夏の、シンガポールプロジェクト。
昨日は、福島県広野町で、15日間のシンガポール体験の完了の日。
小雨がぱらついた朝は、やがて、田んぼを黄金色に輝かせる、秋の日差しに変わった。
そして、子どもたちと、保護者の方と、楽しく、さわがしく、めまぐるしい一日を過ごしてきました。
会場は、広野町よりもいわき市寄りにある四倉(よつくら)の会場。
庭には大きな栗の木。
眼前には、黄金色の田んぼと山波。
おまけに会場は、2階建てすべて貸切。
1階には広い畳の部屋。
2階にはホールと小部屋。
これならどれだけ騒いでも、誰にも迷惑はかからない。
最高の環境だった。
そしてボクたちは、それはそれは激しい、一日を過ごしてきたのです。
広野の子どもたちは、グロースや、子ども未来のアートのクラスの子どもとは、何か、が違う。
東日本大震災を経験しているからなのか、それとも、地域特有のものなのか、あるいは、他の環境が理由なのか、、、、。
言うことを聞く、ルールを守る、じっとしている、なんていうことはまずありえない。
自由、と言うよりも、好き勝手に動く。
シンガポールに同行した、FMNとKIKの両アートワークセラピストは、セッションではなく、生活面でも15日間一緒にいたわけだから、想像を絶するエネルギーを使ったように思う。
それでも、子ども達15名は、みんなアートは大好き。
ただ、アートに入るためには、その前に十分な発散があることが前提。
きのうも、4人のセラピストたちが、1階の座敷で、1時間半、必死に遊んだ。
それは、それは、壮絶な、、、、よくぞけが人が出なかった、と思うほどだったらしい。
その間、ボクは2階で保護者に現地の報告や、個別カウンセリング。
階下からは、子どもたちの叫び声や、それだけじゃなく、地震なのかと思うほどの地響きがしてくる。
ところが、アートタイムに入ると、途端にしーん。
全員いなくなってしまったのか、と思うほどに。
後から聞くと、相当疲れ切っていたらしい。
しめしめ、である。
震災の後遺症は、心の中に、目に見えない形でいまだに残っている。
保護者一人一人の話を聞いていると、子育てをしている親の悩み、だけでは片づけられない 「 何か 」 をとても強く感じてしまう。
そして、彼らの心に残る深い傷は、どんなに元気にしていても、子どもたちがそれを敏感に感じ取っている。
福島の人たちは、我慢強い。
そして人様には迷惑をかけたくない、という気持ちがとても強い。
だからなおさら、一人で頑張る。
よさでもあるけれど、それが、大きななストレスにもなってしまう。
今後は、少しずつ、お母さんたち向けの、個別のサポートが始まっていく。
先の長い、終わりの見えないことだけれども、広野の人たちと、これからも、このつながりを続けていかなくて、と、いまさらながらに思う。
帰り道、空に浮かぶ大きな月が、ボクたちを優しく見送ってくれていた。
昨日は、福島県広野町で、15日間のシンガポール体験の完了の日。
小雨がぱらついた朝は、やがて、田んぼを黄金色に輝かせる、秋の日差しに変わった。
そして、子どもたちと、保護者の方と、楽しく、さわがしく、めまぐるしい一日を過ごしてきました。
会場は、広野町よりもいわき市寄りにある四倉(よつくら)の会場。
庭には大きな栗の木。
眼前には、黄金色の田んぼと山波。
おまけに会場は、2階建てすべて貸切。
1階には広い畳の部屋。
2階にはホールと小部屋。
これならどれだけ騒いでも、誰にも迷惑はかからない。
最高の環境だった。
そしてボクたちは、それはそれは激しい、一日を過ごしてきたのです。
広野の子どもたちは、グロースや、子ども未来のアートのクラスの子どもとは、何か、が違う。
東日本大震災を経験しているからなのか、それとも、地域特有のものなのか、あるいは、他の環境が理由なのか、、、、。
言うことを聞く、ルールを守る、じっとしている、なんていうことはまずありえない。
自由、と言うよりも、好き勝手に動く。
シンガポールに同行した、FMNとKIKの両アートワークセラピストは、セッションではなく、生活面でも15日間一緒にいたわけだから、想像を絶するエネルギーを使ったように思う。
それでも、子ども達15名は、みんなアートは大好き。
ただ、アートに入るためには、その前に十分な発散があることが前提。
きのうも、4人のセラピストたちが、1階の座敷で、1時間半、必死に遊んだ。
それは、それは、壮絶な、、、、よくぞけが人が出なかった、と思うほどだったらしい。
その間、ボクは2階で保護者に現地の報告や、個別カウンセリング。
階下からは、子どもたちの叫び声や、それだけじゃなく、地震なのかと思うほどの地響きがしてくる。
ところが、アートタイムに入ると、途端にしーん。
全員いなくなってしまったのか、と思うほどに。
後から聞くと、相当疲れ切っていたらしい。
しめしめ、である。
震災の後遺症は、心の中に、目に見えない形でいまだに残っている。
保護者一人一人の話を聞いていると、子育てをしている親の悩み、だけでは片づけられない 「 何か 」 をとても強く感じてしまう。
そして、彼らの心に残る深い傷は、どんなに元気にしていても、子どもたちがそれを敏感に感じ取っている。
福島の人たちは、我慢強い。
そして人様には迷惑をかけたくない、という気持ちがとても強い。
だからなおさら、一人で頑張る。
よさでもあるけれど、それが、大きななストレスにもなってしまう。
今後は、少しずつ、お母さんたち向けの、個別のサポートが始まっていく。
先の長い、終わりの見えないことだけれども、広野の人たちと、これからも、このつながりを続けていかなくて、と、いまさらながらに思う。
帰り道、空に浮かぶ大きな月が、ボクたちを優しく見送ってくれていた。
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