日蓮大聖人の御書(ごしょ)に、
(御書とは、日蓮大聖人が、書かれた、
論文や手紙を、すべて、集めたものです)
『美人が、化粧(けしょう)をするように、
ご本尊(ほんぞん)に、祈っていきなさい!』
という内容の御書が、あります。
ちなみに、ご本尊とは、
創価学会が、南無妙法蓮華経を、となえ、
祈る対象(たいしょう)として、信じている本尊で、
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が、
全民衆を幸せにするために、したため、残された、
文字で描かれた曼荼羅(まんだら)です。
何をあらわしているかと、いうと、
仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものです。
また、人間の生命そのものを、
あらわしたものでもあります。
わかりやすく言えば、
「あなたの生命」であり「ぼくの生命」であり、
その、いまここにある『自分の生命』そのものを、
あらわしたものが、ご本尊です。
そして、重要なことは、
最初に、ご本尊は、仏(ほとけ)の生命そのものを、
あらわしていると言いましたが、
その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、
自分自身の中にある!と、いうことです。
そのことを、あらわしているのが、
ご本尊(ほんぞん)です。
その「ご本尊」への祈り方について、
日蓮大聖人は、
『美人が、化粧(けしょう)をするように、
祈っていきなさい!』
と、言っています。
化粧(けしょう)というのは、鏡(かがみ)を見て、
するものです。
鏡を見て、自分にパタパタと、
化粧をする。
これが、もし、自分に化粧をするのではなく、
鏡(かがみ)に化粧をしたとしたら、
どうだろうか?
鏡には、色彩(しきさい)豊かな色が、
彩(いろど)られるだろうが、
いくら、鏡に色を付けたところで、
自分の顔は、きれいには、なっていかない!
それはそうです。
自分に化粧しないで、
鏡に化粧をしているのだから・・・。
だから、人は、
鏡ではなく、『自分』に化粧をする。
・・これが、
創価学会が実践(じっせん)している、
仏法(ぶっぽう)の基本だと、いうのです。
普通、宗教というと、
祈る対象、神様だとか仏様だとか、
祈りを、ささげる対象を、ひたすら飾(かざ)り立て、
あがめたて、偉大(いだい)たらしめようと、する。
ようするに、自分ではなく、
祈る対象、『鏡(かがみ)』に、
一生懸命、化粧を、しているわけです。
それが、世間一般的に考えられている宗教。
けれど、いくら祈ったところで、
自分は、いっこうに、キレイには、
なっていかない。
当然です。
自分ではなく、祈る対象という『鏡』に、
化粧をしているのだから!
だから、自分が幸せになることは、
まったく、なく、
かえって、おすがりする宗教というのは、
それ自体、人を奴隷化(どれいか)し、また、
教義(きょうぎ)自体が、間違った、
デタラメな宗教なので、
祈る対象に化粧を、すればするほど、
祈れば祈るほど、
当然、デタラメな間違(まちが)った結果として、
自分が、
どんどん、不幸になっていく!
これが、間違った宗教の害毒(がいどく)です。
そのような間違った宗教が、
葬式仏教(そうしきぶっきょう)や神社信仰、
観光宗教だと、言えます。
ところが、
創価学会が、実践している、
南無妙法蓮華経の仏法は、違(ちが)う。
「自分に化粧(けしょう)を、していく!」
日蓮大聖人が残された、ご本尊(ほんぞん)は、
自分の生命を、映(うつ)し出す鏡だと、
言われています。
しかも、最高の自分が、映し出される鏡!
強くて、あったかくて、やさしくて、
なにものにも負けない、
愛に満(み)ちた、最高に素晴らしい自分、
その最高の自分を、映し出す鏡、
それが、ご本尊です。
その、ご本尊という鏡を見て、
ご本尊という鏡に、化粧をするのではなく、
自分自身に、化粧をしていく!
すなわち、自分の中から、幸せになっていく。
自分の内面から、化粧していく!
自分の中から、魅力的(みりょくてき)な、
強い強い自分を、引き出していく!
それが、創価学会が、実践している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です。
普通、宗教というのは、
教祖(きょうそ)様が、奇跡を起こしたりする。
教祖様が、なにか、スゴイことを起こして、
信者を、助けたり、救ったりする。
それが、一般的に考えられてる宗教です。
ところが、創価学会が実践している、
日蓮大聖人の仏法では、
教祖は、一切、そういう奇跡(きせき)を、
おこさない!
宗教を、セールスに、たとえるならば、
セールストークが、まったくない!のが、
創価学会が、実践している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です。
では、それなのに、
なぜ、創価学会が、世界192ヶ国にまで、
広められているのか?
