醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  623号  いも植ゑて門は葎のわか葉哉(芭蕉)  白井一道  

2018-01-17 13:26:43 | 日記


  いも植ゑて門は葎のわか葉哉  芭蕉


句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「いも植ゑて門は葎のわか葉哉」。芭蕉45歳の時の句。『笈の小文』に「草庵會」と前詞がある。
華女 「いも」にもいろいろあるじゃない。どんな芋だったのかしら。
句郎 当時にあって「いも」と言えば当然、里芋のことだと思うよ。
華女 日本人にとっての芋は里芋なのね。ジャガイモじゃないのね。
句郎 里芋は縄文時代に稲より早く日本に伝わってきた伝統的な芋のようだよ。
華女 今の若者にとって芋と言えば、ジャガイモよね。芋にも流行り廃りがあるのね。
句郎 ジャガイモの原産地は南米アンデス山脈の高地のようだから、スペイン人たちの新航路探求の結果、ヨーロッパにもたらされ、アイルランドやドイツで栽培されるようになり、広がった。16世紀、スペイン人が日本に伝えたみたいだ。
華女 ジャガイモ料理が普及したのは、戦後のことよね。それまでの日本人にとって、芋と言えば、里芋だったということなのね。
句郎 、里芋というと若者にとっては、ダサイというイメージがあるみたいだ。食べてみるとジャガイモより、里芋の方が美味しいと思っているんだけどね。栄養価も高いんじゃないのかな。
華女 美味しい里芋料理が普及しなかったからじゃないのかしら。
句郎 年を取って来ると里芋の味が身に染みてくるような感じを持っているんだけどね。
華女 芋を植えて自給自足のような生活をしている人に招かれて俳諧を楽しんだということなのね。
句郎 「草庵會」と前詞があるから、きっとそうなんだろうね。
華女 庵主への挨拶吟と言うわけね。
句郎 確かに挨拶吟だったんだろうが、この句は『笈の小文』に載せられている俳句だからね。「二乗軒」と前詞を付けた初案の句は「藪椿門はむぐらの若葉哉」となってる。藪椿に迎えられた門の回りには葎の若葉がきれいですねと発句を芭蕉は詠んだ。これが挨拶吟だった。が『笈の小文』に載せる時に芭蕉は推敲し、「藪椿」を「芋植ゑて」とひねった。「いも植ゑて」は芭蕉が勝手に想像した虚構だったんじゃないのかな。
華女 「藪椿」より「いも植ゑて」の方がいいように思うわ。
句郎 蕉風開眼の句だと言われている「古池や」の句について、長谷川櫂氏は「蛙飛び込む水の音」を聞いた芭蕉は心の中に「古池」を想像したということを主張している。「古池」は虚構だった。この虚構の言葉を詠み込むことによって文学的真実を発見したというようなことを述べている。
華女 文学と言われる代表的なジャンルは小説よね。確かに小説というのはウソが書いてあるのよね。嘘を書くことによって真実を表現するのが文学だといことなのよね。
句郎 俳句が文学になるためには嘘によって真実が表現されなければならないということなんじゃないのかな。単なる写生の句では文学にはならない。俳句はひねらなければならない。ひねるということは嘘を書いて真実を表現することなんだ。