地震がおわってすぐ、茨木の私の友人がやったことは、なかなかえらかった。近所の12軒の、安否を確かめにいったのだ。近くの家は、80代、90代の超高齢者の独り暮らし、または二人暮らしが多いのだという。そこを、「〇〇さあん、いてはりますか?」とやったらしい。屋根もこわれ、塀もこわれ、物置も壊れ、といった家が多かった。だけどみんな生きてた。よかった。と笑いあったそうだ。よかった。
縁のある人たちが、何人か、被災した。やはり大変な災害だ。風呂屋の、煙突がポッキリ折れている写真もあった。枚方市だ。
茨木市の風呂屋はガスが使えないので、オイルバーナーで、風呂釜を、熱しているんだって。
茨木市の友人からメールがきた。
心配するな。茨木市はあちこちこわれてる。茨木市の駅舎も壊れた。
街は救急車と、消防車と、マスコミのヘリでうるさい。
街は壊れていて、ガス、水道がまだ使えない店もあるが、それにもかかわらず、みな店を開けて商売している。
恐るべし、浪花あきんど!!と、自分で書いてきた。
本当にすごい。
茨木市の風呂屋はガスが使えないので、オイルバーナーで、風呂釜を、熱しているんだって。
茨木市の友人からメールがきた。
心配するな。茨木市はあちこちこわれてる。茨木市の駅舎も壊れた。
街は救急車と、消防車と、マスコミのヘリでうるさい。
街は壊れていて、ガス、水道がまだ使えない店もあるが、それにもかかわらず、みな店を開けて商売している。
恐るべし、浪花あきんど!!と、自分で書いてきた。
本当にすごい。
神奈川県大和市の、古本市場が、バーゲンをしているのに遭遇。
なんと、6月16日までバーゲンをして、そのあと、閉店してしまうのだそうだ。ショック!
ブックサーカスも、この前いったら、戸塚駅の店がなくなっていた。
ブックオフだけの一人勝ちというのは、ブックオフ自体にとってもよくない。わたしたちにとってもよくない。
この前、「モンテレッジオ 小さな村の 旅する本屋の物語」(内田洋子)を読んだ。イタリアの、モンテレッジオという村の人たちが、背中にしょって、古本をイタリア全土に売り歩いた話だ。自分たちの村に何もないので、生きるためにそういう行商をはじめた。それが、だんだん多様化してくる。よそに店を出す人もいる。古本を売る仕事は、買い手や出版社と関わる仕事で、読んでいて、こんなに面白いのに。
なぜ、日本の古本屋商売は、変な方にむかっていくのだろうか。
追伸。「白いトロイカ」上下文庫、水野英子作、手に入れた。50年ぐらい前にかかれたのだろうに、ストーリーに目立つ破綻がない。ロシアの革命(たぶん)という難しい話を。資料がそんなに手に入らないあの頃に。水野すごい‼
なんと、6月16日までバーゲンをして、そのあと、閉店してしまうのだそうだ。ショック!
