のレシピは、私の料理歴の初期のあたりにテレビで見て覚えたものである。先生はカーリー西條さんだったと思う。開いたささみに体重を乗せて手で「ドン」と押して薄く伸ばしていた。私は忠実にこのやり方を踏襲していて、毎回道具を使わずに「ドン」をしている者である。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ユダヤ人の歴史」

2024-10-18 07:50:04 | 歴史

ヴェルディのオペラの「ナブッコ」とはユダヤ人を捕囚とした新バビロニア王国のネブカドネザル2世のイタリア語読みであるが、このオペラに偶像崇拝の「ベル神」という言葉が出てくる。そう言えば、メンデルスゾーンのオラトリオでは古代ユダヤの予言者エリヤが偶像崇拝の「バール神」を徹底的に敵視していたが、「ベル神」と「バール神」ってもしかして……当たり、同じだった(さらに別の呼び方もあるそうだ)。

それにしても、ユダヤ人は少数民族だしユダヤの国家は小国である。にもかかわらず、イスラエルの名はニュースでしょっちゅう聞くし、その物語はオペラ等々の題材となるし、唯一神を信じるその宗教は世界中の多神教を圧倒した。なぜだろう、ユダヤの歴史を勉強してみたいな、と思ってたら「ユダヤ人の歴史」というおあつらえ向きの本を見つけたのでキンドルでダウンロード。早速読み始めた。すると、はしがきに「どうして彼ら(ユダヤ人)は他国の人々にそこまで嫌われ」という記述があった。

それで思い出した。私がユダヤ人の名を最初に目にしたのは、多分、最初に買ってもらったクリスマス・プレゼント(母は、「サンタクロースなどいない。プレゼントは親が買ってやるものだ」と最初から言っていた)である「紅はこべの冒険」という小説であり、その中に「フランス人は、ユダヤ人が、だいきらいです」というくだりがあった(今見ると、子供向けなのに随分と刺激的な文章である)。

その後は、テレビで見た映画かなんかで、あるアメリカの著名人が自分がユダヤ人であることを公表した後、しばらく経って「私は、この○週間(だったかなんだかとにかく一定期間)ユダヤ人だった」という原稿を書いて、それを見てびっくりした秘書に対して「なぜ驚くんだ、私は何も変わってないのに」と問い詰めるシーンがあって、ユダヤ人のアメリカにおける立場の微妙なことに思いがいったのである。

それでも、財力はあるんだなー、だからアメリカの政治家はユダヤ人に配慮せざるを得ないんだなー、と感じたのは、映画「愛と哀しみのボレロ」を見たとき。カラヤンをモデルにしたとされる元ナチスのドイツ人指揮者がアメリカ公演に赴き、本番のステージに上がると、客席にいるのは二人のユダヤ人の富豪だけ。公演を妨害するために全客席のチケットを買い占めたのである。そのユダヤ人がぱち、ぱちと拍手をする様子が皮肉であった。

「ユダヤ人の歴史」は、そうしたユダヤ人の歴史を勉強する格好の教材となりそうである。これまで、やまほど旧約聖書からとった歌詞を持つ合唱曲を歌ってきながら、その歴史の探索をおろそかにしていた。ここで取り返そうと思う。

因みに、私は宗教合唱曲を歌ってきたがクリスチャンではない。そんなものである。例えば、バッハの愛好家から聖地のように崇め奉られているライプチヒのトーマス教会の聖歌隊のメンバーの半数はクリスチャンではないそうだ。

因みの因みに、その昔、イザヤ・ベンダサンって人が書いた「日本人とユダヤ人」という本を読んだ。両民族の似てるところと違うところを書いた本だった。面白かった。私にこの本を薦めた父は、死ぬまでイザヤ・ベンダサンをユダヤ人と信じていたようである(実は日本人である)。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする