辛口の中にも愛を!!ビデオグラファー愛

赤ちゃんから皇室を撮るカメラマン
そんな自身の創意と意志を伝えるブログ

「マスコミ」を「マスゴミ」と揶揄される中、だったら、どんなことを望むのだろうかと真剣に考える。

2017-06-26 04:56:07 | 日本の情景
報道の在り方、表現の在り方、が一番、ハナにつくから「マスゴミ」といわれる。

では、マスコミに何を望むのだろうか?

嘘をスッパ抜いて、人生が180度変わる著名人も
記憶に新しい週刊誌もあれば、

国営放送のように、年々、民放のように
バラエティ番組が増えたりする。

マスコミに何を望むのだろうか、何を期待するのだろうか?

人はマスコミに期待しすぎるから、
ハードルが高くなるというよりも
物事を考えることを辞め、議論も辞め、
マスコミに依存しすぎるから
そのように考える人が増えたんだなぁーと強く感じる。

近々では、著名人が亡くなる報道を
「ゴミだ!」と斬る人がいます。

ただ、その裏には
そんな取材を支えるために、記者、番組ディレクター、カメラマンとか
多くの人が取材に関わり仕事として生業を立てている。

マスコミといえどもボランティアでは無いから。。。

逆に、あえて「マスコミ」以外でも
他の業種も同じことが言えるのではと感じる。


例えば、、、、
電車を運行する会社 「飛び込みが自殺が多いからホームドアを接ししないのは罪だ!」とか

スピード違反を検挙する「警察」を、国家権力の犬などと言ってみたりとか、

無駄に税金を使っている地方自治とか、

 言われっぱなしであるし、「言ったもの勝ち」的な風潮が嫌いである。

まぁ、「その後の結果報告」を果たしていない
マスコミの「やりっぱなし」的なところも目について安泰とは言えないところではありますが、

「マスコミ」や「表現者」に寛容で無い国となりつつある。
要は、「クレーマー大国 日本」という表現が適切である。

もっと、寛大でも良いのでは? マスコミと一緒に考えるという姿勢が
必要だと感じるのは可笑しいことだろうか。

「陽射しをいい天気」と感じる人もいるし、「ただ、暑いだけ」と受け取る人もいる。やっぱ、人間って面白いね。

2017-06-26 04:28:21 | 会社経営
仕事でもプライベートでも、様々な人と触れ合う事が多い中で、
「嫌味」と言うほどでも無いけど、
その言葉の意味の曖昧さからくる誤解とか、本音とのギャップに驚くことが少なく無い。

恐らく、相手としては悪気がないと思って
話しているけど、話しかけられた当人は
「嫌味を言われている」と思うということ。

受け取る側も、「心が狭いなー」と言われてしまえば
それまでだが、やはり、言われた言葉の真意を探りつつ
考え出してしまうとキリがなくなり、それを、打破しようと
良い方へ考えるようにする。

もしかしたら、自分が言われるばかりではなく、
自分が他人へ放つ言葉も、そんな誤解があるのでは?と、
疑心暗鬼になる。

まぁ、自分が言われる方なら
他人を傷つけられるわけでは無いので
良いとするか、が、結局のところではある。

普段「声を荒げて怒る」ことなんて滅多にないけど、政治家というより人としての資質なんだろうなぁーと感じる。

2017-06-24 06:50:41 | 日本の情景
先週は、都議会の議員選挙の開示とあって、慌しかった。

中でも、秘書に暴言と暴力を働いた政治家がいたけど
何はともあれ、政治家 官僚の世界も「ブラック企業」と
同様なんだなーと感じてしまった。

要は、民間企業でいうところの「コンプライアンス」なんて
関係ないところが面白い。

で、何が面白いかというと、
結局、「記憶にありません」「忘れました」で始まり、
暴言吐いて、暴力を振るう。

普通に今でもこんなことがまかり通っている世界が
身近にあったんだなぁーということ。

、あぁ、「怒るな」「怒らない」とまでは申しませんが、
結局、自分自身が満たされてないから、荒げて怒るんだろうね。

で、私生活も荒れているから満たされないわけで
そんな親の子供も可哀想だし、果たして、普通に友人知人と
接することなんてできず、イジメの発起人になるなんていうことを
実際にいくつも目の当たりにしてきた。


