皆さん、こんにちは。
久しぶりの、質問コーナーです。
今回は、Fumiyaさんから頂いた、臨床心理学における留学の意義についてのご質問に回答させていただきます。Fumiyaさん、大切なご質問、ありがとうございます。
以下が、Fumiyaさんからのご質問です:
現在心理学部四年で、卒業後アメリカ、イギリスのどちらかの院で臨床心理を学びたいと考えています。ただ、就職は日本でしたいと思っています。(カウンセラー系の仕事)、日本の資格を持っていなければ日本では海外の経験はあまり評価されないとも聞き、ただの遠回りでコストとリターンが見合っていないでしょうか。公認心理士には海外の院卒業が、日本の院卒業と同じとして扱われるということも聞きましたが。現在休学して留学していることもあり、この英語力や留学経験を自分の専門分野にさらに生かしたいと思っています。長くなりましたが、海外で働く気がなく、教授などを目指しているの出もなければ、海外院はあまり意味がないですか?アドバイスいただけると幸いです。
実は、これに関連したご質問は、いろいろな方からよく頂くものです。今回は、せっかくですので、じっくりと回答していきたいと思います。
まず、
「現在心理学部四年で、卒業後アメリカ、イギリスのどちらかの院で臨床心理を学びたいと考えています。ただ、就職は日本でしたいと思っています。(カウンセラー系の仕事)、日本の資格を持っていなければ日本では海外の経験はあまり評価されないとも聞き、ただの遠回りでコストとリターンが見合っていないでしょうか」、
ということですが、確かに日本のメンタルヘルスの現場は、日本の資格(現在は臨床心理士、今後、公認心理師の資格が重視されるでしょう)が不思議なくらいに重視され、海外の資格は、不思議なくらいに軽視される傾向にあります。
これは実際、私が5年前に実家の事情で帰国した時に、痛切に感じたことでした。
帰国後まもなく私は臨床心理学系の就職活動を始めましたが、どの精神科・心療内科クリニックも、とにかく「日本の臨床心理士の資格」がないと、門前払いで、戸惑いました。不毛な就活はしばらく続きました。いくつかの施設では、途中まで話が良い感じに進んできたところで、たとえば、そこの理事長さんが出てきて、「やはり臨床心理士の資格がどうしても必要」だという理由で、頓挫します。
海外の大学院を卒業して、臨床経験のある者は、日本の精神科の病院や心療内科のクリニックで3年以上の臨床経験を積むと、臨床心理士の試験の受験資格が得らえるということですが、そもそも、海外の大学院出身の人間は、なかなか雇ってもらえず、3年の臨床経験のスタート地点に立つことすらままならない、という現状です。しかも、雇われたところで、「未資格者」は恐ろしく薄給です。当時の私は経済的にも余裕がなく、その薄給で3年続けるという事はオプションにありませんでした。
こうした現状に気づき、私は戦慄しました。
しかしこれは、日本の大多数の精神科・心療内科のクリニックが日本の臨床心理士の資格にこだわる、ということであり、すべての精神科医がそのようではないということでもあります。
つまり、精神科医のなかには、アメリカをはじめとする欧米の臨床心理学の高い水準の研究と実践に理解があり、正しく評価できる人もいる、ということでもあります。つまり、評価をする人間による、というわけです。そして、こうした精神科医は、意識が高く、勉強熱心で、国際感覚にも優れている方が多いです。
私に関していうと、ようやくそうした先生の一人である塙美由貴先生と出会い、意気投合し、先生のクリニックの一室を貸していただけることになり、そこを基盤として、活動範囲を広げていきました。気が付くと自分は、アメリカの大学院の日本校や、国際学生の多い大学のキャンパスカウンセリング(バイリンガル枠)などでも働いていました。
確かに普通に日本の大学院に行くことと比べて、アメリカの大学院は、かなり時間とお金が掛かります。あらゆる意味で、コストは大きいです。
しかし、リターンも大きいです。
ただこれは、Fumiyaさんがどこで働くかにもよります。Fumiyaさんはご存知かもしれませんが、日本の病院やクリニック勤務の臨床心理士のお給料は、正規採用でも、決して高くありません。むしろ、海外水準と比べると、驚くほど安いです。それから、病院勤務では、心理士の仕事は、精神科医の指示の下で、ひたすら心理検査をしたり、精神科医の診察の補助的なカウンセリングをしたりと、海外の大学院出身である必要がない業務内容のところが多いです。
つまり、Fumiyaさんが病院やクリニックなどに就職することを考えておられるのであれば、確かにリターンは見合っていないかもしれません。
