
今回はラインハルトの性格編。
ラインハルトの価値観をふり返ってみると、「実力主義」という言葉が真っ先に浮かんでくる。
貴族に対しては、何の功績もない人間が不当に権力を得ていることに反感を持っていたし、自分自身についても、勝てると思うならかかってこいとロイエンタールに言って、後の叛乱の遠因を作った。また、自分の子孫が帝位を継承することについても否定的だった。
だから実力で帝位を簒奪したことについては少しも後ろめたさをもっておらず、それがラインハルトによる統治作業を建設的な方向に進めたかもしれない。また、ラインハルトは自分以上の実力をヤンにしか認めなかったのは正しい認識であった。
ただし、実力で皇帝となったといっても権力の濫用についてはかなり用心していたとある。ラインハルトがフェザーンでの自分の宿舎に一流半のホテル(宇宙港に近い)のシングルルームを使おうとしたのは、単にラインハルトの実用主義を物語っているが、エミールに対して怒鳴ったとき、すぐに謝罪したのは、自分が暴君とならないよう、常に気を配っているからだ。ヒルダに対してもすぐに求婚したのは、権力にものを言わせてヒルダを傷物にしたと非難されるのを恐れたからだし(皇帝の立場でなくても同じことをしただろうが)、マリーンドルフ伯の前で、淫蕩なゴールデンバウムの歴代皇帝たちと同列になるのは耐えられないと語っている。このセリフでマリーンドルフ伯はラインハルトを見直す。
リップシュタット戦役後、彼は対立した貴族たちの領地と財産を没収し(後にマリーンドルフ伯がわずかだが補償した)、「餓死するのが嫌なら働け。平民は500年間そうやって生きてきたのだ」と言い放った。また、宮廷に仕えていた貴族たちもクビにして、新無憂宮の北苑(狩猟場)と西苑(後宮)も閉鎖した。これは読者にしてみればしごく真っ当なことをやっていると感じる。ところが、宮廷に仕えていた侍従のうち、老人に限ってそのままの職につけている。これは老人がいまさら新しい職を捜してやっていけるわけはないから、というラインハルトの隠れた優しさであり、ルドルフが無条件に弱者に厳しかったのとは根本的に違う点だろう。
内政についても、宰相に就任した時点で民政尚書カール・ブラッケの提案による福祉政策を施行しているし、基本的には弱者に優しいのだ。ただし、外伝「朝の夢、夜の歌」で語っているように、自分の弱さに甘んじる人間は嫌いらしい。この外伝では、幼年学校の校長でありながら、孫かわいさのために生徒を害したシュテーガー校長に対し「理不尽を強いる権力に対してこそ闘争を挑むべき」と弾劾した。よく考えたらこれは危険思想に近い考えだと思うが。
ラインハルトの外見は、ヤンの言葉を借りると「宇宙で一番の美男子」だそうで、豪奢な金髪は、フレーゲル男爵ですら見事と思ってしまうほど。だがラインハルト自身は人の外見というものにまったく興味を持たず、自分の美男子っぷりについても無関心だった。これは美徳といっていい資質だが、同時に外見という、実力ではなく遺伝によって受け継いだものをラインハルトは誇る気にならなかったのではないだろうか、と思っている。
では美意識はどうであったろうか。マル・アデッタ星域会戦の後を見ればわかるが、勇敢に戦った人間や、主君のために忠義を尽くす人物に対しては敵でも賞賛を惜しまない(これはラインハルトに限ったことではないが)。忠誠のためにキルヒアイスを殺したアンスバッハや、敵将であったファーレンハイトに対しても同様であった。また、バーラトの和約でも統合作戦本部長以外の制服組に対してはまったく処断がなかったし、同盟占領後、同盟軍の兵士に対しても、戦争負傷者の補償すらしている。これも美徳とよべる資質であり、だからこそミッターマイヤーらの忠誠の対象で在り続けた。
ただ、上に書いた通り、外見については男女を問わずに興味を持たないため、ヒルダという美貌の秘書が目の前にいたが、性の対象にならなかった。無論、彼女に興味を持たなかったというよりは女性に興味がないという言い方が正しい。こういうプライベートな面については非常に未熟で、ヒルダへの求婚の際にはマリーンドルフ伯の前で「世慣れぬ青年」となってしまった。この点はマリーンドルフ伯に限らず、ロイエンタールもトリューニヒトも見逃していない。
プライドの高さも宇宙一で、キルヒアイスが自分より背が伸びたことを本気で悔しがったりしてるし、ヴェスターラントの件でヒルダに一時的にせよ依存してしまったことについては非常に後悔しており、他人に弱い面を絶対に見せたがらないラインハルトの矜持が傷ついた(自分のせいだが)。
こういう性格だから、政務についてはともかく、プライベートについては、アンネローゼ以外についに依存できる相手を見出さなかった。キルヒアイスに対してですら、依存することはあってもそれを認めようとせずに、ことさら不機嫌なフリで照れ隠ししている。その点、生涯依存という言葉と無縁であったヤンとは大きく異なる。
「戦いを嗜む」といわれたその性格だが、強大な敵との闘争こそがラインハルトを生気に満たし、敵と戦いつづける生涯をこそ望んだに違いない。回廊の戦いの直前、いっそヤンに五個艦隊ほど与えてみようかとか、互角の戦略条件でやりあいたいと言ったのも、同じ理由だ。
そしてバーミリオン会戦ではついに自ら築いた戦略的優位を捨ててヤンと戦い、最後はヤンの計略に自ら乗っかり、二者択一の選択を誤って窮地に陥った。ただこれはそういう選択をせざるを得ないほどラインハルトを追い詰めたヤンの天才を褒めるべきだろう。