JINX 猫強

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下僕からの献上品

2023-07-27 00:19:48 | 日記

 我は不機嫌である。

 なぜに?

 それは、下僕と信じていた人間に爪を切られたからじゃ。

 人間はご機嫌で眠っていた我の爪をーーパチリパチリと、それは無造作に切りおったのじゃ。

 我は怒っておる。

 チュールでは誤魔化されん。

 我は苛立ち紛れに腕を振り上げ、空間を1薙(なぎ)した。

 その爪がなにかに当たると同時にーー。

「キャッ」

 と、真横から面妖な声が…。

 見ると、下僕が我の姿に目を見張っておる。

 なんじゃ、その珍妙な声は。

 まるで、この間、我に引っ掻かれて血を流したときのように…。

 そうか、我が空間を薙ぐと、下僕にダメージを与えるのだな?

 では、これではどうじゃ?

 我はカーペットに爪を立て、パリパリと切られた爪を研いてやった。

 じゃが、下僕は「そこならいいや」と読みかけの本に視線を落とした。

 ん?

 なんじゃ?

 場所によって、下僕に与えるダメージが違うのか…。

 では、ここはどうじゃ?

 我はジャンプし、辺り構わず空間を薙ぎ払う。

 そうしながら下僕の様子を伺った。

 どうじゃ? 

 恐ろしいか?

 我の怒りを買うと、こうなるのじゃ。

 恐れ慄(おのの)くがよい。

 恐怖に打ち震えている下僕を、更に恐怖のどん底に陥れようと腕を振り回す我が見たのはーー。

 スマホという四角いものをかざす下僕の姿であった。

 目が合う主と下僕ーー。

「ミケちゃん、おもしろい、もっとやって」

 下僕ニッコリ。

 ん?

 もしかして、下僕は喜んでおる?

 あー。

 止めだ止め。

 なにもない空間に腕を振り回すのは意外と疲れるじぁぞ。

 あぁ。

 くたびれた。

 我は壁に凭(もた)れ前脚を舐めてみる。

 うん。

 うまい。

 このプニプニした肉球の感触がたまらん。

 前世の我は、野良猫であった。

 歩きにあるいた我の肉球はひび割れ、ゴツゴツしておった。

 土埃だけの全身は舐めても舐めても、土の味ーー。

 あぁ…。

 前世の”我は飼い猫”というものに憧れておった。

 野良である我らを連れ帰る人間は皆、良い人間と思い込んでいた我は邪な人間に捉えられ、それは残虐な扱いを受け、その生を終えることになったのじゃ。

 あぁッ!

 思い出したら肚が立ってきた。

 我は、苛立ちの気持ちのまま、また空間を薙ぎ払った。途端。

 カリッ!

 爪が何かに当たると同時であった。

「あぁッ!」

 という下僕の悲鳴がーー。

 見れば、先程までスマホというものを構え、にこやかであった下僕が顔を引きつらせておる。

 ん?

 ここか?

 我は、寄りかかっていた壁に爪を立て、下僕の様子を伺った。

「ミケちゃん、そこはダメ」

 下僕がスマホを傍らに置いた。

 そうか、ここか?

 下僕を見守りながら壁に爪を立ててみた。

「止めて、賃貸なのッ」

 下僕がそれまで寛(くつろ)いでいたベットから転が降りて来た。

 なんだか、この間、我に爪を立てられ血を流したときより、痛そうな表情ーー。

 ヤバい、メチャクチャ愉しい。

 賃貸? それはチュールより美味なのかなぁ~。

 我はカリカリと壁を両脚で引っ掻いてみた。

 惜しむらくは爪を切られたばかりで、壁に傷が付かなかったことじゃな。

 爪があれば、いや、前世の我であれば、こんな壁ごとき、この腕の1薙で…。

「ミケちゃんッ!」

 キン、と耳に突き刺さる声とともに我は抱え上がられ、頭上高く持ち上げられーー。

 あれ、我、床に叩きつけられる?

 我、調子に乗りすぎた?

 あぁ、襲い来る過去の記憶ーー。

 床に叩きつけられ、殴られ、蹴られ、切りつけられ、タバコを押し付けられ、湯船に沈められ、爪を引き抜かれーー。

 もうしません。

 だから、酷いことはしないで欲しい。

 我は恐れ願った。

 だが、下僕は下僕のままであった。

 我はベットの上に放り投げなれ、その上からシーツを被せられ、ユサユサ・コチョコチョとーー。

 あれ、これはいつものーー。

 止めんかッ!

 こそばゆいわッ!

 コチョコチョするでないわッ!

 我の視界を奪うでないッ!

 ユサユサと揺らすでないッ!

ーーあぁ、ショックで少しの間の記憶が飛んでしまったわい。

 我、何をしておったけーー。

 下僕? 我、とても愉しいことと恐ろしいことが、あったような気がするのじゃが?

 まぁ、よい。

 我、今とても気分が良いもんね。

 今なら、いい夢が見られる気がするもんね。

 我は下僕のゴットハンドに喉をごろごろさせながら意識を手放しておった。

 そして、目覚めた我が目にしたのはーー。

 我の手の届くところに布やら、ダンボールやらで覆われた部屋であった。

 

■ ■ ■

 

 それから数日が過ぎた。

 我の目の前にソレは置かれた。

「ミケちゃん、これはお爪研ぎです。これでなら思う存分お爪を研いで頂いて結構です」

 そう言い下僕は我を抱き上げソレの上にそっと下ろした。

 途端、鼻孔(びこう)を擽(くすぐ)る得も言われぬこの香り。

 体がムズムズし、なにか愉快な気分になるこの香り。

 我は足元のダンボールのヒダヒダに爪を立て引っ掻きまくった。

 ウホ。

 楽しいッ!

 バリバリバリバリ音がする。

 この爪から全身に伝わる愉快な感覚・そして感触ーー

 愉快じゃッ!

 バリバリバリンバリ。

「楽しそうでないよりです」

 下僕は爪研ぎに勤しむ我の頭を指で撫でた。

 うむ、愉しいぞ。

 我は満足じゃ。

 この調子で我に尽くすのじゃぞ。

 バリバリバリバリ。

 我は爪を切られた怒りを忘れ、爪研ぎに勤しむのであった。

 

■ 下僕からの献上品 完 ■

 



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