デューク・ケオムカ…フロリダ地区の顔役で、柔道着をまといNWA世界タッグを何度も獲得。修行時代の猪木ともタッグを組んだし、ヒロ・マツダはベスト・パートナーだった。私は「第9回ワールド・リーグ戦」で凱旋した姿をTVで見て、その正統派ぶりと空手チョップにしびれたものだ。
ミスター・モト…力道山の死後、グレート東郷と縁を切った日本プロレスの新しいブッカーとなったのがモトだった。米国の西海岸で活躍し、 . . . 本文を読む
今夜、午後7時よりテレビ朝日系列で放送される「50時間テレビ、伝説のスポーツ名勝負」で実に33年ぶりにあの、アントニオ猪木vsモハメド・アリが再現される。プロレスラーとプロボクサーの対決…それも現役の世界ヘビー級王者がプロレスラーと闘うなんて、信じられないことだった。私は当時、19歳で写真専門学校に通っていた。この試合の入場料は一番安い席で5,000円。今なら1,000円以上に相当する金額だ。私 . . . 本文を読む
マスカラスのライバルと言えば、グレート小鹿のイメージが強いが日本では多くの選手と激突した。ここに発掘された上田馬之助との試合はある意味貴重なものだ。日時場所はわからないが、天井だけが在る野外大会。写真だけ見ると、マスカラスは上田を自由自在に操り自分の世界に持ち込んだ。後年、金髪に染め日本人ヒールの先駆けとなった上田だけにオーソドックスな試合は懐かしいものだ。誰と対戦してもファイト・スタイルを崩さ . . . 本文を読む
今回、紹介するのは昭和50年6月に国際プロレスに来日したエル・コマンドのマスクだ。コマンドはタッグチームだったが、といっても馴染みのある名前ではない。一緒に来日したのが、ジョン・クイン、ギル・ヘイズら曲者ヒールだったが、コマンドの印象は薄かった。当時はルチャが全く浸透していない時代で、コマンドは寺西勇やスネーク奄美とよく対戦していた。このマスクは来日の際、入手した物だが、この価値がわかる人はほと . . . 本文を読む
この写真集は、アルシオンの旗揚げした1998年に撮影された名シーンでふんだんに構成され、全116ページがプレミアムな内容となっている。題名通り、オフ・ザ・リングの素顔が満載。試合会場で、控室で、道場で、自宅で、海外で…様々なロケーションで撮影されているのだ。これは制作した大川カメラマンと選手たちの信頼関係の成せる業でもあった。
もう10年以上の作品だけに、懐かしい場面ばかり。自分で言うのもなん . . . 本文を読む
1971年5月31日生まれ、メキシコ・ゲレーロ州出身。156cm、60kg。(得意技)タパティア、プランチャ
86年にローカル・インディーでデビューしたが、なかなか注目されることがなく、長い時間を要してCMLL入り。90年代後半から00年代初頭にかけ、大日本プロレスに長期参戦。団体の用意した寮で暮らし、他団体の女子レスラーとの対戦で大日本マットを活性化させていった。特に強烈なキャラクターではない . . . 本文を読む
昨日は風香のデビューしてから現在までの、戦績を調べていたら5時間も費やしてしまった。これまで、いったい何試合して、勝率は?なんて、調べテキストにまとめた。プロレスはよく、記録ではなく記憶という人がいる。私は記録が無ければ記憶に残らないし、その選手が引退してから、00王座の00代目王者だったという記録は究めて重要なのだ。
記録があれば、例えば000試合記念試合も出来るし、いろいろ記念大会に使える . . . 本文を読む
マスカラスがまだ来日を果たす前、唯一対戦した日本人レスラーがグレート小鹿だった。1968~1970年頃にかけて頻繁に闘い、ロス地区のチャンピオン・ベルトを争ったり、因縁は金網デスマッチにまで発展した。”小鹿のスリーパーでマスカラスが失神!”何て記事を見た時は驚きと同時に、小鹿にも興味を持ったものだ。
何しろ私が物心付いた時、小鹿はもう海外遠征中で見たことの無い日本人レスラーであったからだ。よう . . . 本文を読む
バット吉永は新人オーディションで野球のバットを、空手の蹴りで叩き折ったことで付けられた名前だ。極真空手の出身で、プロレスに入っても、そのキックは凄まじい破壊力で台頭した。獄門党ではブル中野の用心棒みたいな存在で、その実力はブルも折り紙付き。全女でグローブマッチのチャンピオン・ベルトである、WWWA世界格闘技王座を新設し初代王者に輝いた。
神風杏子との他流試合では裏拳で、キックの王者をKO . . . 本文を読む
ダニー&ブッチャー・リンチ…欧州の流血王と言われたダニー・リンチは、自ら血だるまになるアブドーラ・ザ・ブッチャーのような存在だった。昭和50年1月の再来日では弟のブッチャーを帯同。兄弟で流血戦を繰り広げた。
ジェリー&ニック・コザック…試合巧者のテクニシャンだったのが、ジェリーとニックのコザック兄弟だ。全日本プロレスの初期に来日し、ファンクスの本拠地であるテキサス州アマリロで活躍。若手選手の師 . . . 本文を読む
2月22日の発売を目指して、風香のデビュー5周年を記念したDVD「風香THE BEST」の制作が急ピッチで行われている。昨日もジャケットのチェック、今日も朝から送られて来たDVDの検証盤を、たっぷり4時間も見てしまった。今回のDVDはデビューから5年間の足跡をまとめたもので、全150試合が収録されている。全部で200試合くらいしかやっていないので、ほぼコンプリートしたと言ってもいい。日頃から細 . . . 本文を読む
1971年9月24日生まれ、米国ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。175cm、70kg。(得意技)ラリアット、スタンディング・ムーンサルト
若い頃から筋骨隆々でもの凄い筋肉を誇っていたが、グラビア雑誌のモデルを経て、98年にケビン・ナッシュ率いる、あのnwoのマネジャー役でWCW入り。そのセクシーなマッスル・ボディで人気を集めた。しかし、本格的なプロレスラーをめざし、ボストンにあるキラー・コ . . . 本文を読む
2月22日の風香祭の参戦するCMLLエストレージャのダーク・エンジェルは、SPER LUCHAS誌によって大々的に売り出されたルチャドーラだ。日本でもそうだが、雑誌と上手くタイアップすることで台頭するケースは常とう手段だ。カナダ人ながらスペイン語を自由に話すため、好感度も高い。最もメキシコの選手は年配者が多いため、とても目立った存在でもあるのだ。ここに紹介したのは、表紙を飾ったもの。やっぱり彼女 . . . 本文を読む
北斗晶の全盛期は、全女でデンジャラス・クイーンを名乗っていた頃だ。アイラインと唇、爪に黒いラインを描いてオリジナルのイメージを創ってきた。豪華な着物や木刀、そして般若の面も必須アイテムであった。ここに紹介するのは、北斗が実際に愛用した般若の面である。これは面を被るのでなく、後ろの口の部分に板があり、それを噛んで固定するのだ。
だから入場時には、板を噛んでいないと落ちてしまう。小さな板を噛みなが . . . 本文を読む
ルチャ史上最大のエストレージャは21世紀になっても、断然サントである。他界してすでに25年も経つが、メキシコ人にとっては永遠の国民的ヒーローなのであろう。マスカラスはデビュー後、サントの再来と言われたが選んだ道は海外で活躍すること。そう、国際スターの地位を築いた別格だ。二人は何度もタッグを組んだこともあり、共に銀幕のスターでもあった。
正義の味方、悪を退治するマスクマン…日本では昭和30年代か . . . 本文を読む