醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  630号  丈六にかげろふ高し石の上(芭蕉)  白井一道

2018-01-24 13:05:17 | 日記

 丈六にかげろふ高し石の上  芭蕉


句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「丈六にかげろふ高し石の上」。芭蕉45歳の時の句。『笈の小文』には「伊賀の國阿波の庄といふ所に、俊乗上人の旧跡有。護峰山新大仏寺とかや云、名ばかりは千歳の形見となりて、伽藍は破れて礎を残し、坊舎は絶えて田畑と名の替り、丈六の尊像は苔の緑に埋て、御ぐしのみ現前とおがまれさせ給ふに、聖人の御影はいまだ全おはしまし侍るぞ、其代の名残うたがふ所なく、泪こぼるゝ計也。石の連(蓮 )台・獅子の座などは、蓬・葎の上に堆(うづたか)ク、双林の枯たる跡も、まのあたりにこそ覺えられけれ」と書き、この句を載せている。
華女 俊乗上人とは、有名なお坊さんだったのかしら。
句郎 鎌倉時代に東大寺大仏殿再建に力を発揮したお坊さんとして有名なのかな。俊乗坊重源は東大寺中興の師として尊敬されていた。
華女 「護峰山新大仏寺」という寺が今の三重県伊賀市にあったのね。
句郎 俊乗上人は東大寺大仏殿の余材を伊賀の國阿波の庄に送り、浄土堂を建立し、そこに快慶作の金色の阿弥陀像を安置したようなんだ。この寺が「護峰山新大仏寺」だった。それから五百年後に芭蕉が訪れたときには、浄土堂も丈六の阿弥陀座像も失われてしまっていた。阿弥陀仏の台座は雨ざらしになっていた。
華女 芭蕉は雨ざらしになった阿弥陀仏の台座を見て無常の泪を零したのね。
句郎 丈六といったらどのくらいの高さだと思う?
華女 一尺と言ったら、およそ30センチよね。一丈といったら10尺でいいのかしら。丈六と言えば4メートル80センチぐらいじゃまいの。
句郎 、一尺は30センチと数ミリあるから、丈六仏というと4メートル85センチぐらいの高さのある仏さんだった。
華女 大きな仏像よね。京都宇治の平等院の阿弥陀仏は丈六の仏様よね。
句郎 石の上にかげろうが五メートル近くも立つだろうかね。
華女 「丈六に」の「に」とは、何なの。
句郎 この「に」は切字になっているのかな。「丈六に」とは、芭蕉の幻影だよね。
華女 そうなのよね。石の台座しか残っていなかったんですものね。
句郎 かげろうが石の上に立つのを見た芭蕉は、そのかげろうに丈六仏の幻影を見たということなんじゃないのかな。だから五メートル近く、かげろうは立っていなかったかもしれないが、その小さなかげろうに丈六仏の幻影を芭蕉は見たということなんじゃないのかな。
華女 「丈六に」で切れていると解釈した方が分かりやすいように感じるわ。
句郎 そうだよね。この句は虚構の句なのかな。虚構であるがゆえに奥行きのある句になっているように感じるな。
華女 私も同感だわ。
句郎 『赤冊子』に「かげろふに俤つくれ石のうえ」と「丈六のかげろふ高し石の上」を「人にも吟じ聞かせて、自らも再吟有て、丈六の方に定まる也」と土芳は書いている。「かげろふに俤つくれ」が初案だったんだろう。この句では、句になっていないと芭蕉は感じたんじゃないのかな。「丈六に」で句になった。