Steel Pan 珠(たまき)

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ぶっ倒れてるけど気持ちは元気!

2023-07-21 11:05:00 | スティールパンで童謡唱歌
ぶっ倒れております。
気持ちは元気ですが。
早よ治さんば!!!
無理しすぎたぁー!!!


7月21日。
スティールパンで童謡唱歌(202)
『赤い靴』
作詞:野口雨情
作曲:本居長世


『赤い靴』は1922年(大正11年)に発表された童謡です。

歌詞は、実話を題材にして書かれたという説があるそうです。

以前、羽田から横浜を通って、山梨の身延(みのぶ)へ行く観光バスの中で"赤い靴"について聞いたことがあって、それと同じ内容がWikipediaにあったので引用します。

野口雨情サンは1907年に札幌の北鳴新聞社に勤めていたときに岩崎かよサンという女性と知り合う。

「定説」によると、この岩崎かよサンの娘・佐野きみサン(1902年7月15日 - 1911年9月15日)がその赤い靴を履いていた少女のモデルとされた。→「佐野」は戸籍上の名前。

岩崎かよサンは静岡県有渡郡不二見村(現在の静岡市清水区宮加三)出身で、山梨県の紡績工場に働きに出ていたが、1902年に身重となり、1人で帰郷して"きみ"サンを生んだ。

かよサンは1903年に北海道に移民として渡り、そこで鈴木志郎サンらとともに平民社農場で開墾に携わった(1906年に鈴木志郎サンと結婚)

しかし、開拓生活の厳しさもあり、1905年〜1907年頃に娘のきみサンを養女に出したという。

かよサンは娘・きみサンの養育をアメリカ人宣教師のヒュエット夫妻に託すことになった。

やがてヒュエット夫妻は本国に帰る事になったが、その時きみサンは結核に冒されており、渡米できず、東京・麻布の鳥居坂教会の孤児院「永坂孤女院」に預けられることになった。

きみサンは孤児院で母親に会うこともできず、9歳で亡くなったという。

母親のかよサンは、きみサンはヒュエット夫妻と一緒にアメリカに渡ったものと思いこみ、東京の孤児院で結核で亡くなったことを知らないまま一生を過ごした。

野口雨情サンは1907年に札幌の北鳴新聞社に勤めていたとき、鈴木志郎サンと妻のかよサンとの親交を深め、娘のきみサンの話を聞かされた。

その後、1921年に、この話を題材にして『赤い靴』が野口雨情によって作詞され、1922年に本居長世作曲で童謡になった。

…ということでした。


【歌詞】
1.赤い靴はいてた 女の子
異人さんに つれられて 行っちゃった

2.横浜の 埠頭(はとば)から 
汽船(ふね)に乗って
異人さんに つれられて 行っちゃった

3.今では 青い目に なっちゃって
異人さんの お国に いるんだろう

4.赤い靴 見るたび 考える
異人さんに 逢うたび 考える


◎似ている曲シリーズ
7月上旬に弾いた『きらきら星』

その時に目にしたのがですね、モーツァルトサンの『きらきら星変奏曲』の第8変奏の一部に『赤い靴』が似ている!ってことなんです。
参考YouTube、拝借。

マイナーな感じ、出だしが似てますね。
世の中にはいろんな曲が溢れているので、似ちゃうのも仕方ないみたいですね!

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咳と声枯れ…でも元気!がんばるどん!

2023-07-20 08:00:00 | スティールパンで童謡唱歌


もんのすごい疲れた時・頑張っちゃった時、喉をやられて咳とガラガラ声になる症状が出るわたし。
それがやって来ました💦

熱はなく、身体もだるくありません。
ただただ、喉の辺りの違和感と、咳と声枯れ。。。

頑張りすぎだぞ!!!と思ってはいたけれど、頑張りすぎないといけない時ってありますよね。
それで身体を壊してしまったら元も子もないですが💦
大変だったけど、怒涛の4日間を駆け抜けて後悔はありません!

さて、200曲を超えて、本日は長崎にゆかりのある曲です!


