バッハのヨハネ受難曲には、いつ歌っても聴いても「♪かーさんが、よなべーをして」にしか聞こえないコラールがある。今回のコラール成り立ちシリーズのターゲットはソレ。ヨハネは今回で3度目である(過去の二回は、終曲とイザークの曲が元曲であるコラール)。それでは調査開始……いや、その前に、そもそも「♪かーさんが、よなべーをして」のタイトルが分かってない。そっちが先だ。「かあさんの歌」であった。では、後顧の憂いを取り除いたので、あらためて調査開始。
件のコラールは、第5曲(新バッハ全集の番号)の「Dein Will gescheh'(あなたの意思が実現しますように!」)である。その出だしの楽譜を以下に掲載した。私がどんな風に「かあさんの歌」に聞こえるかを分かっていただくため、かあさんの歌の冒頭の歌詞を書き込んだ。
この曲の源流探しが今回のミッションである。
直近の源流は、ルター(出た!)の賛美歌「Vater unser im Himmelreich(天にまします我らの父よ)」(1538年又は1539年)である(注1)。
この賛美歌は9節から成り(注2)、バッハはそのうちの第4節を、歌詞とメロディーもとろもヨハネ受難曲に用いたのである(和声付けはバッハがした)(注1)。
では、ルターの「Vater unser」のそのまた源流はあるか?メロディーについてはある!ルターは、Der Mönch von Salzburgって人のメロディーに基づいて、「Vater unser」のメロディーを作ったのである(注2)。
では、その「Der Mönch von Salzburg」って誰だ?意味は「ザルツブルクの修道僧」であり、一般名詞のようだが固有名詞である。つまりある人の仇名である。実名は分かってない。この人は、14世紀に活躍したミンネゼンガー、つまり吟遊詩人である(注3)。
役者が出そろったので整理しよう。その吟遊詩人さんのメロディーを参考に、ルターが自作の詩に曲を付けて賛美歌「Vater unser」ができ、その第4節をバッハが使ってヨハネ受難曲の第5曲にした、とこういうことである。
このルターの賛美歌は多くの作曲家に利用されている。その名前を挙げると、Mプレトリウス、シャイト、パッヘルベル、ブクステフーデ、さらに近代に至ってもメンデルスゾーン、レーガーと言った錚錚たる顔ぶれが並ぶ。そしてバッハも、ヨハネ受難曲に使ったほか、そのメロディーをオルガン曲にも使ったし、カンタータのBWV90,101,102にも使ったのである。
「かあさんの歌」に似てると思って調査をしたら、調査相手が超大物だったことが分かり、恐れ戦いてるワタクシである。因みに、その「かあさんの歌」についても、もう少し知っとかなくちゃ、と思って調べてみた。作詞・作曲は窪田聡って人で、1956年に発表されたもので(なんだ、結構最近じゃん)、全国の歌声喫茶に広まり、ダークダックスやペギー葉山によっても取り上げられ、NHKの「みんなのうた」でも放送された、ということである(私の耳元に残っているのはダークダックスの歌声である)。この曲、大層もの悲しく感じられるのだが、故郷から便りが届いて囲炉裏のにおいがすることがそんなに悲しいことなのか?と少し不思議に思うワタクシでもある。なお、ワタクシが嗅いで好きなにおいは、猫が丸まってるところに顔をつっこんで嗅ぐ猫のにおいである。
注1:ウィキペディア英語版の「St John Passion structure」
注2:ウィキペディアドイツ語版の「Vater unser im Himmelreich」
注3:ウィキペディアドイツ語版の「Der Mönch von Salzburg」
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