醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  620号  此山のかなしさ告よ野老堀(ところほり)  白井一道

2018-01-14 17:17:44 | 日記

 此山のかなしさ告よ野老堀(ところほり)  芭蕉


句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「此山のかなしさ告よ野老堀(ところほり)」。芭蕉45歳の時の句。『笈の小文』に「菩提山(ぼだいせん)」と前詞がある。
華女 「野老(ところ)」とは、何なの。
句郎 山芋の一種に「野老」と書き「ところ」と読ませる芋がある。とても苦い、老生姜(ひねしょうが)に似た色と形をした芋だ。
華女 へぇー、そんな芋があったの。
句郎 今でも青森県の南部地方にはトコロ芋を食べる文化が残っているらしいよ。青森県でも津軽地方では食べないらしい。
華女 どんなふうにして食べるの。
句郎 南部地方では、木灰を入れた湯でコトコトと時間をかけて煮込み、冷ましたトコロをそのまま食べているようだよ。
華女 昔、センブリ茶をお腹を壊したとき、飲ませられたことがあるわ。ものすごく苦かった思いが残っているわ。やっぱり、腸に薬効のある芋なのかしら。
句郎 、そうらしい。トコロは腸の調子を整え、便秘に薬効があると南部地方の老人が言っているという話を聞いた。
華女 山菜の一種として江戸の昔の人々は食べていたんでしよう。
句郎 食べつけると癖になるぐらい、美味しく食べられたみたいだよ。
華女 芭蕉の句を読んでいると昔の日本人の食生活が偲ばれるわね。
句郎 元禄時代の人々の生活が分かって来るよね。
華女 そうよね。この句の前詞、「菩提山」とは、具体的にどこなの。寺院でいいのかしら。
句郎 「菩提山神宮寺」のことようだ。有名なところでは、奈良にある神宮寺かな。
華女 神宮寺というのは、日本全国にあるのよね。
句郎 そのようだ。平安時代に神仏習合が進み、建てられた寺が神宮寺のようだ。武家の守護神、八幡神はまた八幡大菩薩であったからね。
華女 芭蕉が訪れた菩提山神宮寺は伊勢にあったのね。今でもあるのかしら。
句郎 曼荼羅石のみが伝わっているようだ。伊勢の菩提山(ぼだいせん)神宮寺は、行基の開基の寺と言い伝えられていたそうだ。だから昔はきっと立派な寺だったんじゃないのかな。
華女 芭蕉の時代には寺だったことを思わせるものは何もなかったのね。
句郎 人々の信仰を集めた菩提山神宮寺が廃れてしまった悲しみを教えてくれと、芭蕉は野老堀をしている老人に呼びかけた。
華女 芭蕉は神宮寺の伽藍跡を周り、野老の蔓が生い茂る中、トコロ堀をしている人を見つけ、心の中で、思ったのよね。真宮寺が廃れてしまったことを偲んだということなのよね。
句郎 そうなんだろうね。無常観に浸ったということなんだろう。
華女 日本の美意識をここでも芭蕉は継承しているのね。
句郎 季語は野老、春の季語なんじゃないのかな。
華女 芭蕉の句には季語が特別に強調されているわけではないように感じるわ。
句郎 確かにこの句の場合、季節感が特に表現されているようにも感じないね。
華女 山菜取りというように思えば、季節感は春よね。山菜取りが表現されているわけではないわ。