7月20日。
スティールパンで童謡唱歌(201)
『美しき天然』
作詞:武島羽衣
作曲:田中穂積


この曲は、瀧廉太郎サンの歌曲『花』の作詞者として知られている武島羽衣サン作詞、私立佐世保女学校の音楽教師であった田中穂積サン作曲の1902年に完成した唱歌です。
『天然の美』とも呼ばれるそうです。

◎この曲ができるまで。
私立佐世保女学校の音楽教師でもあった田中穂積サンが、烏帽子岳や弓張岳からの九十九島や佐世保湾など、佐世保の山河の美しい風景に感動し、これを芸術化して世に広めたい!と考えていたそうです。
そこで、折りよく入手した武島羽衣サンの詩に作曲し、この曲が誕生したとのこと。
この武島サンの詩は佐世保とは無関係だったそうですが、田中サンの思い描いていた九十九島にぴったりだったそうです。

大好きな長崎☆
九十九島で遊覧船に乗ったことあります!笑
佐世保はあまり行ったことがないので、今後たくさん行きたい場所です!

さてさて。この曲!
「ワルツのテンポで」と楽譜に表示されていることから、「日本初のワルツ」とされているそうです。

…が、はい、ここで「日本初のワルツ」問題!笑。

199曲目の『港』も、日本初のワルツという表記がありました。

『港』が発表された1896年以前にも、『野ばら』など、ワルツ調の唱歌はすでに歌われていたそうですが、それらはヨーロッパの音楽に日本語の歌詞をつけたもので、日本オリジナルのものではなかったようです。

なので、『港』は作詞も作曲も日本人が手がけている3拍子の唱歌ということで、「日本初のワルツ」と言われているようです。

が!しかし。
3拍子だからといって、必ずしも"ワルツ"ではなく(※)、『港』より後に"ワルツ"として作曲され、発表されたのが『美しき天然』であったため、「日本初のワルツ」と言われているということでした。

※ワルツとは…3拍子の優雅な踊り、またその音楽のこと。 日本語では円舞曲。
3拍子の中には、ワルツやメヌエットなどの形式があったり、ワルツでも、ワルツとウィンナワルツがあったり…と掘り下げていくと面白そうですね。

ちなみに。
・メヌエットはフランス発祥
・ワルツはオーストリア・南ドイツ(ハプスブルグ帝国)発祥
…です!

私の勝手なイメージでは、
3拍子は三角に指揮を振る感じ。
ワルツは楕円形に指揮を振って、ひと振りで1-2-3…って感じるような…?

なので、『港』はイチ・ニ・サン!(ブンチャッチャ)って三角形に指揮を振る感じで、『美しき天然』は流れるような楕円形を描くようなイメージ=ワルツ(伴奏で"チャンチャンチャン"って叩いちゃってますが)ってことかな?と。(説明があまり上手ではない…まとめ下手…笑)

って。どんどん溝にハマっていく感じがするので3拍子とかワルツに関してはこの辺で!笑


さてさて、もうひとつ、この曲には日本初があるそうで、それは「ヨナ抜き短調曲」=日本の歌謡曲のルーツともいえる!とのこと。

中山晋平サンは『船頭小唄』で、古賀政男サンは『サーカスの唄』『影を慕いて』『悲しい酒』でメロディーをほぼ流用しているそうです!
(弾いていて、似てるなぁ〜と思いました!by古賀メロディー大好き人間より☆)


【歌詞】
1.
空にさえずる 鳥の声

峯より落つる 滝の音

大波小波 鞺鞳(とうとう)と

響き絶えせぬ 海の音


聞けや人々 面白き

此の天然の 音楽を

調べ自在に 弾き給(たも)う

神の御手(おんて)の 尊しや

2.
春は桜の あや衣(ごろも)

秋は紅葉の 唐錦(からにしき)

夏は涼しき 月の絹

冬は真白き 雪の布


見よや人々 美しき

この天然の 織物を

手際見事に 織りたもう

神のたくみの 尊しや

3.
うす墨ひける 四方(よも)の山

くれない匂う 横がすみ

海辺はるかに うち続く

青松白砂(せいしょうはくさ)の美しさ


見よや人々 たぐいなき

この天然の うつしえを

筆も及ばず かきたもう

神の力の 尊しや

4.
朝(あした)に起る 雲の殿

夕べにかかる 虹の橋

晴れたる空を 見渡せば

青天井に 似たるかな


仰げ人々 珍らしき

此の天然の 建築を

かく広大に たてたもう

神の御業(みわざ)の 尊し


◎ 武島 羽衣(たけしま はごろも)サン
1872-1967、東京都生まれ。
国文学者、歌人、作詞家。

◎ 田中 穂積(たなか ほづみ)サン
1855-1904、山口県生まれ。
作曲家、海軍軍人。


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怒涛の日々でした&200曲目ー!!!

