醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  615号  枯芝ややゝかげろふの一二寸(芭蕉)  白井一道

2018-01-07 14:52:52 | 日記


 枯芝ややゝかげろふの一二寸  芭蕉



句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「枯芝ややゝかげろふの一二寸」。この句を味わってみない。
華女 芭蕉何歳の時の句なのかしら。
句郎 何か年齢を感じさせるものがあると感じるのかな。
華女 老成しているような感じを受けたからよ。
句郎 芭蕉45歳、貞享5年に詠んだと『芭蕉俳句集』担当者は考えているようだ。
華女 現在の60歳代の人が詠んだような印象を受けるわ。
句郎 どんなところにこの句が老人の句だと思わせるものがあるのかな。
華女 一つは静かさよ。もう一つはかげろうに春を発見した喜びを詠んでいるということね。
句郎 45歳というと当時にあっては、もう晩年なのかもしれないな。
華女 この句、全然古びていないわね。凄いことよ。
句郎 写生とは、このような句を言うのかなと思わせられる句だよね。
華女 写生の句よね。
句郎、写生を唱えた子規より200年も前に芭蕉はすでに優れた写生の句を詠んでいたということなんだ。
華女 写生の俳句も芭蕉に始まっているのよね。
句郎 実はそうなのかもしれない。
華女 私は「やや」と言う言葉に芭蕉の手柄があるのかもしれないなんて思っているんだけど。
句郎 この句の発案は「枯芝やまだかげろうの一二寸」とあるようだ。「まだ」を「やや」に芭蕉は推敲したんだと思う。
華女 「まだ」じゃ、私も駄目だと思うわ。「やや」でなくちゃね。
句郎 この句は紀行文『笈の小文』に載せられている句だ。紀行文を読むと芭蕉は故郷の伊賀上野でこの句を詠んでいる。芭蕉は故郷、伊賀上野の野山を眺め、足下の野道や小川、芝の植えられた土手などをゆっくり歩きながら子供のころを思い出していたのかもしれない。足下を見ていたら突然句が湧いてきたのではないかと思っているんだ。
華女 この句は生まれ故郷の大地を讃える句なのね。
句郎 風景画というものは基本的に太陽の光や大地を讃えているのではないかと思う。なぜなら太陽の恵みが米であったり、麦であったりしているわけだから。
華女 自然の恵みに対する感謝の気持ちのようなものが風景の絵になったり、句に、詩になっているということなのかしら。
句郎 原初的にはそうなんだと思うよ。自然の美しさを表現するということは自然に対する賛歌なんじゃないのかな。
華女 「あおによし ならのみやこは さくはなの におうがごとく いまさかりなり」。万葉集の有名な歌よね。この歌は奈良を讃えているのよね。このような歌も元々は自然を讃える歌と考えてもいいのかしら。
句郎 この歌はこのような立派な都をつくった天皇の支配を讃えている歌なのかもしれないが、この歌を支えている精神といったものは基本的に自然に対する感謝の気持ちなんじゃないのかな。そのような民の精神があってこそ、天皇支配の安定があり、におうがごとき都が造られたということなんじゃないのかな。
華女 万葉集以来の詩歌の伝統の上に芭蕉の句もあるということなのね。