トルコのトピックス

トルコの新しい話題をご紹介しています

政府が不穏な状況にあるイラクへの旅行に警告

2022年08月30日 | 国際
9月1日 イラクが不穏な状況にあるため、政府はトルコ市民にバグダードへの旅行は止めるよう要請しました。イラクでは、ここ数日で何十人もが命を落としています。

 Hurriyet

8月29日、外務相はトルコ市民に警告を出し、イラクの首都バグダードでは治安状況が著しく悪化していると強調しました。外務省はまた、バグダードにいるトルコ市民に、じゅうぶん注意し、抗議活動が行われている場所には近づかないように警告しました。

政府はまた、べつの声明で、「現在のバグダードは安定、統合、治安に関して危険な状況にある。友好的な兄弟国であるイラクの安定と安全保障は、トルコにとって極めて重要である。国境の向こうで起こっている暴力的行動は、われわれにとって無関係ではない」と言いました。

「われわれはすべての当事者が自らを抑制し、常識をもって行動するよう勧告する」と、トルコ政府は言っています。「われわれは現在の政治的争いが、対話によって平和的に落着し、イラクの人々の平和と幸福が確保されることを願っている」


国民はドゥムルプナルの勝利の100周年を祝った

8月29日、「ドゥムルプナルの戦い」の勝利の100周年を記念して、官民による祝典が全国各地で行われました。ドゥムルプナルの戦いの勝利によって、「トルコ独立戦争」勝利への道が開かれました。

 Hurriyet

1922 年、ギリシア軍との戦いに勝利した地、キュタヒヤ県ドゥムルプナル地区に多くの人々が集まって、祝典を行いました。キュタヒヤ・ドゥムルプナル大学は、勝利の日の祝典に、3743メートルのトルコ国旗をづくりました。何百人もの人々が国旗を掲げている写真が、ドローンで撮影されました。

近代トルコの建設者ムスタファ・ケマル・アタテュルクの霊廟アヌトゥカビルは、首都アンカラの祝典のメイン会場となりました。何百人もの人々が、トルコ軍を勝利に導いたアタテュルクに敬意を示しました。勝利の日を記念して、コンサートや、夜間の光のイベントを行った都市もあります。

最大の軍事パレードはイスタンブルのヴァタン大通りで行われました。何百人もの軍人が、軍用車の列とともに行進しました。パレードを見に来た人々の前で、士官候補生が独立戦争の詩を朗読しました。「勝利の精神のフライト」と題したキャンペーンが行われ、16県から集まった120人のアスリートが、タウルス山脈の頂上を越えて飛行しました。

Hurriyet

8月30日は「トルコ独立戦争」の最大の戦いを記念する日です。この戦いの1年後、トルコ共和国が誕生しました。1926年、8月30日は公式に国家の祝日になりました。

第一次世界大戦(1914~1918)でオスマン帝国が敗北した後、トルコは連合軍に占領されました。ムスタファ・ケマル将軍率いるトルコ軍は、最後に、アナトリアを占領していた国々を追い払いました。トルコ軍は最後のドゥムルプナルの戦い(1922年8月26日~30日)で、ギリシア軍を敗北せしめ、ローザンヌ条約の締結になりました。その年の末、すべての外国軍がトルコ領土を去り、1923年、トルコ共和国の誕生となりました。


   「ときどきダイアリー」ヘ
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

歴史的なギリシアの孤児院の修復が認可された

2022年08月30日 | 文化
8 月31日 イスタンブルの沖合に浮かぶ「皇子たちの島々」の中で最も大きいビュユックアダにある、ギリシア正教会の孤児院だった建物の修復が、8月25日、「記念建造物審議会」によって認可されました。

Hurriyet

修復プロジェクトのコーディネーター、ラキ・ヴィンガス氏は、年末には作業が始まるだろうと言っています。孤児院はヨーロッパで最大の木造建造物と見なされています。ヴィンガス氏は、できるだけ早く次の段階に入りたいと言っています。

「私たちの最大の望みは、文化と建造物を守るために、環境に優しい建物を造ることです。これは自然の驚異です。なので、私たちは自然に敬意を表すやりかたで修復したいと思っています。修復を実施するために、私たちは、建築家、美術史の専門家、土木技術者を含む科学委員会をつくりました」とヴィンガス氏は言いました。「私たちはできるだけ早く仕事を進めたいので、科学委員会は適切な企業と話し合っています」

5階建て、206室を有するこの建物は、1898年、フランスの建築家アレクサンデル・ヴァローリーによって、ホテルとして建てられましたが、その後、ギリシア人銀行家の妻エレーニ・ザリフィさんが買い取りました。彼女は、その後、建物をギリシア正教総主教座に寄贈し、総主教座はこれを孤児院にしました。

プロジェクトのウエブサイトによると、島の丘の上に立つこの建物は、火事の危険と、子供の安全性のために、1964年、閉館されました。2018年、文化遺産のための汎欧州連盟「ヨーロッパ・ノストラ」が、この建物をヨーロッパで最も危険に曝されている7つの遺産のリストに加えました。

世界各地の技術者、都市プランナー、美術史家、地形学者を含む専門家グループが、この孤児院の修復のために集まり、建物の現状を調査しました。

・・・私もこの建物を見ましたが、荒れ果てて、「巨大なお化け屋敷」でしたね。


週末、2万人のブルガリア人が買物にエディルネを訪れる

ブルガリア市民のビザなし渡航が認可されたため、トルコ北西部エディルネ県は、今年は300万人のブルガリア人が訪れるだろうと期待しています。

 Hurriyet

週末、買物のために国境を越えてエディルネにやってくるブルガリア人の数は2万人に達し、地元の経済を活気づけていると、エディルネ商工会議所のレジェプ・ズプクンクルト会頭は言いました。

ズプクンクルト氏によると、先月、トルコがブルガリア市民のビザなし渡航を認めたため、ブルガリアから来る人々がぐんと増えました。「ビザなし旅行前は、週末、ブルガリアから来る人は12,000人から16,000人でしたが、いまは20,000人がやってきます」

「ブルガリア人たちはバスか、マイカーで、買物のためにエディルネに群がり、カバンをいっぱいにして日帰りするか、週末を過ごして帰ります。ブルガリア人たちはエディルネでの買物に、1人平均、100~150ユーロ使いますね。今後、もっと多くのブルガリア人が来ることを期待しています」と、スプクンクルト氏は言いました。「夏場はヨーロッパに住むトルコ人が夏休みを過ごしに帰ってくるので、国境は混雑していますが、国境越えがもっとらくになったら、ブルガリア人はもっと押し寄せるでしょう」

エディルネのホテルは、ヨーロッパに住むトルコ人と、買物のブルガリア人で満杯です。スプクンクルト氏によると、以前は、買物のためにトルコへ来るブルガリア人は、国境近くに住む人だけでしたが、7月28日からビザなし渡航がOKになったため、国境から遠くに住む人たちも買物に来るようなったそうです。ブルガリア人買物客は、今年は300万を超えるだろうと、予想されます。

「ブルガリアの通貨レヴが、トルコリラに対して値上がりしたので、ブルガリア人はよけい買物をするようになったのでしょう」と、エディルネの商店主メフメト・デミルさんは言いました。「エディルネの品物はみんな安くて、品質もいいから」と、ブルガリアから家族と来たアイセル・ドゥルスンさん。「私は100レヴ換金して、10,000リラ使いました」

今年の上半期、ほぼ120万人の外国人が買物のためにトルコを訪れています。


   「ときどきダイアリー」へ


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする