醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  621号  物の名を先づとふ芦の若葉哉(芭蕉)  白井一道

2018-01-15 12:32:17 | 日記

 物の名を先づとふ芦の若葉哉  芭蕉

句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「物の名を先づとふ芦の若葉哉」。芭蕉45歳の時の句。『笈の小文』に「龍尚舎」と前詞がある。
華女 「龍尚舎」とは、何なの。
句郎 伊勢神宮外宮の年寄り職の龍伝左衛門の号のようだ。
華女 「物の名を先づとふ」と芭蕉は言い出しているわ。きっと芭蕉は好奇心の強い人だったのね。
句郎 句を読むとそのように感じるよね。岩波文庫の注釈を読むと救済法師の歌「草の名も所によりてかはるなり難波の芦は伊勢の浜荻」『菟玖波集』がある。この歌から「難波の芦は伊勢の浜荻」は諺になった。物の名は所々によって生活習慣がの違いによって変わるという諺になったみたい。
華女 芦と荻、ススキは似ていて非なるものなんでしょう。
句郎 普段、ススキだと思って見ているものが実際は荻である場合が多いみたいだよ。
華女 芭蕉は芦、荻、ススキの違いを知っていたのね。だからこの芦の若葉はこの地方では何と呼んでいるんですかと問うたのね。
句郎 、伊勢神宮の神官であった龍尚舎への挨拶吟だったんだろう。
華女 芦の若葉が綺麗ですね。芦の若葉でいいんでしょうかねぇー。こんな感じだったんじゃないかしら。
句郎 俳句というのは人間の付き合いの始まりを教えてくれるテキストのようなものなのかもしれないな。
華女 相手の気持ちを損ねない言葉遣いを教えてくれるということ。
句郎 荻を見て、芦だと言ったら不味いからね。何も知らない者だと思われちゃうからね。
華女 そうよ。荻と芦、ススキの違いが分かっていないんだと見られちゃうわ。
句郎 難波では芦と呼びならわしているものを伊勢では浜荻と呼ばれているからということかな。
華女 芭蕉はとても慎重な人だったのかもしれないわ。
句郎 芭蕉のこの句は芦の若葉を詠んでいるにもかかわらず、ポイントは芦の若葉ではなく、この土地ではこの芦の若葉を何と呼んでいるんですかと、問うことに中心があるように思うよね。
華女 そうよね。俳句は季語を詠むものだと聞いたことがあるけれども、芭蕉の句はそうではないわね。
句郎 芭蕉の最も有名な句、「古池や蛙飛びこむ水の音」。この句について正岡子規が「古池ノ句ニ春季ノ感情ナシ」と述べたと言われているが、まさにその通り。同じように「物の名を先ず」の句に春季の感情は表現されていない。
華女 芭蕉は季節感のようなものを詠むのが俳句だとは考えていなかったのかしら。
句郎 この句に全く春季の景が表現されていないのかというとそんなことはないように思う。「わかば」という言葉が他の言葉と比べて大きな役割をしているかというとそうではないということだと思う。
華女 芭蕉は季節感を詠むのではなく、人間関係というか、上手な挨拶をいかにするかということに重点があったと言うことなのよね。