山の声を 風の詩を 

年間 季節のうつろい 言いたいことなど多方面の話を搭載

道は 進化している。

2008年02月10日 00時18分33秒 | 社会
ガソリン代は道路財源として 減税をできないとか できるとか とかく言われる中で 私がまだ10代 昭和の終わりも程遠い頃 多分昭和51年 その当時で原付バイクか 中型バイクを乗り回していた 幾分 風テンの寅さんとは言わないが 気分で 県下のオフロードの道を探しては 探検張りに出かけていた。

その当時 今とは違い オフロードだらけ また今でも多くあるが 山に伸びて先に繋がってない道が 今以上に多かった  
昭和30年代後半は 三重県の県庁所在地とは言いながら 津駅の裏 1km山側は 舗装もできていなかった。山側への舗装が出来たのは昭和40年代 

そのことは別にして 私がバイクで走りまわったのは 三重県中央から南部一志郡(現津市編入)から飯高町へ また湯谷峠を大台町 水呑峠を越えて、紀伊長島、尾鷲、熊野 旧道、林道と4輪で行けない道を最後まで、

別に当ても無く そこを通リ 峠からどの様な 景色が見えるか 地図で創造し,
その通りに見えるか 確認のツーリング それが創造したのと合ってれば。楽しく 単なる 一人遊びだった。

その道がその当時 殆どが土ぼこりを上げる轍いっぱいの道で 溝に嵌りつつも走り回っていた。
その中で ある暑い夏 飯高から奈良桜井に抜ける 国道(酷道)166号を走った時だった

飯高 落合を過ぎると1車線になり、山に向けて急に勾配がキックなってくる。 山肌に沿った道になると突然 アスファルトが砂利に変る そのうち赤土道に変ると 山肌からの清水で 道路を横切る水路が10m置きに現れる。 それは国道の域を脱した林道になると 谷川のガードレールも無くなる。尻を浮かさないと運転できないほど バイクの前輪が 水路に落ちると後輪が上がり 前のめりにバイクが倒れる。逆ウィリー状態 

とても2輪でも ましてや4輪が走れるか? と思える急勾配と 堀が深い水路で バイクも押してあげる状態になって バイクでも稀な 喘ぎ喘ぎで 高見峠に着く

峠は、車が20台程 置ける広場で 土ぼこりを上げて来た 前方には大和の
まほろばの夕日が 土を被った半そで姿の体に やけに熱く感じた。

5年後に舗装され、 また3年後に車2台がすれ違える様になり、S59年に峠を
抜けるトンネルができ それでも一部は1車線で H16年にやっと全線2車線と変った。

松坂ー桜井が3時間40分から2時間30分にと短縮された。
一時は 舗装もされた高見峠への旧国道は 単に高見山の登山客用の山道の様変わりしている。

もう あの暑い夏の 峠の夕日を、見ずに道は 山を通り越し、はたまた舗装されてた国道は、アスファルトが剥がれた 
大昔の道に 戻ってきていた。

登山客だけが分かるのかな?  過去に 車も通れなかった道を



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