JINX 猫強

 オリジナルとかパロ小説とかをやっている猫好きパワーストーン好きのブログです。
 猫小説とか色々書いています。
 

塩月喬聡 詰められる

2023-09-23 00:04:08 | 日記

 塩月喬聡(しおつきたかのり)は記者に囲まれながら、会見会場に向かっていた。

 塩月が手掛ける複合総合ビルの地鎮祭が終わった直後であった。

 このビルの土地購入をめぐり、暴力団とラブルになった。

 後先考えない組は、塩月の自宅に銃弾を撃ち込み脅しをかけた。

 その事件が元で組に警察の捜査が入り、結果として組組織は解体されたので、ビル建設は話題になっていた。

 地鎮祭が済み次第、会見を開くことになっていた。

 会見の一部は昼のニュースで生放送される事になっていた。

 だが、塩月の表情は冴えない。

ーー塚野水晶(つかのみずき)。

 塩月の最愛の恋人。

 水晶は塩月の友人・晶隆(あきたか)たった1人の弟であった。両親を早くになくした晶隆のたった1人の身内が水晶であった。

 晶隆は水晶を溺愛していた。

 晶隆は塩月からの借金の返済を急ぎ、過労の末に交通事故を起こした。

 塩月は今際の際の親友に弟の未来を託された。

 だが塩月は水晶を一目見て、心を奪われた。

 塩月は突然の兄の訃報に嘆く水晶をねじ伏せ、その挙げ句、愛を請(こ)うた。

 当然、水晶は拒絶した。

 紆余曲折あった。

 結局、執拗な塩月に水晶が折れる形で、塩月は水晶の心を手に入れる事ができた。

 塩月は起業し、かなりの成功を収めていた。

 塩月は水晶とこれから愛を育むつもりでいた。

 水晶のためなら、どのようなことでもするつもりでいた。

 だが、水晶は悪性のスキルス癌に全身を蝕(むしば)まれ、命旦夕(いのちたんせき)の状態であった。

 病が発覚したときには全身に病巣が転移し、手の施しようのない状態にあった。

 水晶は自身の病を隠し、疼痛治療だけに処置を絞った。

 激務な塩月と過ごす時間だけ通常通りに過ごせるよう、投薬を調整していた。

 塩月が水晶の病状を知ったのは偶然、水晶の細い腕に注射跡を発見したからであった。

 塩月は水晶のことを想っていた。

 ここ数日、モルヒネで意識が朦朧(もうろう)状態であった水晶が今朝は意識がはっきりし、久し振りに塩月と会話を交わした。

 水晶には優秀な医師と看護士に、24時間看護を依頼してあった。

 避けらねぬその時を、少しでも苦痛を最小限で、安らかに迎えさせるためであった。

 だが、強烈なモルヒネは、水晶を昏睡へと引きずり込むことが多かった。

 今朝の水晶との会話は、気休め程度の抗がん剤が、がんを僅かに抑え込んだものと塩月は受け取った。

 その水晶は生放送で流される塩月の姿を、今か今かと待ちわびているに違いなかった。

「死ねやッ! 塩月ッ!」

 濁声(だみごえ)に、塩月は我に返った。

 塩月は居並ぶ記者とレポーターを押しのけてきた男が、拳銃を構えているのを見た。

 何かを思う前に塩月は、胸部に2発の銃弾を打ち込まれていた。

 塩月は胸部に重い衝撃を受け、自身の血飛沫(ちしぶき)を見ながら仰け反っていた。

 仰け反った瞬間、塩月は両腕を何者かに取られていた。

 腕を取られた瞬間、焼け付くような胸部の激痛と、呼吸困難は消えていた。

 塩月は浮遊感を訝(いぶか)しみながら、己の腕を取るものに視線を巡らせ瞠目した。

 己を腕を取り、高みに導く愛おしい兄弟を姿を見つめる塩月の心は至福に包まれていた。

ーー水晶、晶隆…。

 塩月は愛おしい兄弟の名前を呟いた。

「塩月さんも、こちらへ来ちゃったんだ?」

 そう口にし微笑む水晶の姿は、病魔に蝕(むしば)まれ、窶(やつ)れた姿ではなく、モデル時代の生き生きとした姿に変貌していた。

「水晶…その姿は…」

 今朝、会話を交わした水晶は痩せ細り、潤いが失われた肌は蒼白であった。それが今は肌の張りを取り戻し、髪も色艶を取り戻していた。

「姿…?」

 水晶は塩月の言葉に空いている方の手を目の前に翳(かざ)し、瞼(まぶた)を見開いた。

「兄さん、コレって…?」

 水晶は晶隆を不思議そうに見た。

「水晶は現世の理(ことわり)からは解き放たれた、もう、苦しくはないだろう、苦痛もない…」

 晶隆は温かい眼差しを弟に向けた。

「うん、痛くもないし、苦しくもない、あれだけ血を吐いたのに…。

「血を吐いた?」

 塩月の脳裏に胃壁をがん細胞に食い破られ、吐血をし、苦痛に身を捩じらせながら医師と看護士に肢体を押さえつけられ、処置をされていた水晶の姿が過ぎった。

「うん、僕、血を吐いて…こっちに来ちゃったみたい…」

 そして、晶隆に視線を移し言葉を続けた。

「…苦しくて、苦しくて…でも兄さんが迎えに来てくれたんだ…」

 そう言って、微笑む水晶からは、常に死と苦痛に怯える憂いは取り払われていた。

 想えば、塩月の知る水晶は突然の兄の訃報に憂い、己を踏みにじる塩月を憂い、死と苦痛に憂いていた。

 今の水晶が、塩月の出会う前の、学業と仕事業に勤しむ本来の姿かも知れなかった。

「…でも、なんで塩月さんはこちらへ来ちゃったの?」

 水晶が不思議なものを見つめるような瞳で塩月を見た。

「銃撃されたんだ、この男はあちこちで恨まれていたからな」

 そう口にした晶隆から、すべての表情が失せているのを塩月は見た。

ー怒っている…。

 その表情に、塩月は親友の怒気を嗅ぎ取った。

「どうして? 塩月さんは優しいよ?」

 水晶は晶隆の表情を覗き込んだ、そのときには、晶隆の表情には柔和(にゅうわ)な笑みが戻っていた。

「水晶、父さんと母さんに会いたくないか?」

 晶隆は水晶の問には応えず、問うた。

「お父さんと、お母さん…会えるの?」

 水晶は幼いときに死別した両親の姿を思い浮かべた。

「会えるよ、父さんも母さんも、水晶を心配してたんだ」

 心配、という言葉を発したときに、冷たい視線が自身に突き刺さったのを、塩月は感じた。

「何処にいるの、お父さんとお母さん…」

 水晶は周囲を見回した。

「想えばソコへ行ける、ココはそういう場所なんだ」

 晶隆は水晶を促した、途端、水晶の姿は消え失せた。

ーえ?

