Short-story：人間万事塞翁が馬

工業団地の裏道を走っていた。
前から歩いて来るケバいおねえさんが、すれ違いざまに手を振り何かを叫んでる、
やり過ごしてハタと気づき、車を路肩に寄せて停めた。
傘を振り回しアヒルみたいにひょこひょこ駈けてくる彼女をバックミラー越しに見て
相変わらずや、と舌打ちをした。

「何してんのこんなとこで？」
「やだあ、知らんぷりしてさあ、そのまま行っちゃうかと思ったわ。
昨日飲み過ぎてそこに泊まったの。内緒にしといてよ」
表札もない古びた２階建てのアパートをアゴでしゃくってみせた。
ふむ、１ヶ月ぶりだというのに、これか。

「それより、ちゃんと働いてるのか？」
「まあまあよ。」
「まあまあって、何してる？」
「陸自の近くのスナックでパートなんだけどさ、時給が安くってたまんないわよ」

やっぱり水商売か。
彼女が言うお店は、たしか、二次会の流れで１度行ったことがある。
生活感が滲み出た異様に派手なおねえさん二人のうらぶれたスナックだ。
そうか、あそこなのか。みょ～に納得。
「今度呑みにいくよ」、そっけなく言って別れた。

走り出して、われに返った。
亭主と会ってるか、犬はどうした、子供は生きてるか？
顔を見るとムっとして、肝心なことはきれいさっぱり聞き忘れた。
あの年で、なんで、胸の開いたブラウスに黒のミニスカをはくかぁ。
よそに女を作った亭主とは家庭内離婚、息子の非行に憂鬱なのも分かる
だからまた、酔いに任せてオトコのアパートに泊まったんだな。

彼女にムカっ腹を立てながら、迷惑ばかりさんざんなのに、ほっとけない。
私よりだいぶ年下で、オトコに節操がなくて、たいして美人でもなく、金もない。
いつもオトコに苦労して、裏切られて、困ったときだけ電話をかけてくる。
「もう電話してくるな！」と何回言ったか忘れたよ。

明日あたり、行くんだろうな、あのスナックへ。
耳もとで泣き喚くのを聞きながら、「アンタがバカなんだよ」と説教しながら、
悔しいけど一緒に嘆いてしまうだろう、あの一生懸命さに何もいえなくて。
そして彼女は吹っ切ったように呑み、喰い、笑い、踊り、この世の春を満喫するのだった。

帰りの夜道をとぼとぼ歩きながら、彼女の亭主に頼まれた「お目付け役」をこの際断ろうか、
もう少し様子みようか、今夜のことを何といおうか、夜風にまかせて悩ましい。
そして尚更、胃痛に苦しむのだ。