それは、教祖や教団から、
お金をもらったり、薬を、出してもらったり、
何かを、ほどこしてもらうのでは、なく、
自分の中から、
幸せになる力(ちから)を、引き出していけるからです!
自分の中から、あきらめないで、
乗り越(こ)えていく力を、引き出していけるからです!
その自分の中から、
湧(わ)き上がってきた力によって
勝利をつかみ、
幸せになっていける!!
それが、
『美人が、化粧をするように、
ご本尊に、祈っていきなさい!』
ということだと思います。
・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・
日蓮大聖人は、別の御書で、
『この、ご本尊を、
自分の外(そと)に求めてはいけない!
ご本尊は、自分の中に、
存在しているんです。』
と、言っています。
ご本尊は、仏(ほとけ)の生命、
言い換(か)えれば、
人間として、最も尊(とうと)い、最も素晴らしい生命、
その最高に素晴らしい生命を、
ご本尊は、あらわしています。
そして、その最高に素晴らしい生命は、
自分の中にある!
その最高に素晴らしい自分を、
引き出していくための、装置(そうち)が、
『ご本尊という鏡(かがみ)』であり、
そして、その最高に素晴らしい自分を、
引き出していくための、
スイッチであり、電源であり、エネルギーが、
『南無妙法蓮華経を、となえる!』
と、いうことだと言えます。
だから、
ご本尊に南無妙法蓮華経を、となえる時、
たとえ、病気や借金、人間関係、生活苦など、
さまざまな困難(こんなん)に、直面していたとしても、
あるいは、自分の夢を実現したい時も、
ご本尊に、真剣に南無妙法蓮華経を、
となえることによって、
自分の中から、乗り越える力、夢を、かなえる力、
強い強い生命力を、引き出して、
自分で、困難を乗り越え、夢を、かなえ、
幸せになっていける!
美人が化粧をして、もっと美人になるように、
どんな悩みも乗り越え、
輝(かがや)きを増し、
幸せの力、勝利の力を、
湧(わ)き上がらせていく!
もっともっと、
どこまでも、どこまでも・・!!!
それが、
「ご本尊に、南無妙法蓮華経を、となえる」
ということであり、
世界192ヶ国の創価学会員が、
幸せをつかみ、確信している、
南無妙法蓮華経の仏法です・・!
・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・
(御書とは、日蓮大聖人が、書かれた、
論文や手紙を、すべて、集めたものです)
『美人が、化粧(けしょう)をするように、
ご本尊(ほんぞん)に、祈っていきなさい!』
という内容の御書が、あります。
ちなみに、ご本尊とは、
創価学会が、南無妙法蓮華経を、となえ、
祈る対象(たいしょう)として、信じている本尊で、
日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)が、
全民衆を幸せにするために、したため、残された、
文字で描かれた曼荼羅(まんだら)です。
何をあらわしているかと、いうと、
仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものです。
また、人間の生命そのものを、
あらわしたものでもあります。
わかりやすく言えば、
「あなたの生命」であり「ぼくの生命」であり、
その、いまここにある『自分の生命』そのものを、
あらわしたものが、ご本尊です。
そして、重要なことは、
最初に、ご本尊は、仏(ほとけ)の生命そのものを、
あらわしていると言いましたが、
その必ず幸せになっていける仏(ほとけ)の生命が、
自分自身の中にある!と、いうことです。
そのことを、あらわしているのが、
ご本尊(ほんぞん)です。
その「ご本尊」への祈り方について、
日蓮大聖人は、
『美人が、化粧(けしょう)をするように、
祈っていきなさい!』
と、言っています。
化粧(けしょう)というのは、鏡(かがみ)を見て、
するものです。
鏡を見て、自分にパタパタと、
化粧をする。
これが、もし、自分に化粧をするのではなく、
鏡(かがみ)に化粧をしたとしたら、
どうだろうか?
鏡には、色彩(しきさい)豊かな色が、
彩(いろど)られるだろうが、
いくら、鏡に色を付けたところで、
自分の顔は、きれいには、なっていかない!
それはそうです。
自分に化粧しないで、
鏡に化粧をしているのだから・・・。
だから、人は、
鏡ではなく、『自分』に化粧をする。
・・これが、
創価学会が実践(じっせん)している、
仏法(ぶっぽう)の基本だと、いうのです。
普通、宗教というと、
祈る対象、神様だとか仏様だとか、
祈りを、ささげる対象を、ひたすら飾(かざ)り立て、
あがめたて、偉大(いだい)たらしめようと、する。
ようするに、自分ではなく、
祈る対象、『鏡(かがみ)』に、
一生懸命、化粧を、しているわけです。
それが、世間一般的に考えられている宗教。
けれど、いくら祈ったところで、
自分は、いっこうに、キレイには、
なっていかない。
当然です。
自分ではなく、祈る対象という『鏡』に、
化粧をしているのだから!