 塩月は目を見張った。

 つい今しがたまで己の腕をとっていた水晶の姿が何処にもない。

 辺りを見回す塩月の腕を、晶隆は突き放した。

ーえ?

 一切の表情を消し、己を見据える晶隆の姿に塩月は戸惑い、そして口を開いた。

「あの、水晶は…?」

「両親のところだ、想えば何処へでもいける、ココはそういう場所なんだといったのが聞こえなかったのか?」

 塩月は学生時代からの晶隆の友人であった。

 だからこそ解る。

 晶隆は明らかに怒気を浮かべている。

 そして、晶隆が塩月に怒りを向ける理由といえば…。

「あの、晶隆…そのー水晶は…?」

 晶隆と水晶の説明から、自分が銃弾に斃(たお)れ、死亡したーーということは解った。そして水晶もおそらくはーー。

 だが、水晶は消えてしまった。

 話の流れからいえば、幼少のときに亡くなった両親のところに行ってしまったのも解る…。

 だが、水晶が何処かへ行ってしまったのでは、塩月は困る。

「困るも何もない、君は水晶に何をしたのか忘れたのか?」

ーーやはり、怒っていた。

「怒るも何もない、君は僕に思いを寄せたと告白しながら、僕の遺骨と位牌の前で…」

ーー強引に水晶捩じ伏せてました。

 塩月は項垂(うなだ)れた。

 晶隆の葬儀の直後、ただ泪を流すだけの水晶を、塩月は庇護しようとした。

 だが、水晶は塩月が晶隆へ抱く恋心と、負債の肩代わりを知った。

 水晶は塩月が借金の返済の代わりに、晶隆へ身体の要求をしたのだと思い込み、激しく反発をした。

 激しく己を拒む水晶に、なぜか、塩月は翳(かげ)りを嗅(かい)いだ。

 水晶は幼いときに両親と、そして今、唯一の身内である兄を失った。

 己一代で巨万の富を築(きづ)いた塩月は、なぜか、兄の遺影と遺骨を見つめ泪を流す水晶の背に、不吉の翳りを見、そして嗅いだ。

 水晶は己が護らねばならないと想った。

 それが、想い焦がれ、そして手を差し伸べきれなかった己の唯一の贖罪(しょくざい)であるとと思った。

 だが、拒絶され、気づいてみたら、塩月に狂気が取り憑いた。

 塩月は己の狂気のまま、水晶を、取り払われる前の祭壇の前で、捻じ伏せ、犯し、貫いてしまったーー。

「それだけではないだろう」

 晶隆は塩月を指差した。指し貫くような勢いに、思わず塩月は仰け反った。

「君は同行を断った水晶に薬を飲ませ、自宅にまで連れ去った、そして、更に逃げ戻った水晶を連れ戻し、関係を強いた」

「すみませんでした」

 塩月は頭を下げた。

「すみません? 水晶を梱包して、倉敷から東京まで船便で送っておいて…」

 晶隆は柳眉を釣り上げた。

 度重なる出奔に苛立った塩月は暴力団に水晶を拉致させ、倉敷から水晶を梱包させ、船便で東京まで送り返させた。

「水晶はとても怖がりなんだ、それを…」

 木箱に梱包され続けた水晶の恐怖と絶望、そして渇きと餓えーー。

 塩月は何処までも己に反発する水晶を馴致(じゅんち)しようと、敢えて残酷な方法で東京に送り返させた。

 だが、死した己には、水晶になんの手を差し伸べることができなかった。

 晶隆はかつての親友に肚を立てた、呪ってやろうかとさえ思った。

「本当に、申し訳なかった…」

 塩月は項垂れた。

 あのときの自分は、本当にどうかしていた…。

「申し訳ない? 水晶に枷(かせ)までかけて、君という男は…」

 そこで晶隆は言葉を切り、足元を指差した。

 塩月は正座した。

「水晶にあんなことまでさせて…」

 塩月は己を拒絶し続ける水晶の足に枷をかけ、暴れ、手がつけられなくなると薬を使い、強引に眠りにつかせた。

 最愛の兄の死からの環境の変化と理不尽な拘束と暴行に、恐慌に取り憑かれた水晶は塩月の脇腹を、たまたま傍らにあったペーパーナイフで刺した。

「…危うく水晶が、殺人を犯すとろろだった」

 晶隆が大きくため息を吐いた。

「返す言葉もない…」

 塩月は手を前に付き、頭を下げた。

「まったく、何度殴ってやろうと思ったことか…」

 晶隆が首を左右に振った。

「…そういえば、きみは水晶を殴ったことがあったな…」

 動きを封じるため、薬を拒む水晶を塩月は殴り、暴言を吐(は)かれては殴ったことが、たしかにあった。それに思い至り、塩月は身を縮めた。

「殴る、といえば…」

 ふと思い至り、塩月は顔を上げた。

 追い詰めた旅館で、水晶は深酒し、塩月はその深酔いに乗じ、水晶に挑みかかった。

 度重なる絶頂に水晶は意識を失ったーーいや、失ったかに見えた水晶に塩月な殴られたことがあった。

 そのとき、水晶は名乗った覚えのない塩月の名を呼んだ「喬聡」とーー。

 後の問に、水晶は塩月の名を呼んだことを覚えていなかった、どころか塩月の名など知らないと言い切った。

「…まさか、あの旅館での一件は…」

「あぁ、僕が殴った、あのとき水晶は誰かさんのせいで疲れ果て、深い眠りに陥(おちい)ってたからね。一時的に身体を借りることができたんだ」

「すると、全て…?」

 ただ、傍にいさせて欲しいと、何もしないと言いながらも、眠る水晶の肌に触れるだけ、口付けるだけたと自身に言い聞かせながらも、結局は水晶を抱いてしまった情景を、晶隆は見ていたというのか…。

