興味津々心理学

アメリカ発の臨床心理学博士、黒川隆徳によるあなたの日常の心理学。三度の飯よりサイコセラピーが好き。

共感性 その4 (Empathy #4) 

2015-02-25 | プチ臨床心理学

 今回は、具体的に、共感性はどのようにして抱き、使えるようになるのかについて、少し考えてみたいと思います。

 ここでまず大事なのは、常に、こころにある程度の余裕をもつことです。なぜなら、他者に共感するには、客観性がどうしても必要ですし、客観性を保つには、こころにそれなりのゆとりが必要だからです。実際、こころにゆとりがないとき、人は自己中心的になりやすいですし、自分の問題を相手に投影しやすいですし、気持ちも不安定で、なかなか客観性が保てません。

 共感は、しばしば投影と混同されがちですが、自分の中にあるものを相手の中に見出すことは、投影であり、必ずしも共感ではありません。たとえば、パーマが掛かったヘアスタイルの人に、それが寝癖だと思って寝癖直しのスプレーを差し出すことは、共感ではありません。

 それから、誰かに共感するには、「自分が何をしているのか」、きちんと認識できている必要がありますし、また、今この瞬間の、自分の気持ちを正確に認識できている必要があります。これは本当に大切なことで、自分の気持ちをきちんと理解できていない人が、他者に正確に共感することはできません。常に、自分の気持ちと向き合い、自分の気持ちに正直であることが大切です。自分の気持ちを手放してはいけません。これは特に、子供や、後輩、部下など、自分より立場の弱い人たちを相手にしているときに気を付けるべきことです。

 さらには、自分のこころのニュートラルな状態、ベースラインについて、知っている必要があります。そうすると、何らかのできごとを経験したことによって、そのベースラインがプラスであれ、マイナスであれ、ニュートラルな状態でなくなっているときにも、客観性を保ちやすくなります。どうして自分が今良い気分なのか、幸せなのか、或いは、イライラしているのか、怒っているのか、悲しいのか、きちんと把握している必要があります。そうすることで、たとえば、ちょっとイライラしているとき、そのイライラとは関係のない人と交流するときに、そのイライラをその人にぶつけてしまうことも防げます。また、自分が楽しいときに、何らかの理由で落ち込んでいる人に、その楽しい勢いで無神経な発言をしてしまうことも防げます。

 さて、このような基盤に加えて、大切なのは、やはり、相手の話にきちんと耳を傾けることです。このシリーズの#2の、由香里さんたちの会話を思い出してください。相手が話している内容に、あなたが賛同できなかったり、意見があったり、批判したい気持ちになっても、とりあえず、そうしたあなたの主観は傍らに置いて、相手の話に耳を傾けます。主観は捨てるわけではありません。この時点では、主観から抜け出して、相手の話に集中する、ということです。安心してください。あなたが、あなたの意見を相手に伝える機会はあります。ただ、その前に、相手の話をとことん聞くことが大切です。

 主観から抜け出すとはどういうことかといえば、たとえば、経験則に基づいて話すことを保留します。「私だったらこう思う」、「俺はそう思わない」、といったスタンスから一時的に抜け出すことです。

 誰かが「仕事に行きたくない」と言ったら、「気合だよ、気合」とか、「もうすぐ週末だよ、頑張れ」とか、「わがままいうな」とか、「もっと大変な人だってたくさんいるんだよ」、などと言った発言は保留して、その代わりに、相手の気持ちを理解することに集中します。

 今の時点では、相手の気持ちを理解するにしても、情報が足りません。そういうときは、質問をしてみます。質問をする前に、相手が言った言葉を、繰り返してみます。

 「仕事に行きたくないんだね。もう少し詳しく聞かせてくれる?」とか、「仕事に行きたくないんだ。何かあったのかな」、と言う感じに、質問します。

 ここでなるべく避けたいのは、Why、「なぜ」、「どうして」です。「なんで仕事に行きたくないの」?と言われると、あなたにその気がなくても、相手は責められているような気になって、防衛的になってしまったりします。「なぜ」と言うときの、声のトーンや感じ、あなたの表情などで、そうした誤解を防ぐこともできますが、とりあえず、避けられるのならば避けましょう。

 それで相手が、「会社の人間関係がしんどいんだ」、と言ったら、「俺だって会社の人間関係はしんどいよ」、と言うのではなくて、「どういう風にしんどいの?」などと、聴いてみます。このように、自分の主観から抜け出して、相手の話に興味を持って、相手の気持ちに寄り添うことで、相手がどんどんこころを開いて話してくれるので、相手の立場を正確に理解することが容易になります。

 このように、相手の気持ちをしっかりと理解したうえで、あなたの考えや意見、助言をするのは良いでしょう。ただ、矛盾するようだけれど、相手に正確に共感できた時に、その前にあなたの頭の中にあった意見などを、あなたは依然として相手に伝える必要はないかもしれません。また、そうした意見が相手にとってあまり有益でないことに気づいて、言いたくなくなったり、言う必要がなくなっている可能性もあります。

 というのも、多くの場合、人は本当のところ、アドバイスや叱咤激励よりも、他者に深く理解してもらったり、共感してもらうことを必要としているからです。あなたが彼らに寄り添ってあげることで、彼らはあなたと一緒に話を深めることができて、その対話の中で、彼らは自ずと新しい考えや、自分の本心などに出会えることも多いです。また、一人で考えていてはできなかった心の整理ができたりします。それで、アドバイスを求めてやってきた人でも、あなたとの対話で、アドバイス以上のものをあなたから受け取ることになります。