そもそも昨年の閣議決定に無理がある。出発点が正当性を欠いている。撤回すべき法案だ。議論を尽くせば、採決することができるとするのは憲法と国会をなきものにする暴挙である。
<信濃毎日社説>国民無視の暴挙を許すな 衆議院採決へ
安全保障関連法案をめぐる動きがヤマ場に差し掛かろうとしている。与党は早ければ今週中に採決し、衆院を通過させる構えだ。
国会会期は9月下旬まで大幅延長された。参院で審議に時間がかかった場合、与党は衆院で再可決して成立させることも視野に入れる。
集団的自衛権の行使容認に対し憲法学者ら専門家から「違憲」との批判が絶えない。米軍などへの補給や輸送といった支援活動は他国の武力行使と一体化する恐れが強い。問題だらけの法案だ。国民無視の強行は許されない。
▽前のめりの政府与党
「議論が深まったからこそ維新案が出てきた」。10日の特別委員会で安倍晋三首相は、そう主張した。対案の並行審議によって国民の理解が深まったとする。独り善がりの受け止めだ。国民の感覚とは懸け離れている。
「審議時間が積み重なったので出口を考えていく」「野党側の論点もほぼ出尽くした」。自民党から、そんな発言が続いている。
こうした言い分に納得する人がどれほどいるだろう。審議入りから、わずか1カ月半である。
与党が目安にしてきた80時間を超えたからといって、採決する状況ではない。5野党が反対で一致したのは当然だ。
法案は見掛け上、2本になっている。そのうち1本は10の改正法案をひとくくりにした。集団的自衛権の行使、世界中での他国軍支援、国際紛争後の治安維持など内容は多岐にわたる。一国会で審議を尽くせるはずがない。
▽丁寧な説明は聞けず
論点が出尽くすどころか、基本的な疑問が残ったままだ。
日本への攻撃がなくても武力行使するのに「専守防衛は変わらない」、自衛隊活動の範囲や内容を急拡大させながら「隊員のリスクは増えない」。政府の強弁が堂々巡りの議論を招いた。
集団的自衛権については「新3要件に当てはまれば行使する」といった説明を繰り返している。他国への攻撃で日本の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される「存立危機事態」とは、どんな状況を指すのか。いくら審議を聞いても分からない。
「重要影響事態」の定義も明確になっていない。「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態は千差万別だ。あらかじめ類型的に示すのは困難」などと曖昧さを残す。使い勝手のいい法律になるよう政府の裁量の幅を広くしておきたいのだろう。
法整備の必要性は「安保環境が根本的に変容した」「もはや一国のみで平和を守れない」など抽象的な説明にとどまる。
自国を防衛する上で現行法に不備があるのか。国際社会の平和と安定のため自衛隊は何ができ、何をすべきか。こうした議論は一向に深まらない。
共同通信社が6月に行った世論調査で法案に「反対」との回答は58・7%だった。5月の調査より11・1ポイント上昇している。今国会での成立についても同様に反対が増えた。審議が進む中で問題点が鮮明になったからだろう。
首相は夏までの成立を米議会演説で表明した。是が非でも「対米公約」を果たそうと政府与党は前のめりだ。「丁寧に説明し、国民の理解を得る努力を続ける」と再三、口にしながら、反対意見に耳を貸そうとしない。
一方で、法整備を先取りするかの動きが見過ごせない。
日米両政府は既に防衛協力指針(ガイドライン)を改定し、自衛隊と米軍の協力を地球規模に拡大することを打ち出した。
米軍の統合参謀本部が先ごろ発表した「国家軍事戦略」は先進的安保能力を持つパートナーとして北大西洋条約機構(NATO)などとともに日本を明記し、関係強化を訴えている。
▽撤回すべき違憲法案
衆院憲法審査会で参考人の憲法学者がそろって法案を「違憲」と明言して以降、批判は高まる一方だ。全国の全ての弁護士会も法案に反対している。
昨年7月の閣議決定は、集団的自衛権を行使できないとした1972年の政府見解を引きながら結論部分をひっくり返した。政府内で憲法解釈を担ってきた内閣法制局の元長官は「黒を白と言いくるめる類いだ」と断じている。異例のことだ。
集団的自衛権の行使を認めることは憲法9条を逸脱する。多くの専門家がそう主張している。国民の命を守るために必要だというなら、改憲を訴えるのが筋である。
首相は合憲性に「完全に確信を持っている」とするものの、説得力のある根拠を示せていない。集団的自衛権とは無関係の砂川事件判決を持ち出さざるを得ないところに苦しさが見て取れる。
そもそも昨年の閣議決定に無理があった。出発点が正当性を欠いている。撤回すべき法案だ。