 塩月の背に悪寒が取り付いていた、もう、恐ろしくて顔を上げ、親友の男の顔を見る勇気も出ない。

 いや、晶隆にとって塩月は、親友とは言えない存在に成り下がっているに違いなかった。

「全て、きみが水晶にしたこと、言ったこと、行ったこと、全て見ていたさ」

 冷たい、晶隆の口調に塩月の背が冷えた。

「許して欲しい、僕は水晶を…」

「愛していると?」

 塩月の言葉を、晶隆の冷たい口調が遮った。

「君は僕のことも、好きだと言ったことがあったな?」

 塩月の胸に、晶隆の言葉が突き刺さった。

 水晶に出会うまでは、塩月の慕情、愛情全ては晶隆に注がれていたーー。

ーーがが、水晶を目にしたときから、そして接していくうちに、水晶に魅せられ、いつしか水晶のことしか考えられなくなった。

「まったく、君は不実な男だ、そんな男に水晶はまーー」

「兄さん」

 任せられない、という言葉は、新たな声に遮られた。

 塩月は愛しい者の声に顔を上げた。

 水晶がいた。

「水晶、戻ったのか?」

「戻ったのか? じゃあないよ、今、塩月さんを虐めていたでしょう?」

 水晶が兄に詰め寄った。

「いや、虐めてなんか…」

「ぢゃ、コレはどういう状態?」 

 水晶が晶隆とその足元に跪(ひざまづ)く塩月を見比べた。

「いや、これは昔話を…」

「へぇー、昔話で正座させるんだ?」

 水晶は晶隆と塩月の間に身体を割り入れた。

「もう、立って」

 水晶が塩月の腕を取り、立たせた。

「僕は塩月さんが好きになったの、塩月さんが僕のためにどれだけ苦しんだか、兄さんだって知っているでしょう?」

 水晶の病が発覚しても、塩月は水晶の許(もと)を去ることはなかった。

 それどころか、あらゆる手を尽くし、水晶の苦痛を取り除く努力をし、可能な限り傍らに寄り添ってくれた。

 それが水晶にはたまらなく嬉しかった。

 とても、感謝していた。

 塩月は水晶の病に、自身も苦しんだ。

 もう、塩月を苦しめたくはなかった。

「だから、塩月さんを虐めないで」

 水晶は兄を見上げた。

 真っ直ぐに自身を見据える弟の姿に、晶隆はたじろいだ。

「虐められていないよ。本当に、昔話をしていただけなんだ」

 晶隆はまっとうなことを言っていただけなのだ。水晶に責められるのは晶隆ではなく、塩月自身であった。

「兄さんを庇うわけ?」

 水晶に睨まれ、今度は塩月がたじろいだ。

「もう、2人とも、僕のいないところで…」

 そこで水晶は言葉を切った。

 元々、塩月が恋い焦がれていたのは、水晶ではなく兄であったことを思い出していた。

「そうか…やっぱり、塩月さんは兄さんのことを…」

 水晶は両手で顔を覆った。

「そんな、水晶…」

 声を発したのは塩月と晶隆だ同時であった。

「ほら、そんなに呼吸もぴったりで…」

 非道いと、顔を背けた水晶の瞳から、透明な泪が伝うのを2人は見た。

「そんな、僕らはただ…」

「…そう、昔話を…」

 晶隆と塩月が顔を見合わせた。

「本当? 喧嘩もしていない?」

 水晶の問に2人同時に頷いた。

「なら、いいよ」 

 水晶が2人の腕を取った。

「これからは、皆で仲良くしようね、僕たちもう自由なんだから」

 不遇な死に方ではあったが、こちらの世界で3人が揃うことができたのだから、水晶は兄と、愛する人と、晶隆は弟と、親友と、塩月は愛する者と親友と、現世では送れなかった時間をゆっくりと送っていけばいいのだとの水晶の言葉に、晶隆と塩月は揃って頷いた。

 立場は違えど、溺愛する水晶には頭の上がらない2人であった。

 

 2,023 9/24

 仇華 番外編 塩月喬聡詰められる 終わり

 

 

 ■ ■ ■

 

 あーん。

 お彼岸までに終わらなかったよぅ。

 コレの本編 仇華は200p以上あって読み返すだけでも大変だったよぅ。

 仇華を読み返して思ったことは、猫強の書く受けで酷い目にあったのは魔性の溝口だと思っていたけど、読み返してみると、水晶もものすごい目に遭っていました。

 きっと他の本の受けも、負けず劣らずな目にあっているんだろうな(遠い目)

 気になった方はだDLsiteさんでjinx 猫強を検索してみてね。

 そして、こんなことをして欲しい、なんてリクをいただけると、お調子者の猫は書き込みなんてしてしまうかも知れません。

 それでは、ココまでお付き合いありがとうございました。

 コメント、いいねなどいただけたら幸いです。

 あと、ツイッターでは猫強のご主人さまが、アメーバブロクでは猫の閻魔帳、で我が家の主にウニちゃまが呟いたり、つぶやかなかったりしています。

 お暇な方は遊びにきてね♡



下僕からの献上品

2023-07-27 00:19:48 | 日記

 我は不機嫌である。

 なぜに?

 それは、下僕と信じていた人間に爪を切られたからじゃ。

 人間はご機嫌で眠っていた我の爪をーーパチリパチリと、それは無造作に切りおったのじゃ。

 我は怒っておる。

 チュールでは誤魔化されん。

 我は苛立ち紛れに腕を振り上げ、空間を1薙(なぎ)した。

 その爪がなにかに当たると同時にーー。

「キャッ」

 と、真横から面妖な声が…。

 見ると、下僕が我の姿に目を見張っておる。

 なんじゃ、その珍妙な声は。

 まるで、この間、我に引っ掻かれて血を流したときのように…。

 そうか、我が空間を薙ぐと、下僕にダメージを与えるのだな?

