この本をめくってみて思ったのは、新幹線の歌が多いな、ということだった。竹内さんの師の岡井隆にも、新幹線の歌はたくさんある。
朝戸出の「ひかり」に乗りてぬばたまのダークスーツの群に混りぬ
平日はことにビジネスマンのスーツ姿が多い朝の新幹線の、独特の緊張感、少し苛立たし気で、人によっては疲労感も漂わせている空気が伝わってくる。もう一首、同様に枕詞を用いた新幹線の歌。枕詞と「ひかり」という呼び名は相性がいい。
ひさかたの「ひかり」の窓ゆ右富士は喘ぎつつ見え大寒となる
朝方に沸き出でし雲は昼すぎて富士をかくせり恥ぢらふ富士を
二首目も電車のなかから見えている富士。朝のうち見えていても、大地から湿気が放散され始めると、たちまち富士はみえなくなる。この歌集には、電車に乗っている歌もたくさんある。
九頭竜と神通を越え帰らなむ淋しき駅をいくつも過ぎて
八尾とは枯あぢさゐの似合ふ町いかに胡弓は辿り着きしか
竹内さんは旧仮名文語派だけれども、ベースには軽妙な会話的な調子があり、一九八〇年代のおしゃれでポップな文体が流行った頃の余韻が、全体に感じられる。岡井隆が豊橋に住んでいた頃の歌誌「ゆにぞん」の思い出を記した一文も巻末に収められている。たとえば、骨折した時の次のような歌や、ミサイル発射のニュースについての歌を見てみよう。
肋骨は鳥籠にして折れたればわたしの鳥が逃げてゆきたり
発射場はトンチャンリ・プクチャン かの国の地名と言へどどこかかはゆし
この内容をリアリズムで歌に作ったって楽しくない。顔をしかめながらのユーモアだ。この腰の骨を折った歌の四ページあとに、巻末の「さうだ。ボヘミアへ行かう からす麦の風に触れたる音(ルビ、「ね」)を思ひ出せ」という歌が来る。骨が折れだしたらもう無理しない方がいいとは思うが、現代の八十代は、かつての六十代に相当するのかもしれない。
しかし、竹内さんは戦争体験を歌に残すことができる世代の一人なのだった。波音の聞こえる海辺の疎開地にいて空襲に向かう敵機を見送っていたという歌があり、次の歌がある。
海のむかうのふるさとに降る焼夷弾海に映えしを美しと思ひし
※「美し」に「は(し)」と振り仮名。
明けぬれば焼けただれたるわが家に小さき仏塔ころがりてゐし
空襲が遠目には美しく見えた、という体験談はおおく語り残されている。これもそういう歌のひとつだが、幼い頃の思い出は鮮烈である。
仏具屋を横目に見つつまさかあんなきんきらきんのあの世でなからうに
八月の雨は大粒ピーマンを炒めるときのやうな音して
「前向きな失恋」と「ぐにやぐにやな恋」夏の花火に名をつけてみる
おしまいに夏の歌を何首か引いてみた。
朝戸出の「ひかり」に乗りてぬばたまのダークスーツの群に混りぬ
平日はことにビジネスマンのスーツ姿が多い朝の新幹線の、独特の緊張感、少し苛立たし気で、人によっては疲労感も漂わせている空気が伝わってくる。もう一首、同様に枕詞を用いた新幹線の歌。枕詞と「ひかり」という呼び名は相性がいい。
ひさかたの「ひかり」の窓ゆ右富士は喘ぎつつ見え大寒となる
朝方に沸き出でし雲は昼すぎて富士をかくせり恥ぢらふ富士を
二首目も電車のなかから見えている富士。朝のうち見えていても、大地から湿気が放散され始めると、たちまち富士はみえなくなる。この歌集には、電車に乗っている歌もたくさんある。
九頭竜と神通を越え帰らなむ淋しき駅をいくつも過ぎて
八尾とは枯あぢさゐの似合ふ町いかに胡弓は辿り着きしか
竹内さんは旧仮名文語派だけれども、ベースには軽妙な会話的な調子があり、一九八〇年代のおしゃれでポップな文体が流行った頃の余韻が、全体に感じられる。岡井隆が豊橋に住んでいた頃の歌誌「ゆにぞん」の思い出を記した一文も巻末に収められている。たとえば、骨折した時の次のような歌や、ミサイル発射のニュースについての歌を見てみよう。
肋骨は鳥籠にして折れたればわたしの鳥が逃げてゆきたり
発射場はトンチャンリ・プクチャン かの国の地名と言へどどこかかはゆし
この内容をリアリズムで歌に作ったって楽しくない。顔をしかめながらのユーモアだ。この腰の骨を折った歌の四ページあとに、巻末の「さうだ。ボヘミアへ行かう からす麦の風に触れたる音(ルビ、「ね」)を思ひ出せ」という歌が来る。骨が折れだしたらもう無理しない方がいいとは思うが、現代の八十代は、かつての六十代に相当するのかもしれない。
しかし、竹内さんは戦争体験を歌に残すことができる世代の一人なのだった。波音の聞こえる海辺の疎開地にいて空襲に向かう敵機を見送っていたという歌があり、次の歌がある。
海のむかうのふるさとに降る焼夷弾海に映えしを美しと思ひし
※「美し」に「は(し)」と振り仮名。
明けぬれば焼けただれたるわが家に小さき仏塔ころがりてゐし
空襲が遠目には美しく見えた、という体験談はおおく語り残されている。これもそういう歌のひとつだが、幼い頃の思い出は鮮烈である。
仏具屋を横目に見つつまさかあんなきんきらきんのあの世でなからうに
八月の雨は大粒ピーマンを炒めるときのやうな音して
「前向きな失恋」と「ぐにやぐにやな恋」夏の花火に名をつけてみる
おしまいに夏の歌を何首か引いてみた。