EMI’Sーベルギー日記ー

リコーダー奏者EMIのブログ、2005.11.09開設。気ままに綴るブログです。
ただいまブリュッセルにてサバイバル中

チャリティーコンサート 

2011年04月02日 | 日記
なかなかブログが更新する事ができませんが、毎日閲覧の数のみ把握することができるのですが、毎日どなたかが足を踏み入れてくださっているので、ブログも続ける事にします。


Bon,,,,,

私は家にテレビがなく、家でできるだけネットで情報取集をして、眠れない日が続いていましたが、生活にも支障がでてきたり、チャリティーコンサートも入ってきたので、普通に生活をする努力をしていましたが、そう簡単に割り切れるほど自分は器用ではないな、、とつくづくおもってしまいます。

自分に今できることは何か?

なんだか、何にもない気がしてしまいます。こんな脅威を目の前に突きつけられ
そう感じるのはごく自然な事だと私は思いますが、それでも、明るく生きている人々が沢山いる事に、正直ものすごく驚き、私は焦りました。
焼野原から今の日本を作り上げてきた人々の底力、精神力、
かないません。

ベルギーの人たちが心配して毎日声をかけてくれます。
こちらの人々にも、日本の被災者の人たちが懸命に生きて、少し笑みを浮かべて大丈夫と言っている姿、冷静な表情が心に強く残っているようです。



音楽ってなんなんだろう。追悼の音楽をしてください、
普通のコンサートをしてください、とかいろんな要求をされる中、
私はどのような音楽が出来るのか、、、、、、、

来週には一人でチャリティーコンサートで演奏するのに、
正直、気持ちの整理がついていません。
なんの音楽したらいいのかも、正直まだ自分の中で決まっていない・・・。




ベルギーでも日本人のコンサートの自粛が決定する反面、
チャリティー活動が活発になり、チャリティーコンサートもずいぶん行われています。
自粛を決めた日本大使館。大使館を通して募金もできるようになりました。


音楽院でもチャリティーを行う事になりましたが、いまだに日本大使館は、協力要請は
検討中だそうです。チラシも作る事ができません。
何のためのチャリティーなんだろう。

音楽や芸術、娯楽や趣味、、、、自粛って、本当は何の為にするものなのでしょうか?



先日、語学学校で、一人の生徒が、日本から放射線が入ってきたので、薬局では薬を無料で配っていると言いました。

あの日から、何回か授業がありましたが、最近は日本の事を触れないよう、気遣いをくれていたのが、一気に放射能の日々のニュースにナーバスになっているこちらの人々には、少なからず衝撃だったようで、みんな黙り込んで、いつもは和やかな空気が一変してしまい、つらい時間が流れました。


先生が、そんな薬を配るなんてはずはないと思うと何度も私をかばうように言ってくれましたが、色々な情報やデマが飛び交って、どれが真実なのかわからないと不信に思っている人もたくさんいます。また他国で起きた問題が自分の身体に影響すると想像したら、怒りさえ出てくるのも想像できます。


語学学校なので、みんな片言フランス語で、難しい単語はしりませんから、
薬と言っていましたが、彼女の言うのは、おそらく、ヨウ素の事で、
日本から船がベルギーにも入ってきた時、放射能が一緒に流れてきたと言っていました。



私自身がきちんした知識で彼らの不安を取り除いてあげられたらいいのですが、
その時は、なんだかとてもつらい気持ちになり、私は言葉がでませんでした。

これだけ日本に注目が集まる中、日本人としての発言に少しばかりの影響力があることを
肌で感じ、神経過敏に批判的な目で毎日ニュースを見ている人もやはりいるという事に気づきました。語学学校には、いろんな人種の人々が来ているので、顕著に出てきます。


後で日本人の方が、ベルギーのアントワープの原発20キロ圏内の住人には、
無料で薬局がいつかの爆発の時の為に薬を配ったと教えてくれました。
ブリュッセルではそういう話はまだ聞いていませんので、その噂が流れたのかもしれません。




世界中は、やはり日本贔屓なところがあり、日本がいかに今まで世界に優遇されていたか、
無条件に得していた部分があったのです。これからの行動、状況で今までの日本のイメージも変わっていくのかと思うとても不安になりました。
いつか、日本人だからと言って、差別的な行動をされるときが来るのでしょうか。。。。日本から戻った海外の人々も、苦しい思いをしている人がいるかもしれません。
逃げたわけじゃない人もいるだろうに、逃げて、放射能を連れてきた、なんて思う人もいるんだとおもう。



沢山の人が応援し、心から傷を分け合おうとしてくれている日本が好きな人たちがたくさんいる中、今まで日本がしてきた歴史的行動は、別の見解が出てきても仕方がないのでしょう。



自分にできる事なんて、何にもないと思ってしまう。
毎日夢だったんじゃないかと思って、そしてそんな夢も見る。