 では、これではどうじゃ?

 我はカーペットに爪を立て、パリパリと切られた爪を研いてやった。

 じゃが、下僕は「そこならいいや」と読みかけの本に視線を落とした。

 ん?

 なんじゃ?

 場所によって、下僕に与えるダメージが違うのか…。

 では、ここはどうじゃ?

 我はジャンプし、辺り構わず空間を薙ぎ払う。

 そうしながら下僕の様子を伺った。

 どうじゃ? 

 恐ろしいか?

 我の怒りを買うと、こうなるのじゃ。

 恐れ慄(おのの)くがよい。

 恐怖に打ち震えている下僕を、更に恐怖のどん底に陥れようと腕を振り回す我が見たのはーー。

 スマホという四角いものをかざす下僕の姿であった。

 目が合う主と下僕ーー。

「ミケちゃん、おもしろい、もっとやって」

 下僕ニッコリ。

 ん?

 もしかして、下僕は喜んでおる?

 あー。

 止めだ止め。

 なにもない空間に腕を振り回すのは意外と疲れるじぁぞ。

 あぁ。

 くたびれた。

 我は壁に凭(もた)れ前脚を舐めてみる。

 うん。

 うまい。

 このプニプニした肉球の感触がたまらん。

 前世の我は、野良猫であった。

 歩きにあるいた我の肉球はひび割れ、ゴツゴツしておった。

 土埃だけの全身は舐めても舐めても、土の味ーー。

 あぁ…。

 前世の”我は飼い猫”というものに憧れておった。

 野良である我らを連れ帰る人間は皆、良い人間と思い込んでいた我は邪な人間に捉えられ、それは残虐な扱いを受け、その生を終えることになったのじゃ。

 あぁッ!

 思い出したら肚が立ってきた。

 我は、苛立ちの気持ちのまま、また空間を薙ぎ払った。途端。

 カリッ!

 爪が何かに当たると同時であった。

「あぁッ!」

 という下僕の悲鳴がーー。

 見れば、先程までスマホというものを構え、にこやかであった下僕が顔を引きつらせておる。

 ん?

 ここか?

 我は、寄りかかっていた壁に爪を立て、下僕の様子を伺った。

「ミケちゃん、そこはダメ」

 下僕がスマホを傍らに置いた。

 そうか、ここか?

 下僕を見守りながら壁に爪を立ててみた。

「止めて、賃貸なのッ」

 下僕がそれまで寛(くつろ)いでいたベットから転が降りて来た。

 なんだか、この間、我に爪を立てられ血を流したときより、痛そうな表情ーー。

 ヤバい、メチャクチャ愉しい。

 賃貸? それはチュールより美味なのかなぁ~。

 我はカリカリと壁を両脚で引っ掻いてみた。

 惜しむらくは爪を切られたばかりで、壁に傷が付かなかったことじゃな。

 爪があれば、いや、前世の我であれば、こんな壁ごとき、この腕の1薙で…。

「ミケちゃんッ!」

 キン、と耳に突き刺さる声とともに我は抱え上がられ、頭上高く持ち上げられーー。

 あれ、我、床に叩きつけられる?

 我、調子に乗りすぎた?

 あぁ、襲い来る過去の記憶ーー。

 床に叩きつけられ、殴られ、蹴られ、切りつけられ、タバコを押し付けられ、湯船に沈められ、爪を引き抜かれーー。

 もうしません。

 だから、酷いことはしないで欲しい。

 我は恐れ願った。

 だが、下僕は下僕のままであった。

 我はベットの上に放り投げなれ、その上からシーツを被せられ、ユサユサ・コチョコチョとーー。

 あれ、これはいつものーー。

 止めんかッ!

 こそばゆいわッ!

 コチョコチョするでないわッ!

 我の視界を奪うでないッ!

 ユサユサと揺らすでないッ!

ーーあぁ、ショックで少しの間の記憶が飛んでしまったわい。

 我、何をしておったけーー。

 下僕? 我、とても愉しいことと恐ろしいことが、あったような気がするのじゃが?

 まぁ、よい。

 我、今とても気分が良いもんね。

 今なら、いい夢が見られる気がするもんね。

 我は下僕のゴットハンドに喉をごろごろさせながら意識を手放しておった。

 そして、目覚めた我が目にしたのはーー。

 我の手の届くところに布やら、ダンボールやらで覆われた部屋であった。

 

■ ■ ■

 

 それから数日が過ぎた。

 我の目の前にソレは置かれた。

「ミケちゃん、これはお爪研ぎです。これでなら思う存分お爪を研いで頂いて結構です」

 そう言い下僕は我を抱き上げソレの上にそっと下ろした。

 途端、鼻孔(びこう)を擽(くすぐ)る得も言われぬこの香り。

 体がムズムズし、なにか愉快な気分になるこの香り。

 我は足元のダンボールのヒダヒダに爪を立て引っ掻きまくった。

 ウホ。

 楽しいッ!

 バリバリバリバリ音がする。

 この爪から全身に伝わる愉快な感覚・そして感触ーー

 愉快じゃッ!

 バリバリバリンバリ。

「楽しそうでないよりです」

 下僕は爪研ぎに勤しむ我の頭を指で撫でた。

 うむ、愉しいぞ。

 我は満足じゃ。

 この調子で我に尽くすのじゃぞ。

 バリバリバリバリ。

 我は爪を切られた怒りを忘れ、爪研ぎに勤しむのであった。

 

■ 下僕からの献上品 完 ■

 


転生したら飼い猫だった件 (いい人キャンペーン、終了のお知らせ)

