自分セラピー

「自分を好きでいる」ことは人生を豊かにしてくれます。そこに気づかせてくれる沢山のファンタジー文学を紹介していきます

とりとめもなく想うこと

2014-05-30 06:54:36 | ひとり言
5月がもうすぐ終わる。


時折開く『日本の七十二候を楽しむ』という本がある。


24節季七十二候について、イラスト入りで紹介されている。


季節は、小満から芒種へと移ろいで行く、らしい。


6月に入ると、麦の収穫、ということ。


ボクは、(日本人なのに)農作業をしたことがないので、季節の移り変わりを肌で感じることがなかなかない。


でも、この「麦」という言葉は、二つのことに連想がつながっていく。


一つは、いしいしんじの『麦ふみクーツェ』という、ファンタジー小説。


しばらく、いしいしんじに夢中になっていたころがある。


そのきっかけが、この『麦ふみクーツェ』


なんだか不思議な物語だった。


「ぼく」が主人公で、音楽好きのおじいちゃんと素数にはまっているお父さんと、背が異様にでかいぼく、との物語。


このぼく、の成長の物語なんだけれども、ある朝窓の外を見てみると、そこにはいつもの運河ではなく、麦畑が広がっている。


おまけに麦踏の音まで聞こえてくる。


そう麦踏み。


現代はローラーで一気にやってしまうらしいけど、人が並んで麦を踏む光景をなんとなく知っている。


その物語には、そらからネズミが降ってくる、という場面があるんだけれども、ちょうどその時期に、日本のどこかで空からおたまじゃくしが降ってきたこと、ありましたよね。


それも、一か所だけじゃなくて、何か所かで続いたような記憶がある。


不思議な物語と、不思議な現実、だった。


もう一つの「麦」にちなんだことは、北海道のグロース。


十勝の麦の収穫は、7月半ばから後半。


だから、グロースで士幌に訪れると、ちょうどそれはそれは大きなトラックが収穫した麦を運んでいる。



20年前は、トラックの運ちゃんたちに「あぶねぇぞ!」と怒鳴られていたけれど、最近は、士幌では夏のいつものこととして認識されているのか、子どもたちの横を通り抜けていくトラックに、優しさを感じる。


収穫の終わった麦畑の横を、子どもたちが走り抜けていく様子は、いつも心打たれてしまう。


と、まあ、そんな季節が近づいてきたということ。


グロースの夏は、6月に入るとすぐに、イントラとサポーターのグランディングをする。


これから梅雨がはじまるというのに、ボクの心はもう、気持ちはすっかり夏、なのであります。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