2023-07-19 08:35:00 | スティールパンで童謡唱歌
長崎で見つけたパンダミニポーチ。
表も裏もかわいい。
NAGASAKIの文字も入ってて、好き好きコラボで超好きっ!!!ww(語彙力💦)


怒涛の4日間でした。
昨日のブログに書いたように、7/14からはこんな感じでした。

7/14、突然の訃報を聞き急いで飛行機を予約。
7/15、朝イチで長崎へ。
7/16、最終で横浜に戻り…。
7/17、亀戸梅屋敷サンで演奏。
(日焼け止めをいただいて塗ったのに…顔・首・腕はヒリヒリ…😵)

そして、昨日7/18は朝イチで再び長崎へ✈️
11:00〜の密葬にギリギリ到着!
(密葬と聞いて、行っていいものが悩みましたが、とある方に伺ったら、身内だけではないし、失礼でもないからおいで!って言っていただけたので行って来ました。)
(7/15-16は母と2人、7/18は私1人。4日間で長崎2往復☆)

昨日行ったら、長崎の方々にも「よく来てくれたね…」と言っていただけて。
それもこれも、全て大好きな大好きな、そのお方のおかげで。

まだたまに泣いちゃうけど、少しずつでも進んでいかないと。

後悔はふたつ。
①早くくれ!!!と言われていた、米寿の会の写真が間に合わなかったこと。

②私の将来を心配してくださって、いいご縁があるように…と、いつも応援&お声がけくださっていたのに、そういう人が現れず(探しもせず!?w)、紹介できなかったこと。…でもこればかりはなんとも言えませんけども💦

③あ、あと、コロナ禍で長崎に行けなかったけど、コンサートばっかり行ってて長崎には来ないんだよな…って拗ねてたよ!と伺いましてね。(皆様月刊タマキィーをよく読んでくださっていることがわかりました✨)
もし私が知らぬ間にコロナになってたら…と思ったら怖くてお会いできなかったんですけどね。。。

後悔を考え始めるとどんどん出て来ちゃうので、素敵な思い出をたくさん思い出して、忘れないように(忘れないけど!)、私の長崎歴史と共にまとめておこうかな!


そんなこんなで、
初めての飛行機✈️"前日"予約!(3連休で予約難易度増し増し😮…とか(いろんな意味で凄かった!!!)

初めて、4日間で長崎2往復!とか、

久々の日帰りとか、、、(今回で2回目)

実によく動きました!
今日は喉が痛くてぶっ倒れております。喉以外はまぁまぁ元気。
あ!それと、今回寝不足続きで飛行機に乗ったので、昨日は耳が激痛で参りました😵
何があっても寝ることは大事!!!ですね。
怒涛の4日間の寝不足分を取り戻します!笑。

今回のために、スケジュール調整してくださった方々や、心配してくださった方々、車を貸してくださったり、宿を手配してくださったり、、、長崎や福岡の皆々様、この度は誠にありがとうございました🙏


久々前置きが長くなりましたが、本日200曲目!!!!!

7月19日。
スティールパンで童謡唱歌(200)
『花火』
作詞:井上 赳
作曲:下総 皖一


(昭和16年)、文部省発行「うたのほん(下)」に掲載された文部省唱歌です。うたのほん(下)は、国民学校2年生用の教科書にあたるそうです。

打ち上げ花火を見た気持ちをそのまま表現している曲ですね!

私、ドンとなった花火"が"キレイだな〜って歌ってました!笑。
しかも、「花火だ」というところの音程も間違えてました!
なので、原曲なのに違和感…でした!

【歌詞】
ドンとなった花火だ きれいだな
空いっぱいに ひろがった
しだれやなぎが ひろがった

ドンとなったなんびゃく 赤いほし
いちどにかわって あおいほし
もいちどかわって きんのほし

 
◎「しだれ柳」という花火は、日本の花火の代表的なものだそうです。柳の木のように、高いところから長い時間かけて垂れ下がって落ちてくる、あの花火ですね!!!大好きな花火です。