2023-02-12 00:33:07 | 

 我はお気に入りの座布団の上で日向ぼっこに勤しんでいた。

 避妊からのエリザベスカラー、そして術衣と、我の拘束するものを解かれ数日、いやぁーさっぱり。

 グルーミングも仕放題。

 我、幸せだもんね。

 何より、訳もなく虐められないのがいい。

 我の前世は、それは悲惨であった。

 公園で厳しくも自由な日々を過ごしていた我は、邪な人間に囚われ、虐待に次ぐ虐待を受け、己の腐臭を嗅ぎながら悶死(もんし)するという凄惨なものであった。

 が、今は生まれ変わり、飼い猫をしておる。

 今の飼い主は、我を虐めたりはせん。

 何の要求をせずとも、我の食事や水を用意し、身の回りのことも整える。

 そして、我が1声鳴こうものならどこにいようとも我の様子を伺い、我を撫で、肩甲骨をモミモミし、おやつをくれる。

 もしかして、我は神ーー。

 そして、この人間は信者かーー。

 そうか、今日から我はそなたを下僕と認めてやるぞ。

 だが、厄介なこともある。

 下僕は我が呼ばずとも、我のところにやって来ることがある。そして、我の頭や身体を無遠慮に撫でたり、抱き上げたり、怪しげな”おもちゃ”とやらで気を引き、我を夢中にさせることじゃ。

 我は猫なり。

 下僕の思い通りにはならん。

 下僕は下僕らしく我に従っておればよいのじゃッ!

 我は癇に障るおもちゃを薙ぎ払った。

「痛ッ!」

 不意の声に、我は動きを止め、下僕を見た。

 手の甲から血を流し、眉を顰(ひそ)めている下僕の姿に、我は硬直した。

 それまで仔猫の我が爪を立てたり、咬み付いても人間が血を流すことはなかったーー。

 そうじゃ、人間は、自分が傷つけられると、小さな我らを殴りつけ、壁に叩きつけたり、爪を引き抜いたりする、恐ろしい生き物であった。

 我は、そのことを忘れておった。

 前世の記憶を蘇らせた我は、身動きもできぬまま固く瞼(まぶた)を固く閉じ、どのような衝撃にも耐えれるよう、心中だけで身構えた。

「もう、痛いなぁ、ミケちゃん」

 じゃが、人間は我の頭を指で突いただけであった。

 ん?

 それだけ?

 それでいいのか、人間…いや、下僕よ。

 そうか、そーか。

 うぬは我の可愛さの虜であるのだな。

 フフ…。

 撫でるがよい、我を崇めるが良い。

 我はウヌの神なのだからな。

 良いよい、撫でるが良いぞ、今日は少し多めに撫でさせてやるぞ…。

 うーん。

 気分が良いぞ。

 下僕はゴットハンドを持っておるな。

 撫でるところ撫でるところが気持ちが良くてたまらぬ。

 あぁーー。

 眠い、このまま夢の中に入るとするか。

 幸せだー。

 これが、飼い猫の日常であるか…。

 

■ ■ ■

 

ーーパチンッ!

 ん?

ーーパチン! パチン!

 指先に走る衝撃に、我は覚醒した。

 だが、我が状況を確認しようと体制を整えようとしている今、このときもーー。

ーーパチン! パチン! と、危険を孕(はら)んだ音は続いておる。

ーーこれは、この音は…。

 爪切りッ!

 我は前世の記憶を思い出し、全身を跳ね上げさせた。

 だが、我の小さな身体は固定され、身動きを取ることが出来ん。

ーーそう、あの時と同じように…。

 前世で、我はあまりの虐待に耐えかね、我の身体にタバコの火を押し付ける人間の腕を薙ぎ払った事があった。

 さっきのような戯(たわむ)れではなく、本気での薙ぎ払いに、人間は腕から激しく出血させ、我は首を捕まれ床に叩きつけられた。

 我は痛みと衝撃に意識が混濁(こんだく)し、動くことができなんだ。

 その我を押さえつけ、人間は我の爪を根本から剥がしにかかりおった。

 あまりの痛みに我は抵抗し、更に殴りつけられ、床に叩きつけられ、動きが弱くなったところを、人間は押さえつけ、我の脚の爪すべてをーーッ!

 恐ろしかったぞ、苦痛であったぞ、まさかその苦痛を、転生してからも体験することになろうとは…。

 なんと、なんと人間とは恐ろしい生き物か…。

 仔猫の我の抵抗は、タオル1枚で封じられ、我のキュートな爪は次々とーーッ!

ーー終わった。

 我の優雅な飼い猫生活がーー。

 人間は我に忠実なふりをして、痛めつける機会を狙っておったのか…。

 あのような優しさで我を包み込み、油断させ、このような暴挙に及ぶとは…。

ーー許さぬぞ、人間、必ずこの爪と、我の心を弄んだ敵は撃ってくれようぞッ!

 

 我は開放され、しばらくは放心しておった。

 もう、先程のように歩くことも、走ることもできぬーー。

 我は、もう、動けぬーー。

「さぁ、ミケちゃん終わったよ、お利口だったね」

 明るい声に我は自身を取り戻した。

ーーお利口だっただと? 我を押さえつけておいて、うぬがッ!

 シャーと、我は肚(はら)を立て、人間めを威嚇した。

「ほら、ミケちゃんお爪が伸びちゃったでしょ? 切らないと、お爪が可愛い肉球に食い込んじゃうんだよ」

 早口でまくし立てるでないわ。我には人間語は少ししか解らん。

 じゃが、忘れるぞ、この所業を。

 必ず報復してくれる、まずは安全な場所に身を隠さねばーー。

ーーん?

 歩いておる。

 なんで、我歩けるの?

 我は抉られたはずの爪を見た。

 爪は抉られてはいなかった。

 その代わり、グルーミングの最中、舌に引っかかる前端がわずかに切られておった。

ーーん?

 何故か先程より、こころなしか歩きやすいような気がする。

「痛かったね、びっくりしたね、ごめんね。でも、これまでミケちゃん小さかったし、弱っていたし、避妊したあとでお爪切りはしなかったんだけど、これからはどんどんやっていくんでよろしくねッ、いい人キャンペーンは終了しましたーッ」

 人間は我の爪を切った掌を掴み、呪文を唱えながら肉球をもみもみし始めた。

「ミケちゃん、お爪は短くなったから”当分”切らなくていいね」

 人間は紙の上に散った我の爪をまとめながら口を開いた。

ーー当分とな? それでは、また我の爪を切るというのか?

