『博士と狂人』、P・B・シェムラン監督、2019年、124分。英・アイルランド・仏・アイスランド合作。原題は、『The Professor and the Madman』。
メル・ギブソン、ショーン・ペン、ナタリー・ドーマー、エディ・マーサン、スティーヴ・クーガン。
原作はベストセラー・ノンフィクション、サイモン・ウィンチェスター『博士と狂人_世界最高の辞書OEDの誕生秘話』(1998)。
実話もの。かのオックスフォード英語辞典(OED)の編纂に生涯を賭けた男と、初期のボランティアとして多大な貢献をした男の物語。
タイトルからも分かる通り、辞典編纂という大事業は横糸で、縦糸で二人の男の肖像を描く。
それぞれの人と為り、心情、境遇など、二大俳優の共演でなかなか見応えのある2時間だった。
「単語の定義はまず、最初に書かれた引用文で始めます。言葉の意味は年月と共に微妙に変わっていく。あるニュアンスを失ったりつけ加えたり、足跡を残しながら少しずつ変化するのです。英語という言語の壮大な多様性の中で、その全てを追い求め、見つけ出し、あらゆる言葉を網羅する。すべての世紀の本を読むことで、この偉業を成し遂げる。」
膨大な作業の中で、「引用の募集」を始めたマレーは、出版される本という本に手紙を挟む。
「イギリス帝国全土とアメリカで__英語を話す人々へ。辞書作りのために本を読み、引用を送ってください。」
刑事犯用精神病院に拘禁される中、マイナーはその手紙を見つける。
私には、このシーンだけで十分だ。
強迫的な妄想の中で自身を苦しめていたマイナーは、この手紙の文を足がかりに、現実世界へと戻ってくる。言葉の大海の無限の広がりと、生き生きとしたうねりをこの瞬間感じ取ったのはマイナーだけではなく、私もだ。
色鮮やかに、生きた言葉が深呼吸をして、身振り豊かに一堂に会する。
芽が育ち木となり、葉が空いっぱいに舞い上がるイメージが一気に頭に広がった。
あらゆる人から発せられたあらゆる言葉の一片が、瞬間の感情とニュアンスを連れ、または手放して、永遠のシナプスとなり世界を構成する。
クリスマスの食卓のシーンと同じように、何かとっても暖かかった。
ところで、「オックスフォード英語辞典」をネット検索していたら、こんな本を見つけた。
10歳で単語の収集に魅せられた「単語コレクター」の著者は、とうとうOEDを読むことにし、そして成し遂げたらしい。
とりあえず、出版元による「内容紹介(一部抜粋)」(https://www.sanseido-publ.co.jp/publ/gen/gen4lit_etc/oed_yonda/)を読んでみたところ、彼は1000冊の辞典を所有していて、10年前、初めてウェブスター新国際英語辞典第二版を完読した際には、
“結果、僕の頭は単語でいっぱいになってしまい、簡単な文さえ口に出すのが難しくなり、さらに、口から出る言葉は、聞き慣れない単語の変てこりんな組み合わせになってしまった。僕は、「ああ、なんて素晴らしいことなんだ!」と思い、早速その続き、『ウェブスターの第三版』(正式名称は、『ウェブスター新国際英語辞典第三版』Webster’s Third New International Dictionary of the English Language Unabridged)を買いに出かけた。”
というから驚きである。
作る人がいれば、読む人もいる。辞典の使い方も人それぞれなのだった。
メル・ギブソンとショーン・ペン↓メル・ギブソンの抑えた演技がショーンを引き立てた。
作中の編纂室。↓1857年に始め、完成したのは70年後の1928年。マレーは1915年に完成を待たず亡くなったそう。
この二人にもありがとうと言いたい。↓「言葉の翼があれば世界の果てまで行ける」byマイナー
イギリス帝国が世界で覇権を握っていた時代。時代背景も結構重要な要素です。