総選挙の争点と歌い上げた、安倍経済政策が政策と呼べるほどのものであるかどうかは別にして、「この道しかない」と叫んで、安倍、自民党政権が小選挙区制度を利用して小選挙区で議席を掠め取りました。したがって、何回も何回も彼らが宣伝する経済政策なるものが中小零細企業、多くの低所得者に経済的な恩恵をもたらすのかーーー経済学者としても論じ、その本質は何かを明らかにする必要があります。
貧者である圧倒的多くの国民、99%の国民は安倍の経済政策が恩恵をもたらすか。そのことは検証する必要があります。この2年間の安倍・自民党政権が行った経済政策は、大まかに言って消費税率の引き上げ=法人税率の引き下げ、社会保障制度改悪、日銀を使っての国債の金融機関からの買取・資金の市中への供給、株式相場への資金誘導と株式相場の高騰、円安の誘導で80円から120円への円安、そのことによる原油高と電気料金の一斉値上げ、―――これらの政策のどこに多くの国民を豊かにし、恩恵をもたらすものがあったのでしょうか。時々、中小零細企業経営者が、地方は疲弊し、自民党の経済政策の恩恵が今後及んでくると応える姿がテレビなどで報道されます。しかし、論理的に言って、このような経済政策で地方、中小零細企業、低所得者に恩恵がくるはずがありません。
トリクルダウンなるものは詐術であり、多くの国民をだますデマ宣伝でしかありません。
<毎日新聞 危機の真相> 「くだりと のぼりと さかのぼり」トリクルはいずこに? 浜矩子教授
17日付毎日新聞の「水説」欄に「逆トリクルダウン効果」という言葉が登場していた(「はっとするニュース」中村秀明論説副委員長)。
この言葉が目に入ったとたんに、それこそ、はっとした。なぜなら、この論考を読む2日ほど前に、筆者は「トリクルアップの経済学」というフレーズを思いついていたからだ。かくして、偉大な頭脳は同じことを考える……。
おっと、いけない。このような不遜な言い方が頭をよぎるとは、不届き千万。消去!
反省は反省として、やっぱり心強い。ベテラン・ジャーナリストの発想と、同じ軌道上で我が思いも展開していたのであるから、勇気が出る。
もっとも、よく読むと中村さんの「逆トリクルダウン効果」と筆者の「トリクルアップの経済学」は、少々違う。
中村さんは、経済協力開発機構(OECD)が発表した「所得格差と経済成長」に関する報告書に着目している。この報告書の中で、弱者救済のための財源を金持ち増税に求めている点を高く評価されて中村さんいわく、「確かに成長の果実はいずれ金持ち層にも及び、持ち出す一方ではない。課税強化も成長の妨げにはならないのだ。貧しい層への配慮が富裕層にも見返りとなってもたらされる『逆トリクルダウン』効果である」。
全くご指摘の通りだ。実によく分かる。異論はない。だが、この同じ感覚を筆者は逆の観点から抱いていた。エコノミストにあるまじき寡聞にして、筆者は上記のOECD報告を見逃していた。これから読む。筆者が「トリクルアップの経済学」を思いついたのは、貧乏人をないがしろにしていると、やがてそのツケが金持ちにも回っていくぞ、という感覚からだった。
ごく最近、最新の日銀企業短期経済観測調査(短観)の結果が発表された。その中で、大手製造業の景況感も悪化しているという結果が示されていた。それをみて筆者は、これがトリクルアップの経済学ではないかと思った。
大手製造業の景況感悪化には、グローバル経済の雲行き等々、さまざまな要因がある。したがって、短絡的な結び付け方はできない。だが、それにしても、あまり弱い者いじめばかりしていると、巡り巡って強き者にも、その先細り効果がジワジワと及んでいく。そういうことがあるのではないか。そのように考えた。
プラス効果の逆トリクルダウンに着目するのか。マイナス効果のトリクルアップを問題視するのか。この辺には、性格の違いが影響しているだろうと思う。明らかに、筆者の発想の方はクソ意地が悪い。弱い者いじめには天罰が下るぞ。そんな具合に脅しにかかっている。中村さんは、弱者に優しくすると、強者にも恩恵がありますよと言っている。こっちの方が素直な感じだ。
性格の悪さは致し方ない。だが、マイナス効果のトリクルアップはやっぱり重大問題だと思う。一将功成って万骨枯ることは、許し難いことだ。だが、実をいえば、万骨枯れてしまえば、結局のところ、一将もまた功成り難しだ。
底辺の弱さは、ジワジワとてっぺんの方にも浸透してゆく。足腰をないがしろにする経済は、足腰の弱さによって滅びる。いかほど大きな者といえども、小さき者たちの支えと需要が無ければ生きていけない。土台のもろさは、着実に頂上にトリクルアップする。ところが、頂上のにぎわいが土台までトリクルダウンする保証はどこにもない。
ここで、またまた、聖書の一節が頭に浮かぶ。ある金持ちと貧乏人の物語(ルカによる福音書16・19〜31)だ。貧乏人の名はラザロ。金持ちの門前で野たれ死にする。そして彼は天国へ。金持ちは、地上でぜいたくざんまいの暮らしを謳歌(おうか)する。そして彼は地獄行き。
貧乏人のラザロは、天国でユダヤ人の始祖、アブラハムの懐に抱かれている。至福の時だ。その姿を、地獄からみた金持ちが叫ぶ。「父アブラハムよ、どうか、ラザロをつかわして、その指先を水に浸し、私の舌を冷やさせてください。私は炎の中でもだえ苦しんでおります」。だが、時既に遅し。彼我の間には越え難きふちがある。
このシンプルな例え話の中に、何がどうトリクルするかしないかについて、実に多くのことが語られている。まず、トリクルダウンはまやかしだということが分かる。金持ちは、いくらより金持ちになっても、門前の哀れなラザロに見向きもしない。体中、でき物だらけになって死んでゆく彼を見殺しにする。
トリクルアップの経済学の怖さを知らない金持ちには、天罰が下る。それも、この物語の中で示されている。
逆トリクルダウン効果については、微妙だ。地獄の金持ちはアブラハムに懇願する。どうか、自分の兄弟たちが自分の二の舞いを演じないよう、警告を発してくれとお願いする。すると、アブラハムいわく、「彼らにはモーゼと預言者たちがいる。その言うことを聞けばよい」。賢者のいましめに、よく耳を傾けろということだ。要は、「水説」をよく読めというわけだ。
■人物略歴 ◇はま・のりこ 同志社大教授。