興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

鬱病の克服について

2017-01-04 | プチ臨床心理学

 先日SNSのバズ系の記事で、抗うつ剤の効果について取り上げられたものがあり、読んでいて気がかりになりました。

 その記事は抗うつ剤を初めて服用した人のツイッターを集めてまとめたもので、それはたとえば、抗うつ剤を服用したら、根拠のない自信が沸いてきて、「正常な人」はこんなに根拠のない自信で常に溢れているんだあ、感動。というような、抗うつ剤の効果についていくつか集めたものでした。

 私は読みながらすぐに、この記事には製薬会社が絡んでいるのではないかと思いました。記事全体が、間接的に、抗うつ剤を飲もう、抗うつ剤で自信が回復して元気になれる、というメッセージを醸し出していました。これは明らかなミスリードで、鬱病に苛まれた人を間違った方向へ導くものです。これはよろしくないなと思い、私は以下のような内容の投稿をしたところ、幸い「いいね」が次々につき始めて、少しほっとしました。

 まず、くだんの記事で取り上げられているツイッターの人は、はじめて抗鬱剤を服用して、「正常な状態」になったのではなくて、一時的に、「軽躁状態」になっているに過ぎません。抗うつ剤を服用すると、種類やその人の体質にもよりますが、一時的に、気分が高揚したり、頭が活性化されたようになります。いささかの興奮状態で却って睡眠障害が出る人もいます(一方で、どの抗鬱剤を服用しても変化を感じられない人も少なからずいます)。しかしこうした精神状態も、きちんとした精神科医の適切な処方の調整と時の経過により、少しずつ安定していきます。本当にひどい鬱状態でもなく、軽躁状態でもないコンディションです。これは重度や中度の鬱病が、投薬で一時的に軽度の鬱病にまで回復している状態です。

 軽度ではあるけれど、鬱病は続いているわけで、これはこころが正常な状態ではありません。日本には、何年もこの状態で生活をしている方が本当にたくさんいます。それもそのはず、精神医療発展途上国の日本では、5分以下の診察で、薬の処方のみをしている精神科・心療内科が驚くほどたくさんあります。明らかに不必要で有害な大量処方をするところもまだまだたくさんあります。様々な向精神薬の副作用で症状が複雑化しているケースも多いです。さらに恐ろしいと思うのは、「うつ病は完治するものではない。大事なのは、投薬を続けながら、うまくうつ病と共存してくことだ」、などという土台から誤った考えをもって診療している医師です。これは、鬱病の患者さんをきちんと治せた経験が希薄なために、うつ病が完治するのだということを実体験として知らない方たちです。治し方を知らないのでしょう。

 誤解のないように強調しておきたいのですが、私は、うつ病の方が抗鬱剤を服用すること自体には何の異存もありません。私は、軽度から中度の鬱病であれば、ほとんどのケースにおいて、サイコセラピーのみで完治までもっていけますが、とくに中度から重度の鬱病を苛まれる方は、投薬が適切だと思っています。中度から軽度の人でも、その人の体質に合った抗うつ剤があれば、飲んでいいと思います。統計を取っているわけではないので断言はできませんが、実際、中度や軽度の人でも、その人にあった投薬を続けながらサイコセラピーをした方が、サイコセラピーのみよりも、治るスピードが若干早い印象はあります。重度のうつ病の方も、サイコセラピーのみで治せますし、本人がどうしても投薬を拒否する場合や、性格的な問題がメインで慢性的な抑うつ状態で投薬の効果がでない時など、実際サイコセラピーのみの治療を行うこともあります。ただ、重度の鬱の方のセラピーは、やはり投薬があるほうが展開が早いです。重度の鬱に関しては、基本、精神科医の少量処方と、効果のあるサイコセラピーの組み合わせです。

 それから、サイコセラピーを受けなくても良くなっている人もいます。きちんとした臨床経験と専門知識とスキルのある精神科医の方が、適切な処方と、丁寧な傾聴と適切なアドバイスをもってしっかりと診察しているところでは、性格的な問題がなければ、精神科の保険診療のみで良くなっていく方も多いです。ただ、こうした患者さんのなかには、根本的な脆弱性には触れられずに、環境を大きく変えること(例えば転職)で、ストレス源を生活から排除することで良くなる方が多いです。鬱病は、ストレス源から距離を置いて(例えば休職)、投薬をしてしばらくゆっくりと過ごしていると、症状自体は回復します。このように身体的に回復しても、根本的な問題をきちんと治さない限り、ストレス源である元の職場に戻ると時間の問題で再発することが多いのです。しかし、そのストレス源を排除することで、一応は回復します。環境が一変して、フレッシュな気持ちで気分も回復します。ただ、こうした人は往々にして、数年後に、うつ病を発症したときと同じような状況や、同じような人間関係の問題によって、その手つかずの脆弱性のため、うつ病を再発します。

 それではうつ病の治療にはどうするのが一番効果的なのか。完治を目指すには、何が得策なのか。

 これは、様々な臨床研究でも科学的に明らかにされていますが、投薬療法とサイコセラピーの併用です。先ほども触れましたが、中度から重度の鬱病に苦しむ方は、自殺念慮が酷かったり、ベットから起き上がれなかったり、家から出られなかったり、食欲がまったくなかったり、睡眠障害が深刻だったりして、なかなか心療内科やサイコセラピーを受診することもままなりません。こうした状態の方が、適切な投薬をすることで、少しだけ生きやすくなります。なんとか家から出られるようになり、なんとか食べられるようになったり、ときどき前向きに考えられるようになったり。つまり、なんとかサイコセラピーに通えるような状態です。抗鬱剤が、サイコセラピーができる状態、または、サイコセラピーの効力が最適な状態を作ってくれるわけです。抗うつ剤が、鬱状態を投薬中に一時的に軽減させることに対して、サイコセラピーは、うつ病の根本的な問題を解決します。それはその人の性格の改善であったり、無意識的に行われているまずい対人関係のパターンの意識化と改善であったり、不健康なライフスタイルの改善であったり、自分自身とのネガティブな関係や、自己批判、低い自尊心、低い自己評価、ネガティブな自己イメージなどの改善です。毎週のセッションを重ねながら(性格があまり関与していない鬱病であれば、通常2~3か月ぐらい。性格や複雑な状況が関与している場合は半年から1年ぐらい)、対話を通してこうしたことを克服していくことで、自我が鍛えられ、鬱病を根本から完全に克服できるばかりでなく、再発の可能性も低くなります。


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