会社から歩いて行ける御成門にある施設を訪問しました。途中虎ノ門ヒルズから地下を通る2号線の上を渡っていきました。虎ノ門ヒルズは6月11日にオープンで、今日報道陣に月162万円の部屋が公開されたそうです。帰りがけに日比谷通りに出たら寂れた門が目に入りました。
有章院霊廟・二天門です。まったく初めて知ったので、自宅で調べてみました。有章院(ゆうしょういん)は江戸幕府の第7代将軍、徳川家継(1709~1716)の院号だそうです。
有章院霊廟は第7代将軍、徳川吉宗が1717(享保 2)建立したもので、日光の東照宮(とうしょうぐう)に劣らぬといわれるほどの豪華なものだったそですが、1945. 5.(昭和20)空襲によりこの二天門(にてんもん)を残して焼失してしまったとのことです。土葬されていた遺体は1958(昭和33)発掘し荼毘(だび)にふして徳川将軍墓所に改葬されたとのことです。さらに 港区ゆかりの人物データベースのよると:7代将軍徳川家継の有章院霊廟における第一門で、増上寺山内北廟に属し、6代将軍家宣の文昭院霊廟の北側に並ぶように配置されていました。有章院霊廟は、江戸初期から中期にかけて全盛期を誇った徳川家霊廟建築の最後の遺構だそうです。
左が西方を守る広目天(こうもくてん)、右が北方を守る多聞天(たもんてん)です。
南方を守る増長天(ぞうじょうてん)、東方を守る持国天(じこくてん)とともに四天王(してんのう)と呼ばれ、仏教の護法神です。
【広目天】
通常ではない眼を持つことから広目天と呼ばれ、一般に甲胄を身に着け忿怒の形相(ぎょうそう)で、右手に筆、左手に巻き物を持っているとのことです。
【多聞天】
福徳の名はどんなに遠くても聞こえるということから多聞天と呼ばれるそうですが、毘沙門天・施財天とも呼ばれるそうです。一般には甲胄を着けた忿怒(ふんぬ)の武将形で、右手に宝棒または鉾、左手に宝塔を捧げ、邪鬼を踏んでいるとのことです。
この門は東京プリンスホテルの駐車場にあります。
品川方面に向かうと、さらに大きなお寺が見えてきました。
増上寺でした。
この門は三解脱門というらしいです増上寺の表の顔として、東京都内有数の古い建造物であり東日本最大級を誇るこの門は、増上寺の中門になるそうです(表門は大門だそうです。
こちらは鐘楼堂です。収められている大梵鐘は、延宝元年(1673年)にあまりの大きさに七回の鋳造を経て完成したそうで、東日本で最大級といわれて江戸三大名鐘の一つに数えられているそうです。NHKの行く年来る年の除夜の鐘で必ず鳴らされます。そして門の前の日比谷通りは正月2-3日の箱根駅伝の通り道です。
これは大殿です。
昭和四十九年(1974年)、浄土宗大本山の念仏の根本道場として、あらゆる儀式法要が行えるよう斬新な設計と意匠で、戦災に遭い焼失した本堂が再建されたとのことです。
雨模様だったので、途中で見た花もほとんど散ってしまいました。
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