湖の子守唄

琵琶湖・湖北での生活、四季おりおりの
風景の移り変わり、旅先でのふれ逢いなど、
つれづれなるままに、語りたい。

セピアの調べにのせて

2010年07月17日 | 詩歌・歳時記
ひと昔前の日本人は、つくづく佳い顔をしていると、
セピアの色もあせかけた写真を見ていて、思うことだ。

小学校の校庭に屋根付きの土俵があり、
角刈りの力士が5、6人蹲踞して、並んでいる。
後ろに立ち並ぶ紋付き袴の、村の顔役たち。
みんな顎を引き、自信に充ちた表情をしている。

     雷鳴は鈴鹿の山へ去りゆけり
     湖を大きく
     虹立つを見ゆ

或いは、これは、醒ヶ井駅の風景。
汽車の窓から身を乗り出す笑顔の軍服の青年。
母のひとつ上の兄の出征の朝の光景だ。
南方の激戦地で、遺骨も戻らず、戦死された逢ったこともない叔父の、
何の屈託もない、弾けるような笑顔。素晴らしい表情だ。

     惜春や なにもつけない コッペパン

こちらの一葉は満州の戦場でのスナップだ。
分隊長の父をまん中に、部下の兵隊、制圧された中国人、
昨日の敵は今日の友。
みんな目的意識を確かに持った、佳い顔つきだ。
広場の前には銃架が3つ、それが、激戦を物語る、唯一のものだ。

     紫陽花の
     彩をとどめて枯れいたる
     山路に風は往くや還るや

セピアの写真見ていて、強烈に感じるのは、昔の日本人の美意識と、潔さだ。
今のこの国が失ってしまった、謙虚さだ。

明治時代に生まれたかったと思う所以である。

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1 コメント

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Unknown (hana)
2010-09-26 23:36:14
私もそう思います。

知覧特攻記念館で見た若者たちの凛々しさと潔さ、高潔さを現在の世の若者に見つけることは至難の業です。尊い犠牲の上に築かれた平和をもっと大切にしなければなりませんね。
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