ーー油断がならん。

ーー人間は油断ならん。

 我は人間の傍らに寄った。二度と爪を切ることは許さぬと、抗議するつもりであった。

「うーん、ミケちゃん可愛いね」

 下僕に戻った人間は再び我の頬を指で撫でた。

「あとで、ご飯をあげようね」

 下僕は我の頭を撫で続けた。

ーー終わったのであるか? もう、酷いことはせんのか?

 我、また眠ってよいの?

 虐めはせぬのか?

 これ、人間………。

 人間はいつしか、台所に籠もってしまった。

 自分の食事の支度や、明日の準備に入ったらしい。

 本当に、もう何もされんの?

 人間、これ、下僕よ?

 我が呼ぶと下僕がおやつを手に持ってきた。

「お腹空いちゃったね、ほら、おやつ」

 下僕めは本日、2本目のチュールを我に差し出しおった。

 これ、我のなの?

 我は鼻先に差し出されたチュールと下僕とを見比べた。

 人間は、完全に我の下僕に戻っておった。

 我はチュールを食した。

 そうか、あの爪切りは”虐待”ではなく”お手入れ”というものであったかーー。

 そうか、そうか…。

 我、安心したもんね。

 なんだか眠たくなってきたぞ。

 もう、我は虐められないんだもんね。

 我、ここで寝てもいいんだもんね。

 我、幸せになっていいんだもんね。

 

 色々思い悩み疲れてしまった我は下僕の傍らで眠ってしまい、その身体を下僕めが我の寝床に運んでくれたのにも気づかないぐらい熟睡しておった。

 

END

 

 最初にアップしたのを手直しし直しました。

 なんの告知もしていなかったのに読んで下さった方々、ありがとうございます。

 これからもゆるく投稿していきますので、よろしくおねがいします。

 あと、ご意見、リクエストなどお待ちしております。

 本当にありがとうございます。


転生したら飼い猫だった件 (転生偏)最終

2023-01-04 20:48:56 | 日記

ーー可愛がられていたとは、どのように?

ーー我はクロ殿の声にふと、好奇心が湧いた。

ーー私はね、捨て猫だったんだよ。

ーー捨て猫とな?

ーーそう、小さな箱に入れられて、一人ぼっち…。

ーー人間に捨てられたのであるか? だったら、大切にされてはいないではないか。

ーーそっちの人間じゃあないよ。私は、私を拾ってくれた人間に大切に可愛がられて育ったんだよ。

ーーだが、人間であろう? 密室であろう? 本当は虐められたのでは…?

ーー皆まで云えなんだ。上部まで届く檻を叩く衝撃と、シャーという威嚇に我は思わず竦(すく)んでしまった。

ーーミヨちゃんは私を虐めやしなかったよッ、パパさんもママさんもとてもいい人達なんだ、まぁ…たまにイタズラはサれたけどね…。

ーーイタズラとはどのような?

ーー人間たちのことを思い出し、多少機嫌が良くなったクロ殿に我は問うてみた。

ーーそれはね、ヒゲを引っ張られたり…。

ーー引き抜かれたのかッ?

ーーバカをいうんじゃあないよ、そんなことをするわけないだろうッ!

ーークロ殿はまた檻をバンと、激しい勢いで叩いた。

ーーヒゲはね、ヒゲ袋が持ち上がるくらいに…。

ーーそこでクロ殿は言葉を切った。

ーーあんた、ヒゲを抜かれたことがあるのかい?

ーー問われ、我は頷き、あるだけ毟(むし)り取られたわ、と吐き捨てた。あのときの苦痛と恐怖と屈辱をを思い出しただけで、転がり回りたい衝動に駆(か)られた。本当に痛かった、涙が出るほど痛かった、実際に泣いたかも知れん。多分泣いた。

ーーあんた、本当に酷い目に遭ったんだね…。

ーークロ殿はため息を付いて言葉を続けた。

ーー耳を引っ張られたり…。

ーー切り取られたのかッ!

ーーバカをお云いでないよ。あんたは切り取られたのかい?

ーーおう、取られたとも、1つづつ、頭を押さえつけられーー暴れたが、人間の力には敵わなんだわ。言いながら、我は身体がが硬直するのが解った。恐ろしかった、痛かったぞ、一生忘れぬ、いや死んでしまった今でも忘れられん、人間を恨み、必ず報復してやると誓った行動の一つであったぞ。

ーーもう、この話は辞めようか…。

ーークロ殿も体を震わせたようじゃった。

ーーでもね、悪い人間ばかりじゃあないさ、私はブラッシングもしてもらえてね…。

ーーあの、鉄のブラシでか…毛が舞うからと云い、我を押さえつけ、何度も何度も、皮膚が破れても、あの鉄のブラシで我の身体を…。

ーー違う、違うよ、そりゃあ、鉄のブラシを使われてたこともあるけど、そんな痛くはされなかったよ。ご飯もちゃんともらえたし…。

ーーどうせ、何日か置きに、人間の食べ残しであろう…。

ーーそんなご飯だったら、死んじまう…。

ーーそこでクロ殿は言葉を切った、そう、察したのであろう、我が人間に受け続けた仕打ちを…。

ーーあんた…。

ーークロ殿は泣いているようじゃった。

ーー本当に、酷い人間に捕まっちまったんだね。

ーー人間は、外にいる我らにはご飯をくれるが、捕まえたらご飯も与えず虐めるのが楽しいのだろう? 我は拗(す)ねた。人間に連れ去られ、遊びに来た同胞が可愛がられ、ご飯もたくさん貰えていると話していた、我もそうなると思っておった、なのに何故、我はあんなに虐められたのだ。我のどこが悪かったのだ、我は、我はーー。

ーーあんたは、今度は幸せにならなきゃね。そのために転生したのかもしれないねぇ…。

ーークロ殿の言葉に我は物思いから醒めた。

ーー我が幸せに? 何故?

ーーあんたからはいい匂いがするよ。ここに来るまではご飯も貰えて、可愛がってもらっていたんじゃあないのかい?

ーーそういえば、我は一日に何度もご飯や、水をもらい、気持ちのいいこともたくさんしてもらっておった、しかし、何故なんじゃ?