ブックサーカスも、この前いったら、戸塚駅の店がなくなっていた。
ブックオフだけの一人勝ちというのは、ブックオフ自体にとってもよくない。わたしたちにとってもよくない。
この前、「モンテレッジオ 小さな村の 旅する本屋の物語」(内田洋子)を読んだ。イタリアの、モンテレッジオという村の人たちが、背中にしょって、古本をイタリア全土に売り歩いた話だ。自分たちの村に何もないので、生きるためにそういう行商をはじめた。それが、だんだん多様化してくる。よそに店を出す人もいる。古本を売る仕事は、買い手や出版社と関わる仕事で、読んでいて、こんなに面白いのに。
なぜ、日本の古本屋商売は、変な方にむかっていくのだろうか。
追伸。「白いトロイカ」上下文庫、水野英子作、手に入れた。50年ぐらい前にかかれたのだろうに、ストーリーに目立つ破綻がない。ロシアの革命(たぶん)という難しい話を。資料がそんなに手に入らないあの頃に。水野すごい‼
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枇杷の実は、皮をむいて、お尻と頭を切って煮る。何日かおいておくと、まずくなるのをしているので、さっさと煮てしまった。砂糖と水で、1時間ぐらい煮る。こうすると、種まで食べられるようになる。
しかし。枇杷のタネの、あのいい匂いはくせものだ。
ネットで調べると、体の中に入ってから、分解されて青酸になる、とあり、たくさんたべてはいけないのだ。あー、もったいないが、仕方ない。人に分けるときは、「種は食べないでね」ということにする。
追伸「牧野植物事典 学生用」を手に入れる。牧野の挿絵がすごくすごく小さいが、現代には、拡大コピーがあるものね。「よい子への道」(おかべりか)も。福音館書店で、「おおきなポケット」という雑誌をだしていたとき、載せたものをまとめたのだ。「大きなポケット」は、面白かった。昆虫ばかりかいていた女の人がいた。「あきやまあゆこ」だったかしら?追い求めています。「くものすおやぶん、ほとけのさばき」なんていうのもあった。「虫けら様」なんか、欲しいなあ。
枇杷の実は、皮をむいて、お尻と頭を切って煮る。何日かおいておくと、まずくなるのをしているので、さっさと煮てしまった。砂糖と水で、1時間ぐらい煮る。こうすると、種まで食べられるようになる。
しかし。枇杷のタネの、あのいい匂いはくせものだ。
ネットで調べると、体の中に入ってから、分解されて青酸になる、とあり、たくさんたべてはいけないのだ。あー、もったいないが、仕方ない。人に分けるときは、「種は食べないでね」ということにする。
追伸「牧野植物事典 学生用」を手に入れる。牧野の挿絵がすごくすごく小さいが、現代には、拡大コピーがあるものね。「よい子への道」(おかべりか)も。福音館書店で、「おおきなポケット」という雑誌をだしていたとき、載せたものをまとめたのだ。「大きなポケット」は、面白かった。昆虫ばかりかいていた女の人がいた。「あきやまあゆこ」だったかしら?追い求めています。「くものすおやぶん、ほとけのさばき」なんていうのもあった。「虫けら様」なんか、欲しいなあ。
びわが来ました!友人からです。
びわは、採るとすぐ鮮度が落ちる。
昔、東京から横浜に、ゆうびん小包で、きたびわが、味気ない、食べられないものになっていた悲しい思い出がある。甘みがなくなってしまうのだ。
昭和30年代だ。
3、4日かかって食べられないものになったびわ。速達便にしなかったのはなぜだろう?
母にとっては、自分が子供時代に
植えた大事なびわの木であったのだが。大きな屋敷であったが、びわは屋敷内にうえる木でない。木が大きくなるにつれ、きっとひと悶着あっただろう。
私は、60歳をすぎた今になって、あのとき、びわを普通郵便で送った人の悪意を感じるのであった。
昭和30年代の郵便事情はどうだったのだろうか?
追伸。調べてみた。小包の速達は、1951年からはじまっている。昭和30年代には、あったということだ。それでも2,3日、かかったのだろうかな。
びわは、採るとすぐ鮮度が落ちる。
昔、東京から横浜に、ゆうびん小包で、きたびわが、味気ない、食べられないものになっていた悲しい思い出がある。甘みがなくなってしまうのだ。
昭和30年代だ。
3、4日かかって食べられないものになったびわ。速達便にしなかったのはなぜだろう?
母にとっては、自分が子供時代に
植えた大事なびわの木であったのだが。大きな屋敷であったが、びわは屋敷内にうえる木でない。木が大きくなるにつれ、きっとひと悶着あっただろう。
私は、60歳をすぎた今になって、あのとき、びわを普通郵便で送った人の悪意を感じるのであった。
昭和30年代の郵便事情はどうだったのだろうか?
追伸。調べてみた。小包の速達は、1951年からはじまっている。昭和30年代には、あったということだ。それでも2,3日、かかったのだろうかな。