◎赤いほし、あおいほし、きんのほし…
どんどん変わっていく打ち上げ花火の様子がすごくよくわかりますね☆

◎打ち上げ花火といえば、「たぁまやぁ〜」って言いますよね!?
あれはなぜ?って思っていたことがあります。

たまや=玉屋で、江戸時代の花火師の名前だそうです。
玉屋の他にも、"鍵屋"があって、古くからの花火師の名前ですって。

江戸時代、打ち上げ花火が急速に発展、花火界のトップにいたのは「鍵屋」だったそうです。

1733年に現在の隅田川で花火大会が開かれ、大活躍したのが"本橋横山町"の花火師「鍵屋六代目弥兵衛」だそうで、鍵屋の弟子がのれん分けして独立したのが「玉屋」だということでした。

しかし、この玉屋は花火大会で大火事を出してしまい、江戸から追放された…と。
ガーン( ̄◇ ̄;)

玉屋は技術に優れていて、1代で耐えたとしても江戸の人々の心に残る素晴らしい花火を作ったという説や、ただ語呂合わせで叫びやすい説などがあるそうです。

*****♪*****

あぁ〜、花火大会に行きたいなぁ…
(人混みは苦手)
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日々タイトです。(199曲目)

2023-07-18 04:22:00 | スティールパンで童謡唱歌
7/14、突然の訃報を聞き急いで飛行機を予約。
7/15、朝イチで長崎へ。
7/16、最終で横浜に戻り…。
7/17、亀戸梅屋敷サンで演奏。
(炎天下、直射日光、楽器も私も大変でした!日本舞踊やダンスの皆様も大変でした💦)
しかし、とても好評で!
皆様に楽しんでいただけてよかったです😊








うむ。心身ともに大変です。
しかし、踏ん張らねばなのです。


7月18日。
スティールパンで童謡唱歌(199)
『港(みなと)』
作詞:旗野十一郎
作曲:吉田信太


※言い訳→上記のように、土曜日から非常にタイトなスケジュール(&大切な・お世話になった方とのお別れのため)、心身ともに追いついていないので、今日はザックリ解説です。歌詞の意味は後ほど!!!)


1896年(明治29年)に発行された新編教育唱歌集の第3集に収録されたそうです。
最初は『湊』のちに『港』になり、最終的に『みなと』になったとのこと。

この曲は、日本人が作曲した初めての3拍子の曲!だそうです。
(いや、でも、『美しき天然』という曲も日本初…とあったけど!?!?)→数日後の曲で解説!


【歌詞】(旗野サンバージョン)
1番
空も港も夜ははれて
月に数ます船のかげ
端艇の通いにぎやかに
寄せくる波も黄金なり

2番
林なしたるほばしらに
花と見まごう船旗章
積荷の歌のにぎわいて
港はいつも春なれや


2番の歌詞は元々作られた「林なしたる」の歌い出しの旗野サン版の他に、林柳波サンによる別バージョン(補作詞)が存在し、林版の方が現在は一般的になっているとのこと。

【林柳波サンによる2番の歌詞】
響く汽笛に夜は明けて
いつか消えゆく空の星
大漁の歌も勇ましく
朝日を浴びて船帰る


◎広島市の歌碑
1973年(昭和48年)に全日本海員組合の宮城伸三サンが広島に赴任してきた時に、ある老人から「みなとは宇品を歌った歌である」という話を聞いたそうです。
本土と元宇品を結んでいる暁橋(通称・めがね橋)から見た風景を歌っているとのこと。


◎横浜市にも歌碑がある!?
作曲者の吉田信太サンが横浜市在住で、神奈川県の学校で長らく教鞭を取り、日本有数の横浜港に近かったという由来で、2014年6月に「港の見える丘公園」に歌碑がたてられたそうです。
※この場所で作曲されたわけではないそうですが!


◎作詞家さん、作曲家さんのことも、後ほどココに追記します。
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今日は亀戸〜!そして、今日の曲〜!

2023-07-17 08:20:00 | スティールパンで童謡唱歌
おはようございます!
本日、こちらのイベントに出演です!

