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冒頭15分、ロドリゴ・ソロゴイェン監督の短編(2017年製作)が、そのまま流される。
第19回アカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされたこの短編は、元夫とフランスを旅行中の6歳の息子から、母親が電話を受けるシーン。
海辺に一人きりだと言う息子イヴァンを母親は保護しようとするが、電話は切れてしまう。そしてそれきり、息子は消息を絶ってしまう。
電話の向こう側は見えないが、画面が切り替わると、今度はそこに広大な海辺が映し出される。
見ていると、母親の目の奥に吸い込まれたような気がする。
フランスの海辺で、大西洋なんだろう。荒い波と、薄茶色に広がる砂浜。雲のかかる空と海の色が、とても似ている。
何もない景色の中に人々がくつろいでいる。
海辺の観光客向けのレストランで、エレナは働いている。波打ち際を歩くのが日課。
事件から10年後、エレナが一人で砂の上を歩く姿は、何かを探しているようで、探してもいないような感じがする。
ある日息子のイヴァンに似ている16歳の少年、ジャンと出会い、エレナとジャンは不思議な親交を深めて行くのだ。
恋愛でもなく、親子でもなく、友情でもない。いや、その全てであるのかな。16歳という年齢、子供でもなく大人でもない年頃の危うさと曖昧さが、エレナの、今ここにない、行き場を失った透明な感情と見事にシンクロする。
説明的な描写がほぼないので、登場人物が自らの意思で動いているように見えてくる。
エレナを支える恋人のヨセバがそうであるように、登場人物の意思に任せて、観ている者はただ見守るだけ。ただ、いかにエレナの言動が非理性的だったとしても、私は引き込まれた。エレナとジャンの二人が出会ってから、私はずっと少し微笑んでいたし、目の裏側には、ずっと涙が溜まっていた。
子供を失った母親の、再生の物語。
ソロゴイェン監督は、自分の作り出した、息が止まり全身が固くなるようなサスペンス短編の続きを、母親の心に託して描き出した。
たとえ失踪事件が解決しても、解決しなくても、目指すところはここだったのだろうと思う。その一点を決して見失わないという、強い意志を感じた。
最後の最後、ジャンがぽつりと言う。
「息子を思い出すから?」
不思議な事にそれまで誰も口にしなかったこの台詞を引き金に、二人は既存の世界にとどまることを選んだ。それを口にした瞬間、ジャンはもう「大人」だったし、エレナは、そのジャンを通し、「今」に存在する自分自身を思い出したように思う。
フランスの田舎の豊かな自然、海、森、空もとても良かった。何も答えない海は時に荒涼として見えたけど。
『おもかげ』、ロドリゴ・ソロゴイェン監督。2019年、スペイン・フランス合作、129分。原題は、『Madre』(スペイン語で母親の意)。
マルタ・ニエト、ジュール・ポリエ、アレックス・ブレンデミュール。
第26回ベネチア国際映画祭オリゾンティ部門、主演女優賞。
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