甲子園きっぷ  yama’s stadium☆彡

~球児たちの あしあと~

2019 輝 *:.。.キラリ.。.:* 夏  ~長野 野球旅 塁偉の夏 /6~

2020-02-07 | 2019 夏☆甲子園


2017年3月11日 軽井沢高校野球部グラウンドにて


この野球旅は、松本蟻ケ崎 塁偉の最後の夏を応援に行くことと、

もうひとつ...

私には大きな目的がありました。

この一枚に穏やかな笑顔を向けて下さった軽井沢野球部 漆原元監督さん(一番右)の

慰霊の旅...


2019年 新たな年を迎えてすぐのこと...

漆原元監督さんがお亡くなりになられたとの訃報が届きました。


漆原監督さんんは私が軽井沢野球部へ訪問をしてすぐ、

4月には軽井沢高校から上田高校へと転任され、

野球部では部長さんとしてご指導をされておられました。

私の中では軽井沢野球部の監督さんとしての出逢いでしたので

以降を漆原監督さんと記したいと思います。


2018年の練習収めも間近な2018年12月29日

選手たちと一緒に走る最中に倒れられ、そのまま意識を取り戻されることはなく突然旅立たれました。

軽井沢野球部への訪問にご協力下さった岩村田高校野球部 花岡監督さんが

私のことを思い出して下さり、知らせてあげてと塁偉のお父さんを通じて知りました。

まさか...信じられない...

いつか必ずまた長野へ行ってお会いできると思っていた漆原監督さん。

突然の訃報に言い表せない気持ち。

今もまだ受け止めきれてない深い悲しみ、またお会いできるという感覚は消えません。

あれから一年が過ぎました。

もう長野へ行っても漆原監督さんにお会いすることはできないのですが

昨夏のこの野球旅は漆原監督さんへ感謝の気持ちをもって慰霊の旅でもありました。


漆原監督さんとは奇跡的であり必然でもあった出逢いだったと思っています。

出逢いは監督さんが書かれていたチームブログを目にしたことでした。

太陽のように輝くラストボールを!~軽井沢高校野球部 磯山洋介選手の最後の夏~

進歩と変化・・・そして勇気 

2017年の春、軽井沢野球部へ訪問させていただいたときのブログです。

松本 軽井沢 野球旅~再会・・・松本いいとこ 美!観・食・酒~

松本 軽井沢 野球旅~出逢い 軽井沢高校野球部へ元気を届ける野球旅~

軽井沢高校野球部 漆原監督さん ~最後のブログ~

軽井沢野球部の念願夏単独出場には、小宮山マネージャーさんの頑張り、

それを支えられた漆原監督さん、遠山部長さんの想いが実り本当に嬉しかった。

2017夏!甲子園☆彡 第99回全国高校野球選手権長野大会 12人で挑んだ軽井沢高校の夏~道しるべ~


軽井沢野球部への訪問が実現したのは漆原監督さんの

誰隔て無く人と接して下さる温かなお人柄があってのこと。

初めてお声をお聞きしたのは束の間の休息で、ご家族と旅行へ行かれていた旅先でした。

そのような大切な時間にも関わらず、お時間を取って下さったこと...感謝。

どこの誰か分からない私を受け入れて下さり、念願の軽井沢野球部への訪問時のこと、

グラウンドに招き入れて下さり、遠山部長さん(漆原監督さんがご転任後、軽井沢野球部監督にご就任、その後他校へご転任)

もご一緒下さり、当時部員一人で頑張っていた小宮山マネージャーさんを囲み

グラウンドのベンチで色々なお話しをさせていただいたこと...

まだ肌寒い軽井沢の3月でしたが、あの日は陽差しが暖かく凛とした空気も鮮明に思い出します。

3人の会話や雰囲気は、まるで家族のようで温かな気持ちになったこと...

遠くから来た私をお気遣い下さった漆原監督さんは、

前年一人で夏を終えた選手、磯山くんも呼んで下さり、

軽井沢野球部が他校と連合チームを組み、何時間もかけて通ったというワゴン車を自ら運転して下さって

お昼を一緒にとお時間を作って下さったことも昨日のことのよう...

ご転任後も、軽井沢野球部念願の夏単独出場のことなどやり取りをさせていただき

今もそのメッセージが残っているのですが、その後の軽井沢野球部や小宮山マネージャーさんの頑張りに

「私自身も負けずに今の高校で輝いていきたいと思います」と。

またいつか必ず会いに伺おうと思っていたのですが...

本当に残念などという言葉では表せないものがあり、

ただただ、漆原監督さんとの出逢いに感謝するとともに

心よりご冥福をお祈りするばかりです。


軽井沢野球部の夏へ行けば、そこには漆原監督さんがおられる気持ちがして

この野球旅で叶えたかったひとつでしたが、軽井沢野球部は夏を終え、

残念ながら叶えることはできませんでした。

松本蟻ケ崎の試合へ向かう朝、長野駅で小宮山マネージャーさんへ連絡をしました。

彼女と会うことができたのも漆原監督さんのおかげ...

彼女の悲しみは計り知れない大きなものがありますが、

先生のもとで教わったからこそ、その気持ちを忘れてはいけない

先生の言葉や行動を私も真似していきたいと看護師を目指し頑張っている彼女。

きっとずっと見守ってくれることでしょう。


『無駄なことなんて何ひとつない』

漆原監督さんの言葉が心に残ります。

どんな小さなことでも一所懸命にそれに向かうこと、

一つひとつに意味があることを教えていただきました。


ハプニングで帰路の路線が変わったことで軽井沢駅に列車が止まり涙しました。

あの日の漆原監督さんの穏やかな笑顔を思い出しました。

野球を愛し、子供の目線で一緒に野球に取り組む漆原監督さんらしく

あの日、上田高校の選手と一緒に走り汗を流すお姿が目に浮かびました。

またお会いしたかった...

いつかまたどこかのグラウンドで、選手たちより響く声で一緒に汗を流し

夢を追いかけているかもしれないな...

ほんの数分でしたが、その空間に漆原監督さんを感じることができました。


先日、漆原監督さんを偲び書かれたコラムを目にしました。

野球ドットコムのコラム 高校野球は空の色

36歳で旅立った熱血高校野球部長の軌跡。野球を愛した漆原申也さんに捧ぐ


塁偉のお父さんが地元のベースボールマガジンに掲載されていた記事を送って下さいました。

日本だけではなくスリランカでも漆原監督さんが撒かれた野球の種が美しく花開いていること、

ご家族の想いを知ることができました。



『evergreen』

上田高校の漆原先生の教室にある先生の言葉だそうです。

常緑、不朽を意味し、音楽では「時を経ても色褪せない名曲」というニュアンスで使われるとあります。

出逢った多くの人の心の中に漆原監督さんは色褪せず生きていくことだと思います。

私も漆原監督さんとの出逢いを忘れるはありません。


ありがとうの感謝の気持ちを込めて

2019年夏 長野 野球旅・・・終。

2019 輝 *:.。.キラリ.。.:* 夏 ~長野 野球旅の記憶

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