百歩譲っても、譲りきれないくらい
人に暴力を働くなんて道場の余地はなし。

政治家になる以前に
私生活が満たされた人を選出する必要があると思うのは私だけだろうか。

で、そんな政治家の応援者の資質も問われる。
まぁね、仙人ではないのでそんな政治家の内面を
全て見通すなんてできないけど、
なんとなく、そんな性格があることを感じているのではと思う。

下手すると、そんな支持者も同罪なのかもしれない。

核開発 原子力よりも医療、とりわけ、癌の撲滅に税金を使った方がいいと思う

2017-06-23 10:31:05 | 日本の情景
原子力開発で、国民は誰も得をしないとしないと分かった日本なのに
原子力発電所を運営しようとしている。

まぁ、直接的な被害は自分にはないこともないけど
廃炉にも莫大な費用がかかるのなら
いっその事、その「核開発」の技術を
医療へシフトすべきと感じるのは自分だけではない。

医療と言っても幅広いけど、
やはり「癌」に関する研究が日本は遅れている。

国立癌研究センターの統計にも
年々、死亡率が高まっていると報告されている。

医療研究も含め、
意味のないことに予算を使ってほしくないなーと感じつつ、

日々、癌で亡くなる人の無念さを感じる。

ビデオ収録は、編集後の尺を加味して、せいぜい2倍から2.5倍の収録尺がちょうどいいと思う、それ以上は罪つくりかもね。。。

2017-06-21 23:23:35 | 日本の情景
ドキュメンタリーと言えども、演出された世界であるというのが持論です。

45分のドキュメンタリー尺を編集するなら
せいぜい、90分くらいのビデオ収録で撮影しないと
最初に考えていた本質より迷いが生じ、内容がぶれると自身は感じる。

よく、いろいろ撮影して素材が、多いことに越したことは
ないというご意見をいただきますが、
それは制作側の「直感力」と「完成イメージ」が、
乏しいすぎると感じるのは
自分だけだろうか。

確かに、「現象から曲折があり結果へと進むのが現世」である。

その現象が起こるであろう瞬間が撮影できれば
中間結果はさほど気にしなくても結果を撮影できれば
いいのでは?という場面が多い。

例えば、こんな具合である。。。

ボール遊び —— サッカー 野球 バレー バスケと何をするのか迷う —  結果として野球を選びました。

という、演出を考えるとする。

恐らく、取材の段階で、どの競技に興味があるのか無いのか
直感として取材対象者の動向がわかると思う、
だったら、興味がありそうな競技の様子をもしくは
その周辺を濃くして撮影できればと感じてしまう。

そこで、なぜ、他のスポーツが嫌いなのか?という
視点が見え隠れすると、すごくドキュメンタリーとして
盛り上がるかもしれないけど、決められた尺の中に収まるのかが
カメラマンとして不安になる。

まぁ、編集済みの本編尺を気にしなければ
OKなのでしょうが、人間は集中して映像を観てられる時間が
せいぜい90分である。

もし、90分を超えなら、続編として別に仕上げる必要があると感じる。

でないと、ネタの新鮮さもさることながら
視聴者に訴えるインパクトが薄くなるという持論である。

誤解して欲しく無いのが、
「長期間」のロケを否定することではなく。
無意味な長回し撮影が増えていることに疑問を感じる。
物理的に春夏秋冬での出来事を狙う面白さがドキュメンタリにはあるので。。。


そして、結婚式の記録ビデオについても明言はしない。

恐らく、言おうとしていることはお察ししていただけていると感じますが、
「無意味な間」を撮影することの意味が見え隠れしているからである。

本当、映像制作って魔物です。