だから、自分が幸せになることは、
まったく、なく、
かえって、おすがりする宗教というのは、
それ自体、人を奴隷化(どれいか)し、また、
教義(きょうぎ)自体が、間違った、
デタラメな宗教なので、
祈る対象に化粧を、すればするほど、
祈れば祈るほど、
当然、デタラメな間違(まちが)った結果として、
自分が、
どんどん、不幸になっていく!
これが、間違った宗教の害毒(がいどく)です。
そのような間違った宗教が、
葬式仏教(そうしきぶっきょう)や神社信仰、
観光宗教だと、言えます。
ところが、
創価学会が、実践している、
南無妙法蓮華経の仏法は、違(ちが)う。
「自分に化粧(けしょう)を、していく!」
日蓮大聖人が残された、ご本尊(ほんぞん)は、
自分の生命を、映(うつ)し出す鏡だと、
言われています。
しかも、最高の自分が、映し出される鏡!
強くて、あったかくて、やさしくて、
なにものにも負けない、
愛に満(み)ちた、最高に素晴らしい自分、
その最高の自分を、映し出す鏡、
それが、ご本尊です。
その、ご本尊という鏡を見て、
ご本尊という鏡に、化粧をするのではなく、
自分自身に、化粧をしていく!
すなわち、自分の中から、幸せになっていく。
自分の内面から、化粧していく!
自分の中から、魅力的(みりょくてき)な、
強い強い自分を、引き出していく!
それが、創価学会が、実践している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です。
普通、宗教というのは、
教祖(きょうそ)様が、奇跡を起こしたりする。
教祖様が、なにか、スゴイことを起こして、
信者を、助けたり、救ったりする。
それが、一般的に考えられてる宗教です。
ところが、創価学会が実践している、
日蓮大聖人の仏法では、
教祖は、一切、そういう奇跡(きせき)を、
おこさない!
宗教を、セールスに、たとえるならば、
セールストークが、まったくない!のが、
創価学会が、実践している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です。
では、それなのに、
なぜ、創価学会が、世界192ヶ国にまで、
広められているのか?
それは、教祖や教団から、
お金をもらったり、薬を、出してもらったり、
何かを、ほどこしてもらうのでは、なく、
自分の中から、
幸せになる力(ちから)を、引き出していけるからです!
自分の中から、あきらめないで、
乗り越(こ)えていく力を、引き出していけるからです!
その自分の中から、
湧(わ)き上がってきた力によって
勝利をつかみ、
幸せになっていける!!
それが、
『美人が、化粧をするように、
ご本尊に、祈っていきなさい!』
ということだと思います。
・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・
日蓮大聖人は、別の御書で、
『この、ご本尊を、
自分の外(そと)に求めてはいけない!
ご本尊は、自分の中に、
存在しているんです。』
と、言っています。
ご本尊は、仏(ほとけ)の生命、
言い換(か)えれば、
人間として、最も尊(とうと)い、最も素晴らしい生命、
その最高に素晴らしい生命を、
ご本尊は、あらわしています。
そして、その最高に素晴らしい生命は、
自分の中にある!
その最高に素晴らしい自分を、
引き出していくための、装置(そうち)が、
『ご本尊という鏡(かがみ)』であり、
そして、その最高に素晴らしい自分を、
引き出していくための、
スイッチであり、電源であり、エネルギーが、
『南無妙法蓮華経を、となえる!』
と、いうことだと言えます。
だから、
ご本尊に南無妙法蓮華経を、となえる時、
たとえ、病気や借金、人間関係、生活苦など、
さまざまな困難(こんなん)に、直面していたとしても、
あるいは、自分の夢を実現したい時も、
ご本尊に、真剣に南無妙法蓮華経を、
となえることによって、
自分の中から、乗り越える力、夢を、かなえる力、
強い強い生命力を、引き出して、
自分で、困難を乗り越え、夢を、かなえ、
幸せになっていける!
美人が化粧をして、もっと美人になるように、
どんな悩みも乗り越え、
輝(かがや)きを増し、
幸せの力、勝利の力を、
湧(わ)き上がらせていく!
もっともっと、
どこまでも、どこまでも・・!!!
それが、
「ご本尊に、南無妙法蓮華経を、となえる」
ということであり、
世界192ヶ国の創価学会員が、
幸せをつかみ、確信している、
南無妙法蓮華経の仏法です・・!
・・・・・・・・・・・・・こころ(タイムマシンによろしく)・・・・・・・・・・・・・