ミサトが憧れる山のお兄さんは隣家に住んでいる。
両親ともに教育者のお兄さんちは地元でお堅い家で通っていた。
お兄さんの山行きの日はすぐわかる。
2日前からツェルトやシュラフ、ヤッケに山靴が2階のベランダに干してある。
山行きの日は手に重そうなキスリング、腰につけたカラビナをガチャガチャいわせながら
重装備のイデタチで玄関に現れる。
前の日の夜中には庭をドタドタ歩き回りバタンバタンと車のドアの開け閉めの音がした。
ミサトはお気に入りの白いベットの中でお兄さんの雄姿を想像しながらとわくわくする。
早朝、カーテンごしに見るお兄さんは日焼けした顔に緊張感を漂わせ車中の人となる。
大学生のお兄さんは中古のオンボロランクルを買うためにかなり辛いバイトをした。
真相はミサトだけが知っている。
ワンダーフォーゲル部に所属するミサトも深田久弥氏選定の「日本百名山」を高校在籍中に
達成することを目標に学業の空き時間はバイトに励んでいた。
ある日の午後、友人と連れ立って歩く運河沿いの道でサトミは目を疑うような光景を目にした。
夕闇に浮き立つ鮮やかなネオンの下にお兄さんの姿を見つけたのだ。
長身のお兄さんは黒服に蝶ネクタイ姿で店の前に立ち、ソープの呼び込みをしていた。
ミサトは意を決してお兄さんの前に立った。
はっとした顔で狼狽するお兄さんにかまわず、唇に指を立て「私も山に連れてって」とささやき
「うん」とうなずくお兄さんをあとに小走りで店の前をあとにした。
願いがかなった初秋の3日間、
室堂~剱~欅平~阿曾原の黒部縦走はお兄さんが所属いる山岳部の研修ルートらしく
ミサトのほかに新人2人をふくむ総勢9人のパーティだった。
「俺たち2人はプライベートの山行きだからな。あいつの調子を見ながらゆっくり行くよ」と
ミサトを横目で見ながら仲間に強調するお兄さんが頼もしく見えた。
肩に食い込むザックの重さと基礎体力のなさにめげながら、一行の後を追うだけで精一杯の
黒部縦走だったが、お兄さんたちに前後を挟まれる安心感に支えられ最後まで走破できた。
本格的な縦走が初めての彼女にとって輝かしい青春譜になった。
ベーステントに集まりルートの確認をしながらコッフェルで温めた酒を回し飲む。
ランタンの光と陰に浮かぶ山男たちの精悍な横顔が目に焼きついた。
憧れのお兄さんの隣にシュラフを並べた。
山男たちの「グオゥーッ…」「ガガッガーッ」のイビキの饗宴をききながら、
ご次回こそ2人だけの「満天の星降る夜のロマンチック」を夢見て眠りに着いた。
平地の初秋は高い山の冬の入り口だった。
3日目の朝、テントを照らすしらじらとした明かりに飛び起きた。
「やば、寝過ごしたっ」と叫ぶ彼と一緒にテントを這い出せば、あたりいちめん銀世界。
揺れる木々の枝も葉も透明な霧氷におおわれて、昇る朝陽に光り輝いている。
身体の芯まで凍りつくような寒気に身震いしても「来てよかった」と心から思える瞬間だった。
帰りの車の中でお兄さんは「ミサトよくやったな、えらいぞ」と褒めてくれた。
「つぎは尾瀬でも歩こうか」
「またみんなと一緒?」
「ううん、今度は2人で行こう、弁当もってきてくれよ」
そういって笑うお兄さんの言葉に胸がときめいた。
あれから20年、
すっかり逞しくなったミサトは中学生の息子と一緒にトレーニングがてら近くの山に登り
次回の山行きの計画を練っている。すっかりお疲れリーマンが板についたお兄さんはというと
差し出された計画書を見ながら、内心は「家でごろごろしていたいなあ」と思うのでした。
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すぐデコピンしたくなるんだよね、体育会系としては。
をい、しっかりせい・・・なんてさ。
銀世界は近くの山でも経験できるよ。
1000m未満の山でも年に数回は積雪するから、そのときを狙って単独行してみればいい。
念のため4本爪アイゼン・ウインドブレーカー・行動食は持参して。
たとえ低山でも、雪が積もれば別世界、吹雪いていれば別次元。
とくに晩秋から初冬の低山尾根歩きはまた格別の趣があるから、
いろんなシチュエーションを楽しむといいよ。
あ、こっちは完全ノンフィクションね。
沢屋の友人から聞いた噂話をストーリー化しただけ、
はい残念でしたw。
うまいっ座布団!って 壁にぶつかっちゃダメでしょ
詩のプレゼントありがと。
ね、ね、 睡蓮さん 私のこと軽~くいじめてる?
私も、銀世界 体験してみたいけど、なにせ会とか体験などの団体行動が苦手ですゆえ、雪山にチャレンジすることができませぬ。かといって一人で切磋琢磨するほど根性がありませぬ。
このお話も最初読んだ時は、娘さん?でお父さんが語り?と思ってたけど、実話のノンフィクションなら、奥様は山ガールなんですか?