非常に激しいスケジュールの中を進んでいます。
ひとつひとつ、しっかり進みます。


7月17日。
☆海の日です!☆

スティールパンで童謡唱歌(198)
『うみ』
作詞:林柳波
作曲:井上武士


この曲は、1941年(昭和16年)3月に発行された『ウタノホン(上)』で発表されたそうです。

海は広いな!大きいな!という、簡潔で力強い詞がとてもインパクトがあり、さらに覚えやすい!という素敵な大好きな曲です。

初出時の題名は片仮名の「ウミ」だったそうで、のちに「うみ」に改訂、さらに「海」と表記されるようになったとのこと。

私はずっと、ひらがなで『うみ』だと思っていました(^_^;)

前回の『海』はこちら!
https://youtu.be/UaVLQN-bsog

【歌詞】
(内容を書こうとしましたが、そのまま過ぎるので、歌詞をそのまま引用しますm(._.)m)

1.
うみは ひろいな
おおきいな
つきは のぼるし ひがしずむ

2.
うみは おおなみ
あおいなみ
ゆれて どこまで つづくやら

3.
うみに おふねを
うかばせて
いって みたいな よそのくに


本日まで乗って"海"シリーズでしたが、もう1曲海関係?がありました!
明日は『港』という曲です!(*^▽^*)


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7月16日、197曲目。

2023-07-16 06:35:00 | スティールパンで童謡唱歌


おはようございまーす!
今日も、前置きなし〜☆です。

7月16日。
スティールパンで童謡唱歌(197)
『海』
作詞:文部省唱歌
作曲:文部省唱歌


『海』…『うみ』…と聞くと、
♪う〜み〜は〜ひろい〜な〜
 おおき〜い〜なぁ〜
…という方を思い出しますが、それは1941年に発表されたそうで、本日の曲は、1913年(大正2年)に発行された『尋常小学唱歌 第五学年用』にて発表されたそうです。

昼と夜…などの対句を効果的に使いながら、海の情景を歌っています。

第二次世界大戦後も小学校の音楽の教科書に掲載され続けていたそうですが、1992年(平成4年)で掲載を終了したということです。

この曲について、、、
◎芥川也寸志サンは、
「メロディーは、旋律学の上からみて、まことに完璧」と高く評価したそうです。

◎中村幸弘サンは、
「実に長閑な風情、落ち着いた雰囲気の、心豊かな生活が見えて」くると評価する一方、「いささか、難をいえば、その風雅さを仕立てすぎていまいか」としたとのこと。
また、1番の歌詞から九十九里浜を連想したそうですが、この歌に特定のモデルはなく、「“海”のために必要な和語を集めて、みごとに構成したもの」と評価されたそうです。


【歌詞】
1.
松原遠く消ゆるところ、
白帆の影は浮かぶ。
干網浜に高くして、
かもめは低く波に飛ぶ。
見よ、昼の海。
見よ、昼の海。

2.
島山闇に著(しる)きあたり、
漁火、光淡し。
寄る波岸に緩くして、
浦風輕く沙吹く、
見よ、夜の海。
見よ、夜の海。


言葉のひとつひとつは、今では難しい感じがしますが、本当に、その海の情景がはっきりと浮かぶような詞だと思いました。

明日は"海の日"。
皆様よくご存知の『うみ』、お送りします。
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2023年、196日目。196曲目の曲!

2023-07-15 05:30:00 | スティールパンで童謡唱歌



本日は、スティールパンで童謡唱歌だけのブログです。

7月15日。
スティールパンで童謡唱歌(196)
『われは海の子』
作詞:文部省唱歌
作曲:文部省唱歌


1910年(明治43年)発行の文部省『尋常小学読本唱歌』に掲載された曲だそうです。

作詞者・作曲者ともに不詳とありましたが、文部省の募集に応募した鹿児島出身の宮原晃一郎サンの歌詞が採用されたということでした。

漁村生まれの少年が、強靭な肉体と精神を誇る姿を表現した歌だそうです。
(私は最初しか知らなくて全部歌えませんでした(^_^;))

古い歌は、それだけいろんな歴史があるので、とても勉強になります。

今では歌詞が3番までですが、当初は7番まであったそうです。

【歌詞】
1.
我は海の子 白浪の騒ぐ磯辺の
松原に煙たなびく
苫屋こそ我が懐かしき 住家なれ

2.
生れて潮に 浴して浪を子守の
歌と聞き千里寄せくる
海の気を吸いて童と なりにけり

3.
高く鼻つく 磯の香に不断の花の
薫りあり渚の松に
吹く風をいみじき楽と 我は聞く

*〜*〜*〜*〜*

4.
丈余の櫓櫂 操りて行手定めぬ
浪まくら百尋千尋
海の底遊びなれたる 庭広し

5.
幾年ここに 鍛えたる鉄より堅き
腕あり吹く塩風に
黒みたる肌は赤銅 さながらに

6.
浪に漂う 氷山も来らば来れ
恐れんや海まき上ぐる
竜巻も起らば起れ 驚かじ

7.
いで大船に 乗出して我は拾わん
海の富いで軍艦に
乗組みて我は護らん 海の国


【歌詞の意味】
(引用させていただいたページがどこか調べる前にバタバタして、どのページかわからなくなってしまいました、ごめんなさい!!!拝借しますm(_ _)m)

