1月17日といえば、成人している人たちには、忘れられない阪神淡路大震災があった日。
あれから19年。
確かに、時がすぎれば記憶は薄れるだろうけれども、新聞の紙面はほとんどがさみしいものだった。
東京の、新聞だったからなのかもしれないけれど、当然1面に何かがあると思っていはいたものの、朝日新聞には軽さがなかった。
日経にないのは仕方がないとしても、ほかの三大紙どうだったのだろうか。
わずか3年前の東日本大震災も、同じだろうか。
昨年は、福島に行くことができなかったので、今年は春に行く予定を立てている。
行って、何が変わるわけでもない、ただの自己満足なのかもしれないけれど、自分自身の中で風化させんたくないし、実際に風化はしていない。
3年前に、縁あって出会った広野町の方々と、少しでも話ができれば、、、、そんな思いが募る。
19年という歳月が、もたらした恩恵はたくさんあるだろう。
でも、その陰に隠れてしまいそうな、しっかりと受け止めておかなければならない事実も、心に留め置いておきたい。
大阪の空を見ながら、とりとめのない想いにふけっている。
あれから19年。
確かに、時がすぎれば記憶は薄れるだろうけれども、新聞の紙面はほとんどがさみしいものだった。
東京の、新聞だったからなのかもしれないけれど、当然1面に何かがあると思っていはいたものの、朝日新聞には軽さがなかった。
日経にないのは仕方がないとしても、ほかの三大紙どうだったのだろうか。
わずか3年前の東日本大震災も、同じだろうか。
昨年は、福島に行くことができなかったので、今年は春に行く予定を立てている。
行って、何が変わるわけでもない、ただの自己満足なのかもしれないけれど、自分自身の中で風化させんたくないし、実際に風化はしていない。
3年前に、縁あって出会った広野町の方々と、少しでも話ができれば、、、、そんな思いが募る。
19年という歳月が、もたらした恩恵はたくさんあるだろう。
でも、その陰に隠れてしまいそうな、しっかりと受け止めておかなければならない事実も、心に留め置いておきたい。
大阪の空を見ながら、とりとめのない想いにふけっている。
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