春の夜や籠り人(ど)ゆかし堂の隅 芭蕉
句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「春の夜や籠り人(ど)ゆかし堂の隅」。芭蕉45歳の時の句。「初瀬(はっせ)」と前詞を置き、『笈の小文』に載せている。
華女 「初瀬」とは、何を意味するの。
句郎 奈良県桜井市初瀬町にある牡丹で有名なお寺と言えば、何というお寺があるんだったっけ。
華女 失礼なことを言う人なのね。勿論知っているわよ。真言宗豊山派の総本山長谷寺よね。芭蕉の時代から有名なお寺だったのね。
句郎 『枕草子』や『源氏
物語』にも長谷寺はでてくるようだからね。
華女 私、覚えているわ。『枕草子』を読んだのよ。「初瀬(長谷寺)に詣でて、局に居たところ、あやしきげらうども(あやしい修行の浅い僧たち…何れの御方のとも知れぬ下臈女房たち)が衣の後ろを、そのままうちやって居並んでいるのこそ、ねたかりしか(気にくわない思いがしたことよ)。たいそうな心を起こして参ったのに、川のをとなどおそろし(川の音としか聞こえない読経など不
気味である…下臈女房どもの女の声など遠ざけたい)。
句郎 長谷寺は奈良時代に創建され、平安時代から現代にいたるまで日本人の信仰を集めている寺の一つなんだろうね。
華女 芭蕉が杜国と長谷寺にお参りしたときに詠んだ句なのね。。
句郎 、そんなに長谷寺が人気を集めた理由の一つが恋の成就ということだったんじゃないのかな。
華女 長谷寺のお堂の隅で祈っていた人は女の人だったんじゃないのかしらね。いつの時代も恋の願いを祈るのは女の人よ。『源氏物語』「玉鬘(たまかづら)」が長谷寺に願いを祈ったことは恋の成就だったんでしようから。
句郎 この句は、とても静かな句だよね。名句というのは読んだ人の心を静かにしてくれるね。
華女 下五の「堂の隅」がいいわ。控え目な女性の姿が瞼に浮ぶわ。
句郎 「ゆかし」という言葉が美しいという意味を表現しているよね。
華女 そうね。
句郎 この句は芭蕉の秀句の一つなんだろう。
華女 そうなんでしょうね。芭蕉は『源氏物語』や『枕草子』を読んでいたんでしようから、お堂の隅で一人祈っている女性を見て、玉鬘の姿を思い描いていたのかもしれないわ。
句郎 初瀬参りというという苦行が願い、祈りの強さになって芭蕉の心に強く訴えるものがあったのかもしれないと思うな。
華女 芭蕉の頃であってもまだまだ山深い所に初瀬の長谷寺はあったんでしようから、徒歩で参詣するには苦しい山旅の果に祈ったということなのよね。
句郎 険しく、厳しい祈りの旅の果に願いをかなえてくれるというパワースポットにたどり着いた。険しく、厳しいということが霊験あらたかさを思わせただろうし、苦行であればあるほど苦行のご利益が大きいと考えていたんじゃないのかな。
華女 山奥のパワースポットはきっと今でもご利益のある所になっているのじゃないかと思うわ。
句郎 初瀬の長谷寺が花の寺になっていくのが分かるよう気がするな。
華女 芭蕉も長谷寺をパワースポットにしたのね。