ーーそれは、あんたを可愛がりたい人間に巡り会ったからだよ。

ーー我を可愛がりたい…?

ーーそうだよ、ご飯をくれるだけじゃあなくて、避妊までさせてくれるんだ。絶対にあんたを可愛がろうと思っているさ。

ーーいや。我は何かを巻き付かれたままの首を振った。人間には、我らを捕らえ、避妊し、放すという謎の行動を行っておる者もおる。我はきっとここを出たら、公園にリリースされ自由な生活を送るのじゃ。そう云いながらも我の胸が締め付けられて行くのが解る。

ーーいや、あんたからは他の猫の匂いがしないよ。あんたは絶対に飼われるよ、しかも猫好きのいい人間にね。

ーークロ殿はうんとうなずき言葉を続けた。

ーーあんた、人間に名前を貰わなかったかい?

ーーそういえば、あの人間は我を「ミケ」と呼んでおったが…。

ーー三毛猫だから「ミケ」かい? 安直だねぇ。だけど、私も黒猫だから”クロ”なんだけどね。

ーークロ殿が自分の身体を舐めている気配が伝わってくる。

ーーその時、扉が開き人間が姿を表した。

「ミケちゃん、お迎えですよー」

ーー看護師さん、と呼ばれている人間が我に歩み寄り、檻を開き、我をそっと抱き上げた。ゲージから出た我は、クロ殿の姿を初めて見た。クロ殿は我が思っていたのとは違う姿であった、声は若々しくあったがーーやせ細り、その腕には針が刺されたままテープで固定され、その針から伸びた管は、何かの液体に繋がれておった…。

ーーフフッ、見られちまったね。私は病気、もう長くはないんだよ。

ーークロ殿…。

ーーそんな顔をするんじゃあないよ。私はそんなに長くは生きられないと思うけど…18年も生きて、幸せなのさ。今でも、とても可愛がられているからね。

ーーそう云ってクロ殿は目を細めた。我はそのまま看護師さんに抱かれ部屋を出、それがクロ殿を見た最後であった。

 

■ ■ ■

 

ーー我は別の部屋で先生と看護師さんに飼い主に引き渡され、またあの部屋に戻った。

「ニャァ」

ーー我は人間に呼びかけたーー。早くこの訳の分からん巨大首輪を外さんかいッと、我は暴れまくった。暴れる我を人間は捕まえ…床に叩きつけられるッーーと思ったが、人間はそうはしなかった。

「やっぱ、エリザベス・カラーは嫌ですか?」

ーー呪文を唱えながら、人間は重苦しい首輪を外してくれた。ホウーーそなたは人間ではあるが、見どころがあるぞ。褒めてやろう。

「そんなミケちゃんのために、こちらをご用意しておきました」

ーー我は次に人間が取った行動に絶句した。巨大首輪を外した人間は、息を抜く間もない我の身体に布をーーうん? 身体が締め付けられる…。

「可愛いッ! ミケちゃん、見てみて」

ーー目の前に差し出された銀色の物体、うん? コレは知っておるぞ、鏡というヤツーー。

「ギャッ!」

ーーなんか、変な声が出た。な、何じゃこの姿はーー! 我はこのこの身体になって始めて毛を逆立てたわッ! な、何じゃコリャーッ!

「可愛いッ、ミケちゃん」

ーーコレ、我の身体を持ち上げるでないわ、か、顔を近づけるでないッ! スリスリするでないッ!

「ミケちゃん、痛い?」

ーー人間は我を箱に戻しながら口を開いた、痛い? なんのことじゃ?

「ごめんね、お腹、痛いよね?」

ーー人間は我の頭を指でそっと撫でた、いや…この場合、痛いのは心じゃ。な、何じゃ、この身体全体を覆う布は…グルーミングが出来んであろう…身体ペロペロは我の唯一の趣味なのだ。それが出来んとなると、舌が寂しいというか…。

「ごめんね…」

ーー何を謝る? 我は平気ぞ…いや、だが…この布を取ってくれたら、もっと平気になると思うぞ。

「ずっと、一緒だからね」

ーー人間は我の頭を1撫ですると、どこぞへかと行ってしもうた。

 ………。

ーー暇だ。

ーーおーい、人間…。

ーー我は人間を呼んだ。

「どうした、ミケちゃん? 寂しかった?」

ーー寂しくはないぞ、暇なだけだと、我はそっぽを向いた。

「疲れちゃうから、寝ようね…」

ーー人間は我の頭や、わずかに露出している肩を指で撫で続けた。その優しい感触に、我の瞼が重たくなった。

ーーなんか、気持ちが良いのう…。

ーー我は眠くなってしもうた…。

ーー心地よい…。

ーー眠りに落ちる瞬間、我はクロ殿の言葉を思い出した。

ーーあんたは、今度は幸せにならなきゃね。そのために転生したのかもしれないねぇ…。

ーー我が、幸せに…。

ーーそうだ、我は公園にご飯を持って来てくれ、皆を撫でてくれる人間を見ながら、もっと撫でて欲しい、抱いて、肩や、背中を揉(も)みもみして、喉も撫でなで掻きかきして欲しいと思っておった…。

ーー我は、人間を憎みたいと思っていたわけではない。

ーー甘えたいと、思っておった。

ーー我は、我は、可愛がって欲しいと、心の底から思っておったのだ。

ーーそれが今、叶っておったのか…。

ーー我にはもう、痛みも苦しみも、飢えもないということか…。

ーー我は、この人間の指に、頭を撫でられながら、安堵のうちに意識を手放していた。

 

 

転生したら飼い猫だった件 転生偏 終

 

 

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転生したら飼い猫だった件 (転生編)5

2022-12-28 00:39:02 | 日記

ーー我は先生に抱えられ台の上に乗せられ、注射を打たれた…。

ーーその瞬間。我の記憶に、以前に同じ公園に住んでいた同胞の言葉が蘇った…。その同胞は以前に人間に飼われていた飼い猫であった。だが、その飼主とはあまり性格が合わず家を出たのだという。その同胞は外に出歩くのが好きだった。狩りも我よりも上手であった。人間になど養われずとも、十分に生活する力があったのだ…。

ーーその同胞は人間に飼われる前に”保健所”というところにいたという。

ーー”保健所”とは、飼い主のいない犬や猫を一定期間保護し、そして、引き取り手のない我らを殺処分する場所だという…。

ーー殺処分?

