「平和百人一首」とこのシリーズについての解説は、初回記事と2回目の記事をご参照ください。前回記事はこちらで見られます。
なお、かなづかいや句読点は原文のままとするので、読みづらい点はご了承ください。
平和百人一首
街並みは焼けて変れど目に触るる すべてなつかし還り来れば
兵庫県尼崎市西川氷長 片岡 忠行
遠く南海ラバウルに銃をとる事5年、1945年8月14日無条件降伏の日よりさらに1年 ― 身も魂もくたくたになつて漸く憧れの母国日本の土をふむ事が出来た感激のその日其処には予想以上の殆ど廃墟と化した街、昔の面影もない被爆工場、裸木のような鉄骨の群、等々。
然し作者にとつてそんな事は全然問題ではなかつた。長い歳月をひたすら恋い慕い夢見た日本が、ふるさとが、又自然が現実に目にふれて昔のまま迎えてくれた。それだけで只々涙がとめどなく頬をつたふ。
死を思はせるように変つた街も、煙をはかずサイレンも鳴らぬ沈黙の工場も唯なつかしく、常夏の島に年月を経た身には、肌にふれる5月の風の寒さにも驚き、その驚きがそのまま喜びとなつてこみあげてくる。
目にふれるもの、耳にきこゆる音、すべてが筆舌につくし難いなつかしさでいつぱいであつた。
(忠行)