しかし、私のように、フリーランスとして、個人開業を含めて、いろいろなところで働いている人間にとっては、計り知れないリターンがあります。まず、経済的なリターンですが、正直なところ、申し分ありません。高額の留学資金も、随分前に回収出来ました。
経済面でのリターンも大きいですが、それよりも大きいのは、プロフェッショナルとしてのリターンです。
私がアメリカの大学院の日本校や、留学生相手のカウンセリングができるのも、やはり、私がアメリカの大学院を出て、アメリカで臨床経験を積み、アメリカで資格を取ったところが大きいです。というのも、2018年現在でも、英語で効果的な心理カウンセリングのできるサイコセラピストは非常に少数で、需要があるからです。こうしたスキルがあり、フリーランスで活躍するのではれば、日本の資格はあまり重要ではありません。
これは英語が話せればよいという話でありません。
それよりも大事なのは、Diversityを非常に重視した、多文化にセンシティブな臨床心理学の教育と、臨床経験です。私が臨床に携わっていたロサンゼルスは、超多文化社会であり、とにかくいろいろな人種の、いろいろな宗教の、いろいろな年齢層の、いろいろな価値観の、いろいろな性的志向の、いろいろな社会階級の人たちが、待ったなしで、どんどん現場にやってきます。アメリカのメンタルヘルスのシステムは、インターン生の労働力に依存しているので、大学院在学中から、ものすごくたくさんのケースを持たされます。
臨床内容も、日本とは大きく異なります。
精神科医と臨床心理士の社会的地位も権限も伯仲しているアメリカでは、臨床心理士は基本的に精神科医と独立して治療に携わります。
つまり、臨床心理士が診断を行い、ひとりで全体的な治療を行うのです。
大学院に通うインターン生(インターンシップはほとんどの大学院ではカリキュラムに含まれていて必須)も、自分に割り当てられたクライアントを、ひとりで診断して治療していくことになります。
もちろん、インターン生には、ライセンスを持った臨床心理士がスーパーバイザーとしてついています。診断についてスーパーバイザーと話し合い、臨床指導を受けます。
このスーパービジョンのシステムも、アメリカは徹底しています。日本のように、オプションではなく、法律で定められていて、スーパービジョンが行われない臨床時間は認められません。
ただ、スーパーバイザーは通常インターン生が働いている施設に所属していて、インターン生がその施設で無償で働いてくれる代わりに、無償で徹底的なスーパービジョンを毎週行ってくれます。日本の院生のように、経済的な理由で十分なスーパービジョンが受けられない、ということはまずありません。この徹底したスーパービジョンと、圧倒的な臨床時間とケース数が、実力のある臨床家を育みます。
一方、日本の大学院の研修は、決して十分でないケース数の場合が多いですし、実質的に実習を行っていない院生も多いです。スーパービジョンも必須でなかったり、指導者の臨床スキルに問題があったりして、決して十分ではありません。臨床心理士の資格を取った時点で、臨床経験がほとんどない方も少なくありません。
アメリカでは、臨床心理士の資格を取るためには、特定の大学院の博士号を修得し、3000時間の厳格に規定された臨床経験を修了し、国家試験と州試験に受かる必要があるので、ライセンスを取れた臨床心理士は、すぐに独立開業をはじめます。ライセンスを取れたという事実が、確かな自信になるからです。
まだまだ書きたいことはたくさんありますが、ここまでのお話でも、アメリカ(欧米)の大学院で学ぶ意義が大いにあることは、ご理解いただけたかと思います。
アメリカ(欧米)の大学院という選択肢は、確かに、かなりのリスクを伴います。アメリカ人にとっても非常に大変なカリキュラムで、実際、ドロップアウトした方もたくさん見てきました。そして、無事に卒業して、資格を取ったところで、日本での就職は保証の限りではありません。
しかし同時に、リターンの大きさも、計り知れません。文字通り、ハイリスク、ハイリターンなのです。Fumiyaさんの最優先事項が日本での就職であるのならば、確かに日本の大学院に行くのが一番確実ですが、本当に実力があり、効果のある治療ができる臨床家になりたいのであれば、海外の大学院という選択は、大いにお勧めです。良い臨床を続けていれば、最初は半信半疑だった現場の人たちも「やっぱり海外の大学院出身の人はすごい」と評価してくださるようになっていきますし、つまりは、海外の大学院出身者の母体数そのものがまだ少なく、それゆえに、海外の大学院の素晴らしさもまだ広く知られていないだけなのかもしれません。入り口は狭いかもしれません。しかし中は広いです。アメリカ(欧米)の大学院は、大変な事もたくさんありますが、掛け替えのない貴重な体験となることでしょう。それはあなたにとって一生の財産となります。