<1>
私は海の子供だ。
波しぶきのあがる海岸の松林煙が漏れて流れていく粗末な家は、私が住んでいた懐かしい家である。

<2>
産まれたら海水で体を洗い、波の音を子守唄にして、はるか遠くから流れてくる海の力を吸い込み、立派な子供に成長したものだ。

<3>
強い磯の香りの中に、絶え間なく咲き続ける花の香りが混ざっている。
海沿いの松林に吹き抜ける風の音は、素晴らしい音楽として私には聞こえてくる

<4>
長いオールを操って行く先を決めずに船旅に出る。
とても深い海の底は遊び慣れた広い庭のようである。

<5>
何年もここで鍛えているので、鉄のように固い腕になった。
潮風が吹き、日焼けをし、黒くなった肌は赤銅のようだ。

<6>
もし氷山が漂って来たとしても、来るなら来い、私は恐れない。
海から竜巻が起こったとしても、起こるなら起こるが良い。私は驚かない

<7>
さあ、大船に乗り、私は海産物を集めよう。
いざ、軍艦に乗り、私は日本の国を守ろう。


敗戦後、7番の歌詞は国防思想や軍艦が登場するという理由でGHQの指示により教科書から削られたそうです。
1947年(昭和22年)以降、小学校では3番まで教えられ、1980年(昭和55年)より、「難解な言葉が多く、子供の生活になじまない」という理由で、共通歌唱教材から外されたようですが、日本国民の間の人気は高く、1990年(平成2年)から教科書に復活したとのこと。

生活に馴染まないからカット!…ではなくて、こういう曲もあったんですよ…と意味も簡単に教えつつ、古き良き曲たちを歌い継いでいってもらいたいと、私は思います。
(私の世代は習わなかったかも?復活してギリギリ習ったかどうか…です…)
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集中力発揮!頑張った〜!!!(アルバム制作)

2023-07-14 08:00:00 | スティールパンで童謡唱歌
おはようございます😃


昨日は夕方から6時間?7時間?くらい、ぶっ通しで、アルバムを作っていました。
集中力すごいっ!!!笑。

ネットプリントでフォトブックを注文…と思いましたが、選んだ写真を丁寧に並べながら、想いを込めて作業できるって、やっぱりいいな、と思いました。

我が家のプリンターも大活躍☆
綺麗に印刷できました◎

カメラマンのおふたりの上手なことっ!!!
中でも、いつもたくさんお世話になっているアキラちゃんの写真に、米寿のおふたりの背中を狙って撮っている写真があって、ものすごく感動しました。

88年の背中。
生まれは全く違う場所だったけれど、おふたりが出会い、これまで生きてきた、その88年が語られているような背中の写真。

あきらちゃんに、いい写真だね!とラインをしたら、しっかり狙って撮ったそうで、さすがだなーと思いました。
画面ぼかしましたが、背中の雰囲気、伝わるかなぁ?


さぁ、一つ一つ着実に進んでいます!
手首のガングリオンは2つになっちゃって痛いけどっ!!!
でもほっとくしかない。

さぁー、今日はリハーサルとレッスン仕事。

あ!告知を忘れてました!
7/17、梅屋敷で演奏しまーす☆
以前、明治記念館のビアテラス演奏でお世話になった日本舞踊の美尾屋さんとのコラボレーション🎶
楽しみです!


では、海関係の曲2曲目!
どうぞー!

7月14日。
スティールパンで童謡唱歌(195)
『浜辺の歌』
作詞:林古溪
作曲:成田為三


「浜辺の歌」は歌曲なのですが…☆
大好きな曲なので、過去の歌曲同様、"スティールパンで童謡唱歌"に入れてみました!

