さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

一首評 大原葉子、津波古勝子、鈴木晴香

2017年07月07日 | 現代短歌
 いただいた歌書に何の返事もせず、申し訳ないと思いながら暮らしている。
まずは、一首引く。

  よべの雨蛇紋のさまにはなびらを丘の平らに押し流したる  

     大原葉子『だいだらぼふ』

 この一首を見るだけでも、この作者がどれだけ歌の修練を積んでいるかがわかるだろう。大きな水害のニュースをみながら、こういう美しい雨というものが一方ではあるということに思い当たり、同情を禁じ得ない。

  傍証のたぐいことごとく始末して森はあかあかと百草の老ゆ

     津波古勝子『大嶺岬』

「百草」に「ももくさ」と振り仮名がある。2014年刊の歌集だから、いま話題の卑賤な森友学園関係のニュースとは関係がない。「傍証のたぐいことごとく始末して」という句が持つ、底に沈めた怒りの深さが思われる。樹々は憤怒に染まっているのである。作者は沖縄出身。それだから集中には「イザイホー回想」というような一連もある。

  忘れないって言い合いながら渡りたいまだ湯気の立つ横断歩道

     鈴木晴香『夜にあやまってくれ』

たとえは悪いかもしれないが、イギリスの『嵐が丘』の作者っぽい、というか、処女なのに情交の歌を作っているみたいな、高度に仮構された感じが漂っていて、私みたいに他者の屈折した感性の谷間をさぐるのが癖になっている人間には、逆に痛ましくてコメントしづらい本だったので、これまで書かなかった。むろん、今後が期待できる才気のある作者である。