ーー不吉な響きのある言葉の意味を、我は同法に問うた。

ーーそして、恐ろしい事実を聞かされたのだ。

ーー殺処分とは、我らを殺して処分する、ということだ、と…。

ーー何故だ。

ーー何故、公園の片隅で、平和に暮らしている我らを捕らえて、そんな残酷なことをするのか…。

ーー我らが、人間に何をしたというのか…。

ーー保健所とは、一定の数の同胞を纏めて…と聞いていたが…。

ーーここでは我だけを…。

ーー1頭一頭…。

ーーそして、あの人間は、何故、我をこのような場所に連れてきたのか…。

ーー我に飽(あ)いたのなら、なぜあの公園にそっと話してくれなんだのか…。

ーーうらむぞ、人間。

ーー絶対に、許さぬ…。

ーー腕に冷たい液体が入っていくのが解る…。

ーーチクリとはしたが、コレで我は、もう怖い思いをせぬのだな…。

ーー人間に、淡い期待を抱いた我が馬鹿だったのだ…。

ーー意識が霞む…。

ーー顔に、何かが被せられた…。

ーー我の意識は、途絶えた…。

 

■ ■ ■

 

ーー下腹部に違和感がある…。

ーーん、ここはどこだ?

ーー我は周囲を見回した。

 ………。

ーー視界が霞む…。

ーーうむ、眠い…。

ーー我は眠りに付いた。

 

ーー我は意識を取り戻した。

ーーここは、元の部屋か…。

ーー我は周囲を見回した。

ーーなんか、下腹部と、視界に違和感が…。

ーー視界が、狭い…。

ーーん?

ーー首にも違和感が…。

ーーちょいと、首でも掻き掻きしよう、と…。

 カツッーー。

ーーなんだ。むずい場所に爪が届かぬ。

ーーなにか、首に嵌められておるぞ。

ーーなんだ、コレはッ!

ーー我は、首を振った。

 ガン! ガンッ!

ーー狭い空間に虚しい音が響き渡る。

ーー何故だ、何故、我がこんな目に…。

ーーさっきからうるさいわねぇ!

ーー不意に、床下から声が上がった。

ーー私達は、病気や怪我でここにいるんだ。そんなに騒いだり、物音を立てるのはやめておくれよ。

ーーそ、それは済まなんだ。我はその…。

ーーまったく、うるさいったらないね…たかが避妊じゃあないか。

ーーな、なにもそんなに怒らんでも…それに”避妊”とは、我は、その…。

ーーまぁ、いきなり連れてこられて眠らされたんだ、仔猫じゃ怖くなるのも仕方がないね…。

ーーわ、我は仔猫ではないぞ。取り乱し、騒いだのは悪かったが、我は立派な成猫であるぞ。

ーーなにを言っているんだい、私もここにいる皆も、あんたがここに運ばれて、手術室に連れて行かれたのも見てるんだよ、注射に怯えてピーピー泣いて。それが大人のやることかい。

ーーな、なにも、そんなに怒らんでも…わ、我は、殺処分されると思ったのじゃ、だから…その…。

ーー殺処分? バカ言ってるんじゃないよ。ここは病院、そんなコトするはずがないだろう。

ーーだ、だが、我は…(あまりの剣幕に、我は言葉を続けられなんだ)

ーーあんたは、避妊。全くの健康体、避妊以外、何もせらちゃあいないよ。

ーーな、なぜ、そんなことが主に解るのだ、そ、それに主は誰だ。

ーー私は”クロ”飼い猫さ。

ーーな、なんと、飼い猫とな…。その飼い猫がなぜ、こんな場所に、そなたも避妊手術を受けたのか?

ーーフンッ。私の避妊はずっと昔、あんたの生まれるずっと前さ。

ーー馬鹿にするでないわ。我は、見た目よりも、だいぶ長く生きておるのだぞ。

ーーあーぁ、可哀想に…先生は麻酔の量を間違えちゃったのねぇー。

ーー(”麻酔”の意味は解らぬが、馬鹿にされたのは解ったぞ)な、何をいうか、我はこんな姿だが、目覚める前は成猫の、人間のいうキジ猫であったのだッ!

ーーそうかい、寝ぼけているんだね、もう少し休んだらどうだい?

ーーバ、バカにするでないわ、我は正気ぞ、お目々もぱっちりぞ!

ーーあぁ、そうかい。解った解った、それじゃあ私は休むから…。

ーーな、さっきから何じゃその態度は、我は目覚める前は公園で自立した猫であったのだ。そなたに馬鹿にされるいわれはないぞッ! (小馬鹿にしたような態度に、我は肚を立てた)

ーーなんだい? あんたもしかして転生猫かい?

ーー転生猫とはなんだ? 我はさっきから生意気な口を聞く”クロ”の姿を見ようと檻の入り口に移動し、下を覗き込もうとしたが、首に巻き付き、視野を妨げる人工物に妨げられ、その姿を見ることはできんかった。

ーー生まれ変わり猫のことさ…。稀にいるというーー亡くなるときに強い思いを残した猫と、身体にはまだ余裕があるけど、精神が身体から離脱してしまった同胞が近くにいたときに、奇跡的に起こるという現象のことさ。

ーーなんと、我が生まれ変わり…(我は爪が根本から抜かれてしまった爪と、無残に断ち切られてしまったはずのしっぽを見た。

ーーよほど酷い目に遭ったんだね。きついことを言って悪かったよ。

ーー(”クロ”はトーンダウンしたようじゃった)いや、我は気にしてはおらんよ。我は小さなことは気にせん猫じゃからな。

ーーそうかい、あんたはいい猫なんだね。

ーー良いかどうかは解らんが散々な目に遭わされたわ。

ーーそれは、大変だったね。

ーーそなたはどうなのだ、人間の許を離れた猫には、人間は勝手だと聞いておったが…?

ーー私は、大切にされた猫なのさ。

ーーそういった”クロ”の声は、本当に幸せそうに聞こえたーー。