2007年には「日本の歌百選」に選定されています。
現在でもたくさんの方々が歌っていますね!
歌曲の中でのジャンルは"叙情歌"だそうです。

【歌詞】
あした浜辺をさまよえば
昔のことぞしのばるる
風の音よ雲のさまよ 
寄する波も貝の色も

ゆうべ浜辺をもとおれば
昔の人ぞしのばるる
寄する波よ返す波よ
月の色も星のかげも

はやちたちまち波を吹き
赤裳のすそぞぬれひじし
病みし我は すでにいえて
浜の真砂 まなごいまは


◎歌詞について
1913年(大正2年)8月に、林古渓サンは東京音楽学校(現在の東京藝術大学)学友会が発行する雑誌「音楽」に『はまべ』と題した三節からなる詩を発表したそうです。

当初、第一節、第二節はすべてひらがな表記、第三節も「赤裳」「真砂」(「マナゴ」とルビがある)の2語のみ漢字で後はひらがなだったとのこと。
この曲(歌詞)の舞台となった「はまべ」はどこか?→林古渓サンが少年時代を辻堂で過ごしたことから、辻堂海岸を思いだして書かれたとする解釈が多いそうです。

◎作曲について
東京音楽学校に進学した成田為三サンは、「音楽」編集者の牛山充サンから林古渓サン詩を紹介され、『はまべ』への作曲を勧められたとのこと。
牛山サンは旧知の山田耕筰サンに『はまべ』の作曲について相談した結果、山田耕筰サンのもとに住み込みで弟子入りしていた成田為三サンを紹介したそうです。
成田為三サンは、当時流行したウィンナ・ワルツのリズムに乗せた曲を書き上げたということでした。

成田為三サンは秋田県出身ですが、東京に住んでおられ、東京大空襲で家が全焼…、書いた楽譜や集めてきたレコードなどすべて焼失…。
途方に暮れた成田為三サンは一時秋田へ帰郷したが、その後終戦を迎え、東京へ戻ってきたそうです。
しかし成田為三サンは列車を降りたところで突如体調管理となりそのまま亡くなってしまったということです…(泣)
成田為三サンは戦後の日本を見ることはできなかったけれど、1947年(昭和22年)、文部省が新たに編纂した中学生用の教科書「中等音楽」に『浜辺の歌』が掲載され、1977年(昭和52年)以降は中学校学習指導要領において「夏の思い出」「早春賦」と並んで第2学年の「共通教材」として指定されたとのこと。


◎林 古溪(はやし こけい)サン
1875-1947、東京都生まれ。
歌人、作詞家、漢文学者、立正大学教授、東洋大学講師。


◎成田 為三(なりた ためぞう)サン
1893-1945、秋田県生まれ。
日本の作曲家。

今までに弾いた、成田為三サンの曲。
もっとたくさんあると思ったら、2曲でした!笑

『赤い鳥小鳥』

『かなりや』
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やることいっぱいすぎる今日この頃。いつもか!!!w

2023-07-13 07:35:00 | スティールパンで童謡唱歌


【重なる時は重なる〜!】
①お祝い会の写真…フォトブックを作るには。もう少し時間がかかってしまうので、先にスナップショット的な、我が家でプリントアウトしたものを早くお送りしなくては!!!と思っていて、やっと昨晩着手!!!

あとで改めてフォトブックをお送りするので、今回の写真は少し軽めに…と思っていたら100枚になってしまった…。


しかも、やはり白い枠はないほうがいいだろうな〜…と、カッターで切っていたけど、ハサミの方が早い…いや、カッターの方がいい?と、90枚ほどハサミやカッターで気力でカットし終えた25時✂️(光沢紙もインクもギリギリ足りた♡)




やはり、喜んでいただけるようにしなきゃですわ。
タマキという人間は、とことんやる…になってしまうですねー☆😆

今日中にアルバムなどを買ってきて、写真をセットして、送るのだぁーーー!!!!!
お待たせしているので早くせねばー!!!


②チラシも早くしなきゃ!!!


9/18に企画しているコンサートのチラシづくり。
今月末には配り歩く&手紙出しまくりまするっ!!!
7月末に情報流します!!!
詳細、今しばらくお待ちください🙏


③昨日はしっかり今日の分の童謡唱歌解説が書けた!しかし、動画の編集がたらふくあって…。
その分の解説も調べなきゃだし。
ふぎゃー!がんばらんばー!!!!!


④金曜日にリハーサルがあるのじゃー!!!
譜面探しと練習と〜…
いつやるのじゃー!
今日しかないじゃんかー!笑。
今日は仕事後に買い物してきてアルバム作らにゃダゾ!?
両方やるんだな!


⑤そして。
パスポートの受け取り〜…、
10センチ以上に積もっているプリントのチェックや成績処理〜…、
週末のスティールパンのリハのための練習〜、

…部屋は片付かないままです。。。

そんなことはさておき。
仕事に行く前に、今日はアップできます!

7月13日。
スティールパンで童謡唱歌(194)
『なみとかいがら』
作詞:まどみちお
作曲:中田喜直


本日から海の日(7/17)に向けて。
『海』5daysシリーズです!
…と思ったら、その後も海関係があって6daysになりました!笑

本日の曲『なみとかいがら』は、幼児向けの歌集に収録された曲だそうです。

私は知らない曲でしたが、まどみちおサンと中田喜直サンコンビの曲だと知って、弾くのがとても楽しみな曲でした☆

…といっても、今までに、まどみちおサン×中田喜直サンって弾いたことなかったみたい!?

それぞれ、よく見る名前だから勝手にコラボ曲があったと勘違いしていました!

さてさて、海辺や砂浜をモチーフにした童謡ですが、「貝殻」がテーマになっている歌詞と、ゆったりとした時間が流れていそうな海を想像させるメロディーがとてもよく合っています。

【歌詞の内容】
歌詞の中には、3つの貝殻が出てきます。
①うずまき貝がら
②ももいろ貝がら
③まんまる貝がら

それぞれの貝が「どうして できた?」という問いのような歌詞に続いて…

①波がぐるぐる うずまいてできた
②波がキラキラ 夕焼けてできた
③波がまんまるい泡を立ててできた

という、まどみちおサンらしい、わかりやすくやさしい歌詞になっています!(*^▽^*)

◎まどみちおサン
1909-2014、山口県生まれ。
日本の詩人。作詞家。

♪これまでに弾いた曲。
『ぞうさん』

『やぎさんゆうびん』

『一年生になったら』

『ふしぎなポケット』

『ドロップスのうた』


『びわ』

『せっけんさん』

『ふたあつ』


◎作曲:中田喜直サン
1923-2000、東京都生まれ。
日本の作曲家。
代表作↓
『雪の降る街を』

『かわいいかくれんぼ』

『シャベルでホイ』

『おかあさん』

『めだかの学校』

『夏の思い出』

『アヒルの行列』

たくさん弾いてきましたね。。。
しみじみ。
今、YouTubeが見られないという恩師に(お世話になっている方にも…)、上半期童謡唱歌をまとめていただいておりまして。
かなりテンション上がります!
仕上がりが楽しみです🎶

では、いってきまーす!!!


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時間がなかった!!!という言い訳…。

2023-07-12 15:08:00 | スティールパンで童謡唱歌
…同じ写真を使い回し〜!


時間もなければ、参考にする解説もない!
どうすればいいんだぁーーー!!!って感じだった本日のスティールパンで童謡唱歌です。
なので解説短めです😅

まいったぁーーー!!!!!
昨日みたいに、他のことをやっていると…こうしてコチラができなくなるなんて。。。
どーしたもんじゃろの〜!?!?
やること盛り沢山なのだぁーーー!!!!!


7月12日。
スティールパンで童謡唱歌(193)
『おべんとう』
作詞:天野蝶
作曲:一宮道子


本日は…なぜか!?おべんとうの歌です!笑。
この曲も大好きな曲で、小さい頃よく歌って今記憶があります。

子どもにとってもわかりやすい歌詞ですね!

【歌詞の内容】
これからお弁当を食べるよ!
嬉しいね!うれしいな〜!
おてても、きれいになったかな?なったね!
みんなでそろって、ごあいさつしましょうね。

②おべんとう、うれしいね!うれしいな〜!
よく噛んで、なんでも食べましょうね☆
食べるのが終わったら、ごあいさつしましょう!

という感じですかね〜。

◎作詞家の天野蝶サンは、リトミックを教えたりもする先生だったそうですが、とても厳しい方だったそうですが、子どもを"小さな大人"として、ちゃんと向き合っていらした方だそうです。

厳しさというか、それが"情熱"なんでしょうね、きっと。

◎天野蝶サン
1891〜1979、
ピアノ即興奏法や、幼児リトミック、たのしい歌と遊戯などの本も書かれている方だったようです。


※この曲についての解説があまりなくて、歌詞もわかりやすく、深掘りできていませんが…(^_^;)
とりいそぎ